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## 覗かれた蜜月

背徳の香りが、甘く鼻腔をくすぐる。

ラブホテル『蜜の滴』で清掃のアルバイトをしている大学生の翔太は、最近、奇妙な噂を耳にするようになった。「社長が、隠しカメラを仕掛けているらしい」。最初は冗談だと思った。しかし、清掃中に見慣れない小さな機器を何度か見かけるうちに、その噂は確信へと変わっていった。

（一体、何を撮っているんだ…？）

好奇心は、倫理観を凌駕した。ある夜、誰もいないはずの事務所に忍び込んだ翔太は、一台のモニターを見つけた。そこには、客室の様子が映し出されていた。そして、目を疑う光景が飛び込んできた。

それは、明らかに不倫をしている男女の姿だった。

画面に映っていたのは、六組のカップル。その全てが、人妻だった。翔太は、罪悪感と好奇心がないまぜになった感情に苛まれながらも、モニターから目を離せなかった。

最初に映し出されたのは、オフィスの昼下がり。誰もいない会議室で、人妻の上司が、若いアルバイトの男を誘惑していた。彼女の妖艶な微笑みと、ためらいながらも身を任せる青年の姿。二人の間には、禁断の蜜が滴っていた。

次に映し出されたのは、酒場の喧騒。夫との激しい口論の末、家を飛び出した人妻が、行きつけの居酒屋で偶然知り合った男と、泥酔しながらホテルへと向かう。彼女の潤んだ瞳と、乱れた髪が、抑えきれない欲望を物語っていた。

そして、ウェディングドレス姿の写真が飾られた部屋。寿退社したばかりの人妻が、かつての上司であり、不倫相手だった男に、激しく迫られていた。彼女の葛藤と、男の執拗なまでの欲望が、画面越しにも伝わってくるようだった。

他にも、様々な人妻たちの姿が映し出されていた。
家庭に不満を抱える主婦、仕事に疲れ切ったキャリアウーマン、過去の恋愛に囚われた女性…。彼女たちは、それぞれの理由を抱えながら、禁断の愛に溺れていた。

翔太は、まるでドキュメンタリー映画を見ているかのように、画面に釘付けになった。そこには、今まで知らなかった、人間の欲望と葛藤が、生々しく映し出されていた。

（これは…まるで、覗き見ているみたいだ）

罪悪感が、再び翔太の胸を締め付ける。しかし、同時に、湧き上がるのは、今まで感じたことのない興奮だった。

数日後、翔太は、複雑な思いを抱えながらも、再び事務所へと足を運んだ。モニターには、新たな映像が記録されていた。

その日、映し出されていたのは、一組の夫婦だった。

夫は、優しく妻を抱きしめ、額にキスをする。妻は、夫の腕の中で、幸せそうに微笑んでいる。二人の間には、確かな愛が存在していた。

しかし、次の瞬間、妻の表情が変わった。何かを思い出したかのように、悲しげな表情を浮かべる。そして、夫に背を向け、静かに涙を流し始めた。

翔太は、その光景を見て、ハッとした。

（不倫をしている人妻たちだけが、このホテルを利用しているわけじゃないんだ）

このホテルには、様々な人々が、それぞれの想いを抱えてやってくる。幸せを求める者、悲しみを癒す者、欲望を満たす者…。

翔太は、自分が、ほんの一部分しか見ていなかったことに気づいた。

それからというもの、翔太は、隠しカメラの映像を見ることをやめた。罪悪感と、倫理観が、彼の心を蝕んでいたからだ。

しかし、あの映像は、翔太の心に、深く刻み込まれていた。

彼は、人間という存在の複雑さと、欲望の深淵を、垣間見たのだ。

数年後、翔太は大学を卒業し、作家になった。

彼の処女作は、ラブホテルを舞台にした、人間ドラマだった。

それは、様々な人々が織りなす、愛と欲望の物語。

翔太は、あの隠しカメラの映像を、直接的に描写することはなかった。

しかし、彼の作品には、あの時見た光景が、確かに息づいていた。

彼は、人間という存在の、光と闇を描き出した。

そして、読者たちは、彼の作品を通して、自分自身の心と向き合うことになるのだ。

（あの時、覗き見た蜜月は、僕の人生を変えたのかもしれない）

翔太は、そう呟きながら、新たな物語を紡ぎ始めた。

背徳の香りは、今も、彼の心をくすぐり続けている。

しかし、彼はもう、覗き見ることしかできない。

彼は、物語を通して、人間の心の奥底に潜む欲望と、愛の尊さを、描き続けるだろう。

そして、いつの日か、彼は、あの時見た光景の意味を、理解する日が来るかもしれない。

彼が、真実の愛を見つける日は、いつになるのだろうか。

それは、誰にもわからない。

ただ、一つ言えることは、彼の物語は、これからも、多くの人々の心を揺さぶり続けるだろうということだ。