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## 湯けむり迷走

「温泉レポート、してみませんか？」

編集部のデスクに置かれた一枚の企画書。タイトルは「極楽温泉、楽園の誘惑」。地方の温泉地を巡り、その魅力を読者に伝えるという、ありがちな読者参加型企画だった。

しかし、その企画書に添えられた上司の言葉は、あまりにも常軌を逸していた。「今回のターゲットは、セレブ妻。普段、手の届かない贅沢を味わっている奥様方を、温泉という非日常空間で酔わせて、その…ね？」。上司はニヤニヤしながら、下品な笑みを浮かべた。

正直、吐き気がした。私は、旅行雑誌の編集者として、美しい景色や美味しい料理、心温まる人々の触れ合いを伝えることに誇りを持っていた。読者に夢と希望を与える仕事だと信じていた。しかし、上司の言葉は、その全てを汚すものだった。

「断ります」

震える声でそう答えた。上司は、予想外の抵抗に目を丸くした。「なんだと？これは編集長命令だぞ！」

「編集長命令でも、できません。私は、人を騙すような真似はしたくありません」

結局、私はその企画を拒否した。しかし、その代償は大きかった。編集部での私の立場は、完全に孤立した。誰も私に話しかけず、仕事も回ってこなくなった。

悶々とした日々が過ぎていく中、私はある決意を固めた。この雑誌を辞めて、自分の信じる道を歩もう。

退職願を提出した翌日、私は編集長室に呼ばれた。編集長は、意外にも穏やかな表情で私に話しかけた。「君の気持ちは分かっている。しかし、今回の企画には、裏があるんだ」

編集長は、静かに語り始めた。実は、この企画は、ある告発のための罠だったのだ。温泉地を経営する企業が、違法な開発を行っているという情報が寄せられていた。その証拠を掴むために、セレブ妻をターゲットにした潜入取材が必要だったのだ。

「今回の企画は、君の想像以上に危険なものだ。しかし、君の正義感と行動力が必要なんだ」

編集長の言葉に、私は迷った。一度は拒否した企画だったが、それが正義のためになるのなら、引き受けるべきかもしれない。

悩んだ末、私は編集長に協力を申し出た。ただし、条件があった。読者を騙すような行為は一切しない。あくまで、温泉の魅力を伝える記事を書き、その過程で企業の不正を暴く。

編集長は、私の条件を承諾した。そして、私は、再び「極楽温泉、楽園の誘惑」の担当となった。

ターゲットとなったのは、都内でブティックを経営する美貌のセレブ妻、マリエだった。彼女は、社交的で好奇心旺盛な性格で、新しいもの好きだと評判だった。

私は、マリエに手紙を送った。温泉レポートの依頼と、温泉地の魅力を伝える企画への参加を呼びかけた。数日後、マリエから快諾の返事が届いた。

いよいよ、温泉地での取材が始まった。私は、マリエと共に、温泉街を散策し、地元の名産を味わい、温泉に浸かった。マリエは、その美貌と明るい性格で、周囲の人々を魅了した。

夜、温泉旅館の宴会場で、盛大な宴会が開かれた。私は、マリエに地元の日本酒を勧め、会話を盛り上げた。マリエは、上機嫌でグラスを傾け、饒舌に語り始めた。

その夜、私は、マリエに温泉旅館の露天風呂に誘われた。月明かりの下、湯けむりが立ち込める露天風呂で、マリエは、その美しさを一層輝かせた。

私は、マリエに温泉レポートについて質問した。マリエは、酔った勢いで、温泉の魅力を熱く語り始めた。「この温泉は、本当に素晴らしいわ。お湯の質も最高だし、景色も最高。それに、何よりも、この静けさがいいわね。都会の喧騒を忘れて、心身ともにリラックスできるわ」

私は、マリエの言葉を丁寧にメモした。そして、さりげなく、温泉地の開発について質問した。「この温泉地は、最近、新しいホテルや施設がどんどん建設されていますよね。地元の人は、どう思っているのでしょうか？」

マリエは、少し戸惑った表情で答えた。「そうね。新しい施設ができるのは、観光客が増えるから、いいことだと思うわ。でも、自然が壊されてしまうのは、少し残念ね」

私は、マリエの言葉に、企業の不正の匂いを感じた。翌日、私は、温泉地の周辺を調査した。すると、案の定、違法な森林伐採が行われていることが判明した。

私は、その証拠を写真に収め、編集部に報告した。編集部は、すぐに記事を書き、告発を行った。

記事が掲載された後、企業は、違法な開発を中止し、謝罪した。温泉地は、再び静けさを取り戻し、美しい自然を守ることができた。

私は、マリエに、全てを打ち明けた。マリエは、最初は驚いたものの、最後には、私の行動を理解し、感謝してくれた。「あなたは、私を騙したかもしれないけれど、それ以上に、正義のために戦ったのね。私は、あなたを尊敬するわ」

数日後、私は、雑誌社を退職した。私は、新しい道を歩み始めた。自分の信じる正義を貫き、人を騙すことなく、世の中に貢献できる仕事を見つけよう。

湯けむりの向こうに、新しい未来が見えた。