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## じいちゃんの熱い夜

「おっ、じいちゃん、まだ起きてたのかい？」

夜も更けたリビングに、俺、健一はひっそりと明かりを灯していた。もう寝ているはずの祖父、源三郎が、いつの間にかソファに座って、テレビをぼんやりと眺めている。齢80を過ぎたじいちゃんは、普段は早寝早起きで、健康そのものだった。しかし、最近は少し様子が違った。

「健一か。ああ、ちょっと目が冴えてしまってな。」

源三郎は、かすれた声でそう答えた。その顔には、いつもなら見られない、どこか寂しげな影が宿っている。最近、ばあちゃんが亡くなった。二人で支え合ってきた60年近い歳月、その空白は、じいちゃんの心にぽっかりと穴を開けてしまったようだった。

「眠れないのかい？薬、飲んでみる？」

「いや、大丈夫だ。それにしても、最近は本当に何もすることがなくてな。」

源三郎は、テレビ画面に映る退屈そうなニュース番組に目を向けたまま、ぽつりと呟いた。その言葉に、俺は胸が締め付けられる思いがした。いつも元気で、畑仕事に精を出し、俺たち孫にも厳しくも愛情深い、そんなじいちゃんだった。それが今では、ただ時が過ぎるのを待つだけのように見える。

「じいちゃん、何かやりたいこと、ない？」

俺は、そっと問いかけた。じいちゃんは、しばらく考え込むように黙って、それから、ふっと息を吐いた。

「やりたいこと、か…。そうだなあ。昔は、色々あったんだがな。」

源三郎の目は、遠い過去を見つめているようだった。その横顔には、かつては血気盛んに世の中を渡り歩いた男の面影が、かすかに残っているように見えた。

「昔、ばあちゃんと若い頃、あの頃は本当に楽しかった。夜遅くまで二人で話して、時には…」

そこで源三郎は、言葉を区切った。その顔が、ほんの少し赤くなる。俺は、思わず吹き出しそうになった。じいちゃんも、照れることがあるんだな。

「まあ、男だからな。じいちゃんだって、いい女なら勃起もするし、老いても女は抱きたいもんだ。」

唐突に、源三郎はそう言った。俺は、その言葉に度肝を抜かれた。いつもは、そんな話、一切しないのに。

「えっ、じいちゃん、いきなり何を…」

「いや、昔の話だ。昔は、そんなこと、当たり前だった。でも、ばあちゃんが亡くなってから、そういう気持ちも、どこかに行ってしまったようでな。俺も、もう年寄りだから、そういうのは、もう終わりなんだろうと思っていた。」

源三郎は、寂しそうに微笑んだ。その笑顔に、俺は、じいちゃんの中にある、まだ消えていない「男」としての熱情を感じた。

「でもな、健一。最近、ふと思ったんだ。人生、もう終わりだなんて、そんなことはないんじゃないかって。」

源三郎は、俺の目をまっすぐに見つめた。その瞳には、以前のような輝きが戻っていた。

「俺は、もう一度、生きたいんだ。じいちゃんは、まだ、生きたいんだ。」

その言葉に、俺は、じいちゃんの強い意志を感じた。そして、俺にできることは何だろうか、と考え始めた。

「じいちゃん、じゃあ、これからは、俺がじいちゃんの介護、しっかりやるよ。」

俺は、決意を込めて言った。

「介護、か。そうだなあ、健一。俺は、こんな介護を受けたいんだ。」

源三郎は、ゆっくりと話し始めた。

「まず、朝は、太陽の光で起こしてほしい。そして、温かい朝食。焼きたてのパンとか、卵料理とか。それから、俺の好きなコーヒー。濃いめのやつがいいな。」

「うんうん、任せてよ！」

「午後は、庭でゆっくりしたい。昔みたいに、畑仕事ができなくてもいい。ただ、土の匂いを嗅いで、風を感じていたい。たまには、健一も一緒に来てくれ。俺が昔話をしてやるから。」

「もちろん！じいちゃんの話、大好きだよ。」

「そして、夜だ。夜は、静かに過ごしたい。でも、寂しくないように、健一がお前さんの話を聞かせてほしい。今日の出来事とか、学校のこととか、友達のこととか。何でもいいんだ。」

源三郎は、目を細めて微笑んだ。

「そして、一番大事なのはな、健一。俺に、いつまでも「男」であることを忘れないように、時々、女性の話をしてほしいんだ。」

「えっ？女性の話？」

「そうだ。昔の美人女優の話でもいい。あるいは、健一が好きなアイドルの話でもいい。とにかく、俺の心に、火を灯してくれるような話だ。俺も、もう年寄りだが、心はまだ若い。いつまでも、男でありたいんだ。」

源三郎は、そう言って、嬉しそうに笑った。その笑い声は、以前にも増して力強く、生き生きとしていた。

「じいちゃん、わかった。俺、頑張るよ。」

俺は、じいちゃんの言葉を、胸に刻み込んだ。

その夜、俺は、じいちゃんと一緒に、昔の映画を見た。白黒のフィルムに映し出される、魅力的な女優たち。源三郎は、目を輝かせながら、それぞれの女優の美しさを熱く語った。俺は、そんなじいちゃんの姿を見て、本当に嬉しかった。

それから、俺は、じいちゃんの「介護」を始めた。それは、単なる身体的な世話ではなかった。じいちゃんの心に寄り添い、じいちゃんの「生きたい」という気持ちを、全力で応援することだった。

毎朝、俺は、じいちゃんの好きなコーヒーを淹れた。庭では、じいちゃんと一緒に、土を触り、風を感じた。夜には、じいちゃんに、学校での出来事や、友達との話を聞かせた。そして、時々、街で見かけた綺麗な女性の話や、テレビで見た魅力的な女優の話もした。

源三郎は、次第に元気を取り戻していった。顔色も良くなり、目には以前のような輝きが戻った。そして、何よりも、彼の「男」としての熱情が、再び燃え盛っているように見えた。

ある日、源三郎は、俺に言った。

「健一、ありがとう。お前のおかげで、俺は、もう一度、生きる喜びを見つけた。」

その言葉を聞いて、俺は、涙が止まらなかった。

源三郎は、その後も、力強く生きた。俺が、彼の「介護」を続けたからではない。源三郎自身が、「生きたい」という強い意志を持ち続けたからだ。

そして、ある日、源三郎は、静かに息を引き取った。その顔は、安らかで、まるで、長年の夢を叶えたかのようだった。

俺は、じいちゃんの遺影を見つめながら、あの夜の会話を思い出した。

「じいちゃんだって男！いい女なら勃起もするし老いても女は抱きたい！老後はこんな介護を受けたい！！」

あの言葉は、決して、ただの戯言ではなかった。それは、人生の最後まで、懸命に生きた、一人の人間の、熱い叫びだったのだ。

俺は、じいちゃんから、多くを学んだ。人生の最後まで、諦めないこと。そして、どんな時でも、「男」であり続けること。

じいちゃん、ありがとう。俺も、じいちゃんのように、力強く、そして、情熱的に生きていくよ。