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## 密室の攻防：ビジネスホテルの一夜

高層ビルの窓の外に広がる夜景は、いつものように眩しく、そしてどこか虚しく輝いていた。佐藤健一、38歳、独身。商社に勤める彼は、今日もまた終電間際に疲労困憊でビジネスホテルへとたどり着いた。スーツのネクタイは緩められ、顔には連日の激務による疲労の色が濃く浮かんでいる。

「はぁ…」

重いため息をつきながら、彼は部屋のドアを開けた。無機質なビジネスホテルの客室。ベッドに倒れ込みたい衝動に駆られたが、その前に彼はスマートフォンの画面を操作した。数日前から登録していた、出張先での癒しを求めていたサービス。そう、「出張エステ」だった。

「えっと、今ならまだ間に合うかな？」

滑り込むように予約を入れる。120分コース。贅沢だとは思ったが、この疲労にはそれくらいの癒しが必要だと自分に言い聞かせた。

ほどなくして、部屋のドアをノックする音が響いた。

「ピンポーン。」

健一はベッドからゆっくりと身を起こし、ドアを開ける。そこに立っていたのは、一人の女性だった。

「こんばんは。本日担当のエステティシャンの田中です。」

丁寧な挨拶とともに現れた田中は、健一の目を釘付けにした。年齢は30代前半だろうか。艶やかな黒髪は無造作にまとめられ、柔らかな曲線を描く顔立ち。そして何よりも、彼女が着用しているユニフォームは、その豊満な胸元を強調するかのようにぴったりとしており、そのボリュームは男性であれば誰もが目を奪われるほどだった。

「あ、どうも…よろしくお願いします。」

健一は内心の動揺を隠し、ぎこちなく答えた。普段、仕事で様々な人と接しているが、ここまで生理的な興奮を覚える出会いは久しぶりだった。

田中はにこやかに部屋に入り、テキパキと準備を始めた。アロマオイルやマッサージ器具が並べられ、部屋には心地よい香りが漂い始める。健一は、彼女の仕草一つ一つに目が奪われた。そのしなやかな動き、指先の繊細さ。

「では、まずはお着替えをお願いします。こちらのガウンをご用意しました。」

田中が差し出したガウンは、肌触りの良いシルクのような素材だった。健一は言われた通りにソファに腰掛け、スーツを脱ぎ捨てた。露出された肌に、彼女の視線がかすかに触れたような気がした。

「背中から始めさせていただきますね。」

田中は健一の背中にそっと手を触れた。温かいオイルが肌に馴染み、じんわりと疲労が溶けていくような感覚。彼女の手は、驚くほど力強く、そして繊細だった。指圧がツボを的確に捉え、硬く凝り固まった筋肉がほぐれていく。

「…ふぅ。気持ちいいですね。」

思わず声が漏れる。田中は微笑みながら、

「ありがとうございます。お疲れが溜まっているようですね。」

と応えた。

施術が進むにつれて、健一は彼女との会話を楽しむようになった。仕事の話、趣味の話。田中は、気さくに、しかしどこか控えめな口調で話してくれた。

「私、昔はもっとバリバリ働きたいタイプだったんですけどね…」

ふと、田中がそんな言葉を口にした。

「え、そうなんですか？」

「ええ。でも、結婚して、子供ができて…色々と変わりました。今は、こうしてお客様の疲れを癒すのが、一番の喜びというか…。」

彼女の言葉に、健一は共感する部分もあった。自分も、このまま一人で生きていくのか、それとも…。そんな漠然とした不安が頭をよぎった。

「でも、たまに思うんです。もっと、自分の時間も欲しいなって。」

田中は、そう言って少し寂しそうな表情を浮かべた。その表情に、健一は何かを感じ取った。彼女もまた、日常の中で何らかの不満や、満たされない思いを抱えているのかもしれない。

