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## 酔いどれ夜の告白

「今年の冬は、特別だね」

カフェの窓に映る自分の顔に、千歳はため息をついた。隣では、親友の彩が、白銀の世界に包まれゆく街並みをぼんやりと眺めている。季節は、まぎれもない「お酒のシーズン到来」を告げていた。冷たい空気が肌に心地よく、街には華やかなイルミネーションが灯り始めている。

「そうだね。なんか、いつもと違う気がする」

彩の声も、どこか遠くから聞こえてくるかのようだ。二人は、大学時代からの親友。卒業してからも、折に触れてはこうしてサシで飲んでいた。今年は、年末の忘年会シーズン真っ只中。周りの友人たちは、賑やかなグループで集まっているようだが、千歳と彩は、いつも二人きりの「マブい女子」としての忘年会を楽しみにしていた。

「で、今日の行き先はどこにする？」

千歳が彩の肩を軽く叩くと、彩はきゅっと顔を上げた。

「千歳が決めていいよ。私は、千歳が連れて行ってくれるお店ならどこでも」

彩は、いつもこうして千歳に委ねてくれる。その素直さが、千歳はたまらなく愛おしかった。

「じゃあ、前に気になってたお店、行ってみようか。ちょっと隠れ家っぽい、静かなバー」

「いいね！なんか、大人な気分になっちゃう」

彩は、幼い頃から大人びていた。千歳とは正反対で、いつも落ち着いていて、物事を深く考えていた。千歳は、そんな彩に惹かれ、いつも彼女の傍にいた。

二人は、予約していたバーへと向かった。都会の喧騒から少し離れた、静かな路地裏にその店はあった。重厚な扉を開けると、そこには落ち着いた照明と、心地よいジャズの音色が流れる大人の空間が広がっていた。

「わあ、素敵なお店！千歳、よく見つけたね」

彩は、目を輝かせて店内を見渡した。

「でしょ？今日は、気兼ねなく、たくさん飲もうよ。一年の疲れも、ここで全部吹き飛ばそう」

千歳は、彩の言葉に力強く頷いた。今年の千歳は、色々と大変だった。仕事では、昇進がかかったプロジェクトを任され、連日深夜まで残業。プライベートでも、大切な友人の結婚式が重なり、心身ともに疲労困憊だった。

「本当、今年は頑張ったよね、私たち」

彩も、グラスを手に取り、千歳に微笑んだ。

「乾杯！」

「乾杯！」

二人のグラスがカチンと音を立て、琥珀色の液体がキラリと光った。一杯目のビールは、喉を伝って体中に染み渡るように美味しかった。

「あー、生き返る。やっぱり、お酒は神様だね」

千歳は、思わず声に出して笑った。

「うん。でも、今日はもっと特別な気分。なんだか、隠し事とか、全部話せそうな気がする」

彩の言葉に、千歳はドキリとした。彩は、普段あまり感情を表に出さないタイプだ。そんな彩が、こんなことを言うのは珍しい。

「どうしたの？何かあった？」

千歳が心配そうに尋ねると、彩は少し顔を赤らめ、視線を落とした。

「うーん、なんていうか…最近、ずっとモヤモヤしてたことがあって」

「モヤモヤ？」

「うん。仕事のこととか、将来のこととか…あと、恋愛のこととかも」

彩は、そう言うと、グラスを傾けた。二杯目のワインは、さらに彩の心を解き放つかのように、彼女の言葉を弾ませた。

「千歳は、私といて楽しい？私、時々、重いかなって思っちゃうんだ」

「え？そんなことないよ！彩のこと、大好きだよ。いつも、話を聞いてくれて、相談に乗ってくれて、感謝してる」

千歳は、彩の顔をじっと見つめて言った。彩は、千歳にとって、かけがえのない存在だった。彼女がいたから、千歳は辛い時も乗り越えられた。

「ありがとう。でも、最近、千歳のこと、遠く感じることがあるんだ」

彩の言葉に、千歳は戸惑った。

「遠く？どういうこと？」

「なんか、千歳、最近、すごくキラキラしてるじゃん？仕事も順調だし、周りにも人が集まってきてるし。私、それに置いていかれちゃってるんじゃないかなって、不安になる時があるんだ」

