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## 鏡の中の告白

「はぁ……」

佐藤美月は、深いため息をついた。時刻は午後8時を過ぎている。オフィスにはもう自分一人だけ。外はすっかり暗くなり、窓の外にはネオンサインが瞬いていた。

美月は、この会社に入社して3年目のOLだ。真面目で、仕事熱心。クライアントからの信頼も厚く、同僚からも慕われている。誰もが「理想のOL」と彼女を評するだろう。しかし、その清楚で真面目な仮面の下に、彼女は誰にも知られることのない、熱い秘密を抱えていた。

今日のプレゼンはうまくいった。クライアントの反応も上々だ。達成感と疲労感が入り混じった感覚に、彼女はふと、天井を見上げた。がらんとしたオフィスには、自分の呼吸音だけが響いている。

「あー、疲れたな……」

デスクに肘をつき、頬杖をつく。いつもは、この後まっすぐ家に帰って、静かに本でも読むか、軽いストレッチをするのが日課だ。だが、今日はなんだか、いつもと違う。胸の奥が、むずむずするような、説明のつかない熱を帯びていた。

ふと、視線がデスクの横に置かれた手鏡に映った自分自身に吸い寄せられる。そこには、会社でいつも見ている、真面目で少し疲れた顔の美月がいた。しかし、その瞳の奥に、普段は決して見せない、微かな翳りがあることに気づく。

（私……、どうしちゃったんだろう）

普段なら、こんな感情に身を任せることはない。冷静に、論理的に、自分を律するのが常だ。しかし、今日の疲労感と、この静寂が、彼女の心の壁を少しだけ低くしていた。

鏡の中の自分を見つめながら、美月はそっと、指先を自分の腕に滑らせた。すべすべとした肌の感触。触れるだけで、何かが、静かに、しかし確実に、変化していくのを感じる。

（ダメ……。こんなこと、しちゃ……）

頭ではわかっている。しかし、体は、この静かなオフィスで、自分だけが感じるこの感覚に、抗えないように思えた。指先が、そっと、自分の首筋をなぞる。そこから、鎖骨へと、さらに胸元へと、ゆっくりと、しかし確実に、その軌跡を辿っていく。

（誰かに、見られているみたい……）

それは、誰でもない、鏡の中の自分自身だ。しかし、その視線が、まるで他人のように、彼女の体に熱を帯びさせていく。普段は、仕事のことにしか頭が回らない自分。クライアントの前では、常に完璧でなければならない自分。そんな自分を、この鏡の中の「もう一人の自分」が、じっと見つめている。そして、その視線は、次第に、欲望の色を帯びてくる。

美月は、そっと、息を呑んだ。指先が、自分の服の襟元に触れる。普段は、きちんとしたブラウスに、上品なネックレス。でも、今は、その首元が、なんだか、むず痒く感じられた。

（こんな……、私、じゃない……）

だが、その「じゃない」という言葉は、彼女の心の奥底で、むしろ「本当の私」なのかもしれない、と囁きかけてくる。仕事に追われる日々の中で、抑圧されてきた、もう一つの感情。それは、まるで、長い眠りから覚めたように、彼女の体を目覚めさせていく。

指先が、ゆっくりと、ブラウスのボタンに触れる。一つ、また一つと、その一つ一つが、彼女の鼓動を速めていく。

（誰にも、知られたくない……）

この秘密は、誰にも、決して知られてはならない。彼女の清楚なイメージ。同僚からの信頼。それら全てが、この一瞬の、制御できない衝動によって、崩れ去ってしまうかもしれない。

