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## 港町メランコリー

背の高い男は、肩にかけたリュックを少しずらし、神戸の港をゆっくりと見渡した。潮の香りが鼻腔をくすぐる。連休初日ということもあり、観光客で賑わっていた。異国情緒漂う街並み、行き交う人々の楽しげな笑顔。しかし、男の心はどこか沈んでいた。

男の名は、タケシ。35歳。東京で小さなIT企業を経営している。仕事は順調だったが、数年前に離婚して以来、心のどこかにぽっかりと穴が開いたままだった。何か刺激が欲しい。何か…違う景色が見たい。

そんな思いから、彼は衝動的に新幹線の切符を買った。目的地は神戸。理由は特になかった。ただ、なんとなく海が見たかった。

ホテルにチェックインを済ませ、タケシは改めて街を歩き出した。夕暮れ時、港のライトアップが始まり、昼間とは違う幻想的な雰囲気を醸し出している。レストランやバーからは楽しそうな話し声が聞こえてくる。

ふと、タケシはバーの前に佇む女性に目が留まった。上品なワンピースに身を包み、少し寂しげな表情で港を見つめている。年齢は30代後半くらいだろうか。どこか憂いを帯びた雰囲気が、タケシの心をざわつかせた。

意を決して、タケシは女性に声をかけた。「すみません、少しお話してもいいですか？」

女性は少し驚いた表情で振り返った。「…私にですか？」

「はい。もしよろしければ、一緒に一杯いかがですか？神戸は初めてで、どこかおすすめの場所があれば教えていただきたくて」

女性は少し考えた後、「…少しだけなら」と小さく頷いた。

バーに入り、カウンターに並んで座った。女性はグラスワインを、タケシは地元のクラフトビールを注文した。

「私はユキと言います」女性は優雅にグラスを傾けながら、自己紹介をした。「神戸にはよくいらっしゃるんですか？」

「いいえ、初めてなんです。東京から来ました」タケシは正直に答えた。「ユキさんは、神戸の方ですか？」

「ええ、生まれも育ちも神戸です」ユキは少し寂しそうに微笑んだ。「この街が好きなんです」

二人はしばらく、神戸の街並みや歴史について話をした。ユキは神戸のことをよく知っており、タケシは彼女の話に興味深く聞き入った。

話が進むにつれて、タケシはユキの心の奥底にある悲しみのようなものを感じ始めた。彼女は時折、遠くを見つめるような表情を浮かべ、どこか物憂げだった。

「何か…辛いことでもあったんですか？」タケシは思い切って尋ねた。

ユキは一瞬、言葉を失った。そして、ゆっくりとグラスを置き、静かに語り始めた。

「…実は、夫と最近うまくいっていないんです」ユキの声は少し震えていた。「彼は仕事ばかりで、ほとんど家に帰ってこないんです。私もパートで働いていますが、毎日がむしゃらで…なんだか、心が疲れちゃったんです」

タケシは黙ってユキの話を聞いた。離婚を経験した自分には、彼女の気持ちが痛いほどよくわかった。

「…ごめんなさい、初対面の人にこんな話をして」ユキは涙ぐんだ目でタケシを見た。「でも、なんだか…話したくなったんです」

「気にしないでください」タケシは優しく答えた。「僕も、実は少し…疲れているんです」

二人はその後も、お互いの悩みや過去について語り合った。ユキは夫との関係、タケシは離婚の経緯。話しているうちに、二人の距離は少しずつ近づいていった。

店の外に出ると、夜風が心地よかった。ユキは少し酔っているのか、頬を赤らめていた。

「今日は、本当にありがとうございました」ユキは深々と頭を下げた。「少しだけ、心が軽くなりました」

「僕もです」タケシは微笑んだ。「また、明日…もしよかったら、一緒に観光しませんか？」

ユキは少し驚いた表情をしたが、すぐに笑顔になった。「…いいですね。明日、またここで待ち合わせましょう」

翌日、二人は神戸の街を一緒に観光した。異人館、中華街、ハーバーランド。ユキはまるで少女のように、楽しそうに街を歩き回った。タケシも、久しぶりに心から笑うことができた。

夕食は、夜景の見えるレストランでとった。ワインを飲みながら、二人はまた、色々な話をした。

「ねえ、タケシさん」ユキはグラスを置き、真剣な眼差しでタケシを見た。「…私は、もう一度、誰かを愛せるのかな？」

タケシは少し考えた後、答えた。「…わからないけど、ユキさんならきっと大丈夫だよ。だって、ユキさんはとても素敵な人だから」

ユキは少し照れたように微笑んだ。「ありがとう」

その夜、二人はホテルの部屋で、お互いを求め合った。激しい愛撫、甘い吐息、絡み合う肢体。二人はまるで、長年連れ添った夫婦のように、自然に、そして深く結びついた。

しかし、朝が来ると、二人は現実に戻った。ユキは夫の元へ、タケシは東京へ帰らなければならない。

駅のホームで、二人は言葉を交わさず、ただ見つめ合った。ユキは涙をこらえ、タケシは優しく微笑んだ。

新幹線が発車し、タケシは窓からユキの姿が見えなくなるまで、じっと見つめていた。

東京へ戻ったタケシは、少しだけ変わった。仕事に対する姿勢は変わらなかったが、心のどこかに、温かい光が灯ったような気がした。

数週間後、タケシの元に、ユキから手紙が届いた。

「…私は、夫と別れることにしました」手紙には、そう書かれていた。「タケシさんと出会って、自分の気持ちに正直に生きようと思えたんです。まだ、これからどうなるかわからないけど、私は前向きに生きていこうと思っています。タケシさん、本当にありがとう」

タケシは手紙を握りしめ、静かに微笑んだ。

数ヶ月後、タケシは再び神戸を訪れた。ユキは新しい住まいで、花屋を始める準備をしていた。

「…おかえりなさい」ユキはタケシを抱きしめ、そう言った。

二人は港町で、新しい生活を始めた。過去の傷を抱えながらも、お互いを支え合い、ゆっくりと、そして確かに、愛を育んでいった。

神戸の港は、今日も静かに、二人の未来を見守っている。潮の香りが、どこか甘く、そして切なく、二人の心を包み込んでいた。あの日の出会いが、二人の人生を大きく変えたことを、誰も知らない。ただ、港の灯台だけが、静かに、二人の愛の物語を照らし続けている。