彩は、そう言うと、グラスの中のワインをかき混ぜた。その瞳には、微かに涙が浮かんでいるように見えた。

「彩…そんなことないよ。私は、ずっと彩の隣にいるよ。彩がキラキラしてるから、私も頑張れるんだから」

千歳は、彩の手を握った。彩の手は、冷たくて、少し震えていた。

「でも、私、千歳を独り占めしたいって思っちゃうことがあるんだ」

彩の告白に、千歳は息を呑んだ。彩が、そんな風に思っているなんて、想像もしていなかった。

「独り占め？」

「うん。千歳が、他の子と楽しそうに話してると、なんか、胸が締め付けられるような気持ちになるんだ。私だけを見てほしいって、わがままなこと、わかってるんだけど…」

彩は、顔を上げ、千歳を真っ直ぐに見つめた。その瞳は、真剣で、そして、どこか切ない光を宿していた。

「彩…」

千歳は、彩の言葉にどう答えていいか分からなかった。彼女の真剣な眼差しに、千歳は、今まで気づかなかった彩の本当の気持ちに触れたような気がした。

「ごめん、なんか、変なこと言っちゃったね」

彩は、そう言って、ふっと顔を上げた。しかし、その表情は、先ほどよりもずっと晴れやかだった。

「ううん。むしろ、ありがとう。私も、千歳のこと、大好きだよ。ずっと、一番の親友だよ」

千歳は、彩の言葉に、心から安堵した。そして、改めて、彩という存在の偉大さを感じていた。

三杯目のテキーラが運ばれてきた。彩は、それを一気に煽ると、まるで別人のように饒舌になった。

「ねぇ、千歳。私、実は、ずっと言えなかったことがあるんだ」

「なに？」

「私、千歳のこと…」

彩は、そこで言葉を切り、千歳をじっと見つめた。その瞳は、酔いも手伝って、さらに妖艶な輝きを放っていた。

「私、千歳のこと、本当は…」

彼女が何かを言いかけたその時、バーのドアが勢いよく開いた。

「千歳！彩！こんなところにいたのか！」

そこに立っていたのは、二人の共通の友人、悠真だった。彼は、いつものように、明るく朗らかな笑顔を浮かべていた。

「悠真！どうしたの、急に？」

千歳が戸惑いながら尋ねると、悠真は、息を切らせながら、二人に駆け寄ってきた。

「いや、実はさ、今、この近くで、昔の仲間と集まってて。そしたら、彩がここに入っていくのを見かけてさ。だから、ちょっと様子を見に来てみたんだ」

悠真は、そう言うと、彩の肩に手を置いた。

「彩、大丈夫？なんだか、顔色があまり良くないみたいだけど」

「ううん、大丈夫！ちょっと、色々話し込んでただけだから」

彩は、悠真に微笑みかけた。その笑顔は、先ほどの切なさが嘘のように、明るかった。

「そっか。でも、無理しないでね。もし、何かあったら、いつでも言ってくれよ」

悠真は、そう言って、彩の頭を優しく撫でた。

「ありがとう、悠真」

彩は、その言葉に、ふっと安堵したような表情を見せた。

千歳は、二人のやり取りを、静かに見守っていた。彼女の心の中には、先ほどの彩の告白が、まだ生々しく残っていた。

「ところで、千歳。俺も、今日、言いたいことがあるんだ」

悠真は、千歳に向き直ると、真剣な表情で言った。

「なに？」

「俺、千歳のこと、ずっと…」

悠真が、何かを言いかけたその時、彩が突然、悠真の腕を掴んだ。

「悠真！私にも、言いたいことがあるんだ！」

彩は、そう言うと、悠真に力強く顔を近づけた。

「彩？どうしたの？」

悠真は、戸惑いながら、彩を見つめた。

「悠真、私…」

彩は、そう言うと、悠真の唇に、そっと自分の唇を重ねた。

千歳は、その光景を、ただ茫然と見つめていた。彼女の心は、一瞬にして、氷のように冷え切った。

「彩…？」

千歳は、彩の名を呼ぼうとしたが、声にならなかった。

彩は、悠真から唇を離すと、千歳に向かって、満面の笑みを浮かべた。

「千歳、ごめんね。私、悠真のこと、ずっと好きだったんだ」

彩の言葉は、千歳の胸に、鋭いナイフのように突き刺さった。

「彩…」

千歳は、ただ、その場に立ち尽くしていた。彼女の頭の中は、真っ白になった。

「千歳、大丈夫？顔色が…」

悠真が、千歳に気づかいの言葉をかけた。しかし、千歳は、もう何も聞こえなかった。

「ごめん、私、ちょっと、外の空気吸ってくる」

千歳は、そう言って、バーを出た。冷たい夜風が、彼女の頬を撫でた。

「お酒は神様です」

誰かが言っていた言葉が、千歳の頭の中でこだましていた。しかし、今の千歳にとって、お酒は、ただただ苦くて、辛いものだった。

彼女は、涙をこらえながら、一人、夜の街を歩き始めた。彼女の心には、彩への複雑な感情と、失われた友情への悲しみだけが、冷たく残っていた。

「やはりお酒は神です。一年の不満をここで解消の逸品！！これを逃すと夏まで出ませんのでお気をつけください。」

あの煽り文句が、皮肉にも千歳の耳に響いた。一年の不満を解消するどころか、千歳は、新たな、そして乗り越えられないほどの苦しみを抱えてしまった。

彼女の心に、静かに冬の帳が降りていくのを感じていた。