ボタンが、ひとつ、またひとつと外れていく。現れる、首元。そして、その下にある、白く、透き通るような肌。鏡の中の自分は、その姿を、熱っぽい視線で捉えている。

（ダメ……、ダメだって……）

しかし、彼女の指は、もはや止まることを知らない。ブラウスが、肩から滑り落ちていく。露わになった、肩。そして、その下にある、滑らかな肌。

（でも……、もっと……）

彼女の心は、普段の自分とはかけ離れた、未知の領域へと、急速に引きずり込まれていく。それは、罪悪感と、それに勝る、抗いがたい快感。

鏡の中の自分は、もう、昔の美月ではない。それは、欲望のままに、自分自身を解放しようとしている、新しい美月だった。

美月は、そっと、左手で、自分の胸元に触れた。ブラウスの隙間から覗く、肌。その感触に、彼女の体は、微かに震えた。

（この……、熱……）

それは、仕事のストレスや疲労とは全く違う、もっと根源的な、生命の輝きのような熱だった。

鏡の中の自分と、対話するかのように、彼女は、ゆっくりと、指先を、自分の肌へと這わせていく。その一つ一つが、彼女の感情を、さらに奥底へと沈めていく。

（誰かに、見られて、いる……）

それは、やはり、鏡の中の自分だ。しかし、その視線は、彼女の心の奥底にある、誰にも見せたことのない、裸の自分を、見透かしているように思えた。

（もっと……、激しく……）

彼女の吐息が、静かなオフィスに、微かに響き渡る。それは、普段の、丁寧で、控えめな吐息とは、明らかに違っていた。

（この、鼓動……）

鏡の中の自分に、彼女は、まるで、自分自身を鼓舞するように、その指先で、自分の体の、敏感な部分を、ゆっくりと、しかし、確実に、刺激していく。

（あ……）

小さな、しかし、熱のこもった声が、彼女の唇から、漏れ出た。それは、彼女自身にも、驚きをもって迎えられた。

（私……、こんな……）

鏡の中の自分は、その変化を、静かに、しかし、熱っぽい視線で見守っている。そして、その視線は、彼女を、さらに、その世界へと引きずり込もうとしていた。

（もっと……、もっと、この感覚を……）

美月は、そっと、目を閉じた。しかし、閉じた瞼の裏にも、鏡の中の自分が、熱く、彼女の体を、見つめているような気がした。

（誰にも、知られちゃ、ダメ……）

その言葉は、もはや、彼女の心の奥底からの、声にならない叫びとなっていた。

（でも……、この、高揚感……）

普段の、抑圧された日常から、一瞬でも解放されるこの感覚。それは、彼女にとって、まるで、禁断の果実を味わうような、甘美で、危険なものだった。

彼女の指先は、さらに、大胆になっていく。ブラウスの隙間から、そっと、優しく、しかし、確固たる意志をもって、彼女の胸元に滑り込む。

（あ……、ダメ……）

しかし、その「ダメ」という言葉は、もはや、拒絶の言葉ではなく、むしろ、この衝動を、さらに煽る、合図のように響いていた。

（もっと……、激しく……）

彼女の呼吸は、ますます、浅く、速くなっていく。体は、熱に包まれ、まるで、溶けてしまいそうなほどだった。

（この、一人きりの、秘密……）

それは、誰にも、誰にも、理解されない、彼女だけの、世界。そして、その世界の中で、彼女は、自分自身を、全身全霊で、味わっていた。

（誰かに、見られて……、いる……）

その感覚は、強まるばかりだ。まるで、このオフィスに、自分と、鏡の中の自分、そして、それを覗き見ている、もう一人の「誰か」がいるかのように。

（あ……、もう……）

彼女の体は、限界を迎えようとしていた。それは、仕事の疲れとは全く違う、もっと、生々しい、感情の爆発だった。

（この、恥ずかしさと、快感……）

その二つが、彼女の中で、奇妙な、しかし、強烈なハーモニーを奏でていた。

（誰かに、見られて……、いる……）

その言葉が、彼女の脳裏に、こだまする。それは、彼女を、さらに、その行為へと駆り立てる、呪文のようだった。

（もっと……、もっと……）

彼女の体は、その熱に、身を任せる。そして、鏡の中の自分に、彼女は、ただ、ひたすらに、自分自身を、捧げていく。

（あ……、あ……）

静かなオフィスに、彼女の、熱のこもった、しかし、誰にも聞かれることのない、声が響き渡った。それは、彼女の、秘密の告白。そして、彼女の、もう一つの、解放の叫びだった。

鏡の中の自分は、その姿を、静かに、しかし、熱っぽい視線で見守っている。そして、その視線は、彼女に、これから訪れる、更なる、秘密の世界へと、誘っていた。