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## 箱根の湯煙、罪の味

箱根の山々は、秋の深まりとともに赤や黄色の錦を織りなしていた。雑誌『温泉紀行』のライター、佐竹は、小田原の駅で待ち合わせの女性たちを見つけると、にやりと笑みを浮かべた。今回の企画は「読者体験！極上温泉レポート」。表向きは温泉の魅力を伝える健全な企画だが、佐竹の胸の内には別の思惑があった。読者モデルとして応募してきた女性たちを、温泉と酒で酔わせ、その様子を記事に仕立て上げる。いや、記事“以上”に仕立て上げるのだ。

一人目の女性は、水野朝陽といった。清楚なワンピースに身を包み、控えめな笑顔を浮かべる彼女は、佐竹の予想通り、都会的な洗練さを感じさせた。結婚してまだ半年だという。デパートの受付嬢をしていたという経歴も、彼女の美しさを際立たせていた。

「水野さん、ようこそ箱根へ。今日は一日、温泉を満喫してくださいね」

佐竹は流暢な口調で朝陽に話しかけ、車に案内した。助手席には、既に到着していたもう一人の女性、仲間恵が座っていた。恵は、朝陽とは対照的に、活発そうな印象を与えた。ショートカットの髪がよく似合い、健康的な笑顔が魅力的だった。

「こんにちは！仲間です。温泉、楽しみにしてました！」

恵は明るく挨拶し、佐竹に軽く会釈した。佐竹は心の中で舌なめずりをした。二人のタイプの異なる美しさが、今回の企画をさらに面白くしてくれるだろう。

小田原城を背景に、まずは記念撮影。朝陽は少し緊張した面持ちだったが、恵は積極的にポーズを取って場を盛り上げた。佐竹は二人の様子をカメラに収めながら、着々と計画を進めていた。

宿は、箱根の奥座敷にある老舗旅館。源泉かけ流しの露天風呂が自慢の宿だ。到着後、佐竹は早速、二人に浴衣に着替えてもらい、露天風呂へと案内した。

湯煙が立ち込める露天風呂で、朝陽は少しずつ緊張を解きほぐしていった。恵は、早速、湯の感触を楽しんでいるようだった。

「ああ、気持ちいい！お湯が柔らかくて、肌に吸い付くみたい」

恵は目を閉じ、幸せそうに呟いた。佐竹は、そんな二人の様子を、さりげなく観察していた。

風呂上がりに、佐竹は夕食の席で、地元の日本酒を勧めた。朝陽は最初は遠慮していたが、佐竹の巧みな話術と、恵の勧めもあり、少しずつ盃を重ねていった。

「私、お酒は弱いんです。でも、このお酒は美味しいですね」

朝陽は頬を赤らめ、上機嫌で語った。恵も、日本酒を飲みながら、温泉旅行の幹事を任された話などを楽しそうに話した。佐竹は、二人のグラスが空にならないように、常に気を配り、会話を盛り上げた。

宴もたけなわになった頃、朝陽はすっかり酔いが回っていた。普段は真面目な彼女も、酒の力で大胆になっていた。

「佐竹さん、私、もっとお話したいな」

朝陽は、佐竹に身を寄せ、甘えるような声で言った。佐竹は、内心ほくそ笑みながら、朝陽の肩に手を回した。

恵は、二人の様子を少し離れた場所から見ていた。彼女もまた、日本酒のせいで、普段よりも開放的になっていた。佐竹が時折見せる意味深な笑顔に、胸がざわつくのを感じていた。

その夜、佐竹は朝陽を部屋まで送り届けた。部屋に入ると、朝陽は佐竹に抱きつき、熱いキスを交わした。佐竹は、カメラを回し、その様子をしっかりと記録した。

翌朝、朝陽は後悔の念に苛まれていた。昨夜の記憶は曖昧だが、自分が何か取り返しのつかないことをしてしまったような気がしていた。佐竹は、朝陽の不安をよそに、記事の構成を考えていた。

一方、恵は、昨夜の出来事を冷静に分析していた。佐竹の巧妙な罠に気づき、自分が利用されたことに怒りを覚えていた。

チェックアウトの際、恵は佐竹に近づき、静かに言った。

「佐竹さん、今回の企画、最初から何か企んでいましたよね？」

佐竹は一瞬、顔色を変えたが、すぐにいつもの笑顔を取り繕った。

「何を言っているんですか？僕はただ、温泉の魅力を伝えたかっただけですよ」

恵は、冷たい目で佐竹を見据え、言った。

「あなたは、人の心を弄んだ。許せない」

恵は、そう言い残し、旅館を後にした。朝陽もまた、恵の言葉を聞き、自分が騙されていたことに気づいた。

数日後、『温泉紀行』に掲載された記事は、予想通り、大きな反響を呼んだ。しかし、記事の内容は、佐竹が意図したものとは大きく異なっていた。恵が、編集部に連絡し、佐竹の悪事を暴露したのだ。

記事には、温泉の魅力とともに、佐竹の卑劣な手口が詳細に記されていた。朝陽も、勇気を出して、編集部に協力した。

佐竹は、雑誌社を解雇され、社会的に抹殺された。朝陽は、離婚を決意し、新たな人生を歩み始めた。恵は、温泉旅行の幹事の経験を生かし、旅行会社を設立した。

箱根の湯煙は、罪を洗い流し、新たな希望を運んでくる。二人の女性は、それぞれの方法で、過去の傷を乗り越え、力強く生きていくことを誓った。そして、箱根の山々は、その決意を静かに見守っていた。