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## 寂しさという名の迷宮

「…これで、7件目か」

相席居酒屋の賑やかな喧騒の中、大介はグラスに残ったビールをぐいっと飲み干した。スマートフォンの画面には、見慣れた店名がずらりと並んでいる。今日の成果はゼロ。しかし、彼の表情に落胆の色はなかった。むしろ、挑戦者としての闘志が燃え盛っているかのようだった。

大介は、人生を相席居酒屋に捧げている男だった。いや、正確には、相席居酒屋で「人妻」を狩ることに人生を賭けていた。転勤族の夫に付き添い、見知らぬ土地で孤独を抱える妻。家事の分担を巡って夫と険悪な雰囲気になり、息抜きの場所を求めて一人で酒を呷る妻。そんな、心の隙間に迷い込んだ女性たちの、ほんの一時の安らぎになろうとするのが、彼の流儀だった。

「別に、悪いことしてるつもりはないんだよな」

彼は呟いた。もちろん、法に触れるようなことはしない。ただ、寂しさや不満を抱えた女性に、ほんの少しの非日常と、誰かに話を聞いてもらえたという充足感を与えるだけ。それによって、彼女たちの日常が少しでも彩られるなら、それでいい。そんな、歪んだ自己満足とも言える信念が、彼を突き動かしていた。

今宵もまた、彼は「狩り」に臨む。持ち前のノリと勢い、そして巧みな話術で、ターゲットに忍び寄る。今日のターゲットは、カウンター席で静かにワインを傾ける、ななおさん。30代半ばだろうか。洗練された雰囲気の中に、どこか憂いを帯びた表情が、大介の心を捉えて離さない。

「こんばんは。隣、いいですか？」

いつものように、自然な流れで声をかけた。ななおさんは、少し驚いた表情を見せた後、小さく頷いた。

「どうぞ」

その声には、微かな甘えが含まれているように聞こえた。大介は、これはいける、と直感した。

「今日は、お一人で？」

「ええ。夫は転勤族で、この街にはまだ友達もいなくて…」

彼女の言葉に、大介のアンテナがビンビンと反応した。「知り合いのいない街で寂しさを紛らわす」。まさに、彼の求めるターゲット像だった。

「それは心細いでしょう。僕も、この街に来たばかりで、まだ右も左も分からないんですよ。もしよかったら、少しお話しませんか？」

大介は、彼女の寂しさにつけ込むように、巧みに会話を紡いでいく。彼女の仕事、趣味、そして夫のこと。一つ一つ丁寧に聞き出し、共感を示していく。ななおさんも、徐々に心を開き始めた。

「夫は、仕事が忙しくて、家にいる時間もほとんどないんです。それに、私の話なんて、まともに聞いてくれなくて…」

彼女の瞳には、うっすらと涙が滲んでいた。大介は、その隙間を逃さなかった。

「それは辛いですね。奥さんの気持ちなんて、男には分からないとでも思ってるんでしょうか。でも、奥さんのそういう気持ち、ちゃんと分かってくれる人はいますよ」

彼は、彼女の目を見つめ、優しく微笑んだ。ななおさんは、その言葉に、まるで救いを求めるように、彼の顔を見返した。

「…本当ですか？」

「本当ですよ。ほら、僕も、こういう場所で、色々な方とお話するの、好きなんです。色々な人生があって、色々な悩みがある。それを聞いているだけで、なんだか元気をもらえる気がして」

会話は弾み、二人はあっという間に意気投合した。ななおさんは、大介の話しやすさと、自分に寄り添ってくれる姿勢に、すっかり心を許していた。

「もう一杯、どうですか？」

大介は、彼女のグラスを指差した。ななおさんは、少し迷った表情を見せた後、小さく頷いた。

「…はい。でも、もう遅いので、あまり長居はできません」

「大丈夫です。僕の家、ここからすぐですから。もしよかったら、そこでゆっくりお話しませんか？もう少し、美味しいお酒も用意できますし」

彼の誘いに、ななおさんの顔に、一瞬、迷いと期待が入り混じった表情が浮かんだ。そして、意を決したように、

「…わかりました」

彼女は、そう答えた。

大介の部屋は、彼女の想像していたような「ヤリ部屋」ではなかった。簡素だが、整然とした部屋。しかし、彼の仕掛けた「○撮カメラ」が、静かにその瞬間を捉えようとしていた。彼は、彼女をソファに座らせ、ワインを注いだ。

「どうぞ。このワイン、すごく美味しいんですよ」

「ありがとうございます」

ななおさんは、ワインを一口飲んで、目を細めた。二人の距離は、急速に縮まっていた。彼女は、夫への不満、この街での孤独、そして誰かに認められたいという切実な願いを、大介に打ち明けた。大介は、ただ静かに耳を傾け、時折、相槌を打つ。

