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東京の雑踏に紛れ、ひっそりと息づいていた梶並玲奈（かじなみ れいな）。三十歳を目前に、女優としてのキャリアはほぼゼロに等しかった。端役やエキストラを転々とする日々、夢は遠く、現実は厳しい。そんな彼女にとって、大物映画監督・黒岩徹との密会は、唯一の光だった。

黒岩は、業界のドンとも言われた存在。彼の寵愛を受け、小さな役ながら重要な場面を任せてもらえるようになり、玲奈はささやかな希望を抱いていた。しかし、その関係は長くは続かなかった。ある冬の夜、黒岩は自宅で急死。死因は心不全とされたが、マスコミは嗅ぎつけた。黒岩と玲奈の関係を大きく報道し、「呪われた女優」「さげまん」というレッテルを彼女に貼り付けた。

当初、玲奈は衝撃と恐怖に震えた。だが、奇妙なことに、その「さげまん」というレッテルが彼女の運命を変えていく。バラエティ番組の出演依頼が殺到したのだ。「さげまん女優」として。最初は戸惑い、カメラの前で震えることもあった。しかし、世間の注目、そしてそれによって得られる仕事、金銭。それらは、今まで味わったことのない快感だった。

玲奈は「さげまん」という自分の新たなキャラクターを演じ始めた。黒岩監督の死を仄めかすような発言、不気味な笑み、そして、どこか哀愁漂う目元。それは計算された演技だった。視聴者は、そのミステリアスな雰囲気に魅了され、玲奈は瞬く間に人気者となった。トーク番組では、わざと不吉な出来事を語り、スタジオを凍りつかせる。視聴率は急上昇し、玲奈はバラエティ界の寵児となった。

しかし、人気の頂点も長くは続かなかった。「さげまん」というネタは、新鮮さが薄れると同時に、飽きられ始める。視聴者は、新たな「呪われた」人物を求め、玲奈への関心は徐々に薄れていった。彼女は焦燥感に駆られた。この「さげまん」という地位、この人気を失うことへの恐怖が、彼女を蝕んでいった。

ある夜、玲奈は鏡の前に立った。鏡の中の彼女は、かつて抱いていた女優としての夢とは全く違う、虚ろな表情をしていた。しかし、彼女の瞳は鋭く輝いていた。彼女は決意した。人気を失わないために、自ら「さげまん」の呪いを演出するのだ。

まずは、人気俳優、一条誠。彼は、玲奈が以前から密かに想いを寄せていた相手だった。玲奈は、一条に接近し、彼の自宅に忍び込んだ。そして、一条の愛用していた万年筆を盗み、彼がよく通うカフェのテーブルにさりげなく置いた。数日後、一条は交通事故に遭う。幸い命に別状はなかったものの、大怪我を負い、芸能活動を一時休止することとなった。

マスコミは騒ぎ立てる。一条と玲奈の関係を結びつけ、「さげまん」の呪いが再び発動したと報道した。玲奈は、それを面白がるように微笑んだ。再び脚光を浴びた彼女は、さらに大胆な行動に出る。今度は、有名プロデューサー、田辺隆志をターゲットとした。田辺は、玲奈を「さげまん」として利用し、番組を盛り上げようとしていた人物だった。玲奈は、田辺の私室に侵入し、彼の大切なコレクションである古時計を壊した。その後、田辺は突発的な病に倒れ、芸能界から姿を消すこととなる。

玲奈の「さげまん」伝説は、再び拡大していった。彼女は、再びテレビ番組に引っ張りだこになり、かつて以上の成功を手にした。しかし、彼女の心には、深い空虚感が広がっていた。彼女は、誰かを不幸にすることでしか、自分自身の存在意義を見出せない存在になっていたのだ。

ある日、玲奈は鏡に映る自分の姿をじっくりと見つめた。かつての、純粋な女優としての夢を忘れてしまった自分。そして、他人を傷つけ、不幸にすることでしか生きられない自分。彼女の瞳には、恐怖と虚無が混ざり合った感情が渦巻いていた。

彼女は、自分が演じてきた「さげまん」という役柄に、自ら飲み込まれていく恐怖を感じ始めた。果たして、玲奈は、この呪縛から逃れることができるのか。それとも、彼女は「さげまん」という名の影に、永遠に囚われ続けるのか。その未来は、まだ誰にもわからない。  玲奈の歪んだ笑顔は、静かに、しかし確実に、闇に染まっていくのだった。