「奥様も、お仕事されてるんですか？」

健一は、探るような口調で尋ねた。

「ええ。でも、子供の学校の行事とか、体調が悪い時とか、どうしても私がいないとダメな時があって…。それに、夫も仕事で遅いことが多いですし。」

彼女の言葉は、どこか愚痴のようでもあり、同時に助けを求めているようにも聞こえた。健一の胸に、ある種の期待が芽生え始めた。

「そうなんですね…大変ですね。」

健一は、彼女の肩にそっと手を添えた。オイルの滑らかな感触が、彼女の肌を通して伝わってくる。

「あの…もし、よかったらなんですけど。」

健一は、意を決して言葉を続けた。

「もう少し、ゆっくりお話しませんか？たとえば、この後、どこかで一杯とか…。」

田中は、一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに困ったような笑顔を浮かべた。

「それは…ちょっと、難しいかもしれません。」

「え、でも、まだ時間ありますよね？」

健一は、120分コースを選んだ理由の一つに、この「もう少し」という可能性を期待していたのだ。

「いや、あの、私、実は…」

田中は、言葉を濁すように視線を逸らした。その様子から、健一は彼女の「押しに弱い」という性格を確信していた。そして、彼女の「不満」が、この誘いに乗る可能性を増幅させているとも。

「大丈夫ですよ。ちょっと、お酒でも飲みながら、お話するだけですから。」

健一は、さらに彼女の背中を優しく撫でた。彼女の背中は、驚くほど柔らかかった。

「でも…」

田中の声は、か細くなっていた。健一は、今こそ攻め時だと判断した。

「お仕事、大変ですよね。いつも、誰かのために頑張ってらっしゃる。たまには、ご自身のことも労ってあげてください。」

健一は、彼女の耳元で囁くように言った。吐息がかかるほどの近さ。田中は、身を固くしたように見えたが、拒絶するような素振りはない。

「…私、実は、既婚者なんです。」

田中は、絞り出すような声で言った。

「え…」

健一は、一瞬動揺した。しかし、すぐにそれを悟られないように努めた。

「あ、そうなんですか。それは、失礼しました。」

健一は、平静を装って言った。だが、内心では「人妻か…」という新たな欲望が燃え上がっていた。

「でも、旦那さんとは、最近、うまくいってなくて…。」

田中は、堰を切ったように話し始めた。夫の無関心さ、会話の少なさ。そして、何よりも、愛情を感じられないこと。健一は、彼女の言葉を静かに聞いていた。彼女の言葉の端々に、「誰かに認めてほしい」「誰かに愛されたい」という切実な願いが滲んでいるのが分かった。

「…なんだか、話してたら、少し楽になりました。」

田中は、涙を浮かべながら言った。健一は、彼女の顔を覗き込んだ。その瞳には、疲労と、そしてかすかな期待が宿っているように見えた。

「あの…もし、もしよければ、なんですけど。」

健一は、今一度、彼女の心を揺さぶろうと試みた。

「もう一度、マッサージ、してもらえませんか？…もっと、あの、リラックスできるような…。」

健一は、言葉を選びながら、遠回しに自分の欲望を伝えた。彼女の「押しに弱い」性格と「不満」を刺激すれば、きっと…。

田中は、しばらく沈黙していた。部屋には、時計の秒針の音だけが響き渡る。健一は、心臓が早鐘を打つのを感じていた。

「…わかりました。」

田中は、小さく頷いた。その声は、驚くほど静かだった。

「ありがとうございます。」

健一は、安堵と期待が入り混じった声で言った。彼女の決断に、自分でも驚いていた。

田中は、ゆっくりと健一の隣に座った。そして、再び彼の背中に手を伸ばした。しかし、その手つきは、先ほどとは明らかに違っていた。オイルの代わりに、彼女の指先が、健一の肌に直接触れる。その感触は、先ほどよりもずっと熱を帯びていた。

健一は、彼女の意図を察し、目を閉じた。密室の中、二人の間には、言葉にならない空気が流れる。これから何が起こるのか、それは誰にも分からない。ただ、この一夜が、健一にとって忘れられないものになることだけは、確かな予感として胸に広がるのだった。