「…私、なんだか、すごく安心しちゃって…」

ななおさんは、感情が昂ぶったのか、涙を流し始めた。大介は、そっと彼女の肩に手を置いた。

「大丈夫ですよ。ここにいる間は、何も心配しないで」

その手は、次第に彼女の背中を伝わり、肩へと、そして首筋へと、ゆっくりと這っていった。ななおさんは、その手に身を委ねるように、首を傾けた。

「…私、ダメな妻なんでしょうか…」

彼女の声は、か細く、震えていた。大介は、彼女の頬にそっと触れた。

「そんなことないですよ。あなたは、とても素敵な女性です。ただ、少し、寂しかっただけなんだと思います」

彼の言葉は、魔法のように彼女の心を溶かしていく。そして、なし崩し的に、二人の間には、言葉にならない熱が生まれていった。

その夜、ななおさんが大介の部屋で何をしたのか、それは彼女と大介にしか分からない。しかし、彼女の心に抱えた隙間が、ほんの一時でも埋められたことは、きっと事実だっただろう。

翌日、大介は、いつものように相席居酒屋に向かった。彼のスマートフォンの画面には、昨夜の「成果」の記録が、静かに刻まれていた。彼は、それを眺めながら、かすかに微笑んだ。

「さて、今日は誰を『狩ろう』かな」

彼の「人生」は、まだ続く。寂しさという名の迷宮を彷徨う女性たちを、彼は今日も探し続けるだろう。

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**【追記】**

**ちえさんの場合**

大介が次に目をつけたのは、カウンター席で一人、ビールを片手に仏頂面をしているちえさんだった。彼女の顔には、隠しきれない怒りが滲み出ている。

「…それにしても、家事なんて、男の仕事じゃないって、本気で思ってるんだから、もう！」

彼女の独り言が、大介の耳に飛び込んできた。

「何か、あったんですか？」

いつものように、自然に声をかける。ちえさんは、ギョッとした表情で大介を見た後、すぐに不機嫌そうな顔に戻った。

「別に。あなたには関係ないでしょ」

「いや、そう言われると、余計に気になっちゃうもので。僕も、家事なんて、全然しないタイプなんですけど、それはそれで、色々大変なことがあるんだなって、最近思うようになってきて」

大介は、巧みに嘘をつき、彼女の共感を誘おうとする。

「…ふん。あなたみたいに、まだマシな人もいるだけマシなのかもしれないけどね」

ちえさんは、そう吐き捨てた後、ビールをぐいっと飲み干した。

「夫が、全然手伝ってくれないのよ。洗濯物も、掃除も、料理も、全部私任せ。あげくのはてに、『疲れてるんだから、俺に頼むな』だって！」

彼女の怒りは、爆発寸前だった。大介は、その怒りに油を注ぐように、話を聞いていく。

「それは、ひどいですね。奥さんが、そんなに一生懸命やってるのに、感謝の言葉一つもないなんて。男って、本当に鈍感ですよね」

「鈍感なんてものじゃないわよ！まるで、自分が何もしなくても、世界が回ると思ってるんだから！」

ちえさんは、ヒートアップしていく。大介は、彼女の「ストライキ」の話題に自然に持っていった。

「そんな時は、いっそ、ストライキしちゃえばいいんですよ」

「ストライキ？そんなことしたら、ますます家の中がめちゃくちゃになるわよ」

「でも、それで夫が、奥さんの大変さに気づいてくれるなら、それも一つの手じゃないですか？『私なしでは、何もできないんだ』って、思い知らせてあげるんです」

大介の提案に、ちえさんの顔に、一瞬、興味深そうな色が浮かんだ。

「…確かに、そういう考え方もあるわね」

その夜、ちえさんは、大介の部屋へと向かった。彼女の心は、夫への怒りと、大介への期待で満ち溢れていた。

「…私、もう、限界なのよ。このままじゃ、私、潰れちゃう」

大介は、彼女の言葉に、静かに頷いた。

「大丈夫ですよ。ここにいる間は、何もかも忘れて、ゆっくり休んでください」

彼の部屋では、ちえさんの「ストライキ」が、新たな展開を迎えていた。彼女の心の隙間に、大介の誘惑が、静かに忍び寄っていく。

「…私、こんなこと、初めてで…」

ちえさんは、戸惑いながらも、大介の腕に身を委ねていく。彼女の怒りは、次第に熱を帯び、別の感情へと変わっていく。

大介は、今日もまた、一人の女性の心の隙間に、そっと入り込んでいった。彼女たちの孤独や不満に、彼は付け込み、ほんの一時の安らぎ、あるいは、それ以上の何かを提供する。それが、彼が人生を賭けた「狩り」の流儀だった。

**（※この物語はフィクションであり、実在の人物や団体とは一切関係ありません。）**