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## 煌めきの始まり

「普通にキレイな女性じゃん…。」

鏡に映る自分の姿に、咲は小さく呟いた。照明のせいか、それとも緊張のせいか、頬は微かに紅潮している。今日から、この場所が私の新しい日常になる。そう思うと、期待と不安が入り混じった複雑な感情が胸を駆け巡った。

私は咲。今日、この日を境に、私は「ニューハーフ」という、これまで遠い世界のことのように感じていた世界に足を踏み入れる。幼い頃から漠然と抱いていた「女の子になりたい」という夢。それを叶えるために、私は数年間、自分自身と向き合い、時には悩み、時には喜びながら、今日という日を迎えたのだ。

「咲ちゃん、もうすぐ出番よ。」

優しい声に現実に引き戻された。支配人のマリアさんだ。彼女は、このお店のオーナーであり、私のような新しい子たちを温かく見守ってくれる母親のような存在だった。

「はい、マリアさん。」

私は深呼吸をし、ステージへと続く扉に手をかけた。扉の向こうには、たくさんの期待の視線が待ち構えているだろう。どんな反応が返ってくるのか、想像もつかない。ただ、私はここで、私らしく輝きたい。それが今の私の全てだった。

扉が開くと、まばゆいばかりのスポットライトが私を包み込んだ。観客席からは、歓声ともため息ともつかないざわめきが聞こえてくる。緊張で足が震えそうになったが、ぐっとこらえた。

「皆さま、こんばんは！今日から、このステージに立つことになりました、咲です。まだまだ未熟者ですが、皆さまに楽しんでいただけるよう、精一杯頑張りますので、応援よろしくお願いします！」

精一杯の笑顔で挨拶を終えた後、用意されていた椅子に座り、マリアさんの誘導で自己紹介を始めた。出身地、趣味、そして、この世界に入ったきっかけ。話すうちに、少しずつ緊張が和らいでいくのを感じた。

「男性経験ですか…？あの、私、その、まだ、経験がなくて…。」

思わず言葉が詰まる。思っていた以上に聞かれてしまった質問に、顔が熱くなるのを感じた。会場からは、クスクスという笑い声と、意外な反応に驚くようなざわめきが起こった。

「えっ、本当！？それは初耳だね！」
「あら、意外と純粋なのね。」
「これからが楽しみじゃん！」

そんな声が聞こえてくる。私は、ただただ顔を赤らめるしかなかった。恋愛とは無縁の学生時代を過ごし、ずっと自分のことばかり考えてきた私にとって、それは自然なことだったけれど、ここではむしろ珍しいことらしい。

一回目のステージを終え、楽屋に戻ると、マリアさんが温かい笑顔で迎えてくれた。

「よく頑張ったわね、咲ちゃん。緊張したでしょう？」
「はい…。男性経験の話、ちょっと恥ずかしかったです。」
「ふふ、初々しくていいじゃない。むしろ、その純粋さがきっとお客さまの心を掴むわよ。」

マリアさんの言葉に、少し勇気づけられた。確かに、私はまだ何者でもない。でも、これから、ここで、たくさんの経験を積んで、自分を磨いていける。そう思うと、また新たな気持ちが湧いてきた。

この日は、もう一人、私と同じように新しいステージに立つ子がいた。彼女の名前は「蘭」。同じく、今日からこの店で働き始めるニューハーフだ。

蘭と初めて会ったのは、この店のオーディションの日だった。彼女は、私とは対照的に、自信に満ち溢れた雰囲気を持っていた。長い黒髪を揺らし、大きな瞳には強い意志が宿っている。

「はじめまして、蘭です。よろしくね。」
「咲です。よろしくお願いします。」

短い挨拶を交わしただけだったけれど、彼女の存在感は私の記憶に強く残っていた。

その日の夜、蘭も同じようにステージに上がっていた。彼女のパフォーマンスは、私の想像を遥かに超えるものだった。歌声は力強く、ダンスは官能的。会場のボルテージは最高潮に達していた。

しかし、彼女の自己紹介で、私はある驚きを隠せなかった。

「…そして、私、蘭は、今までお付き合いした男性は6人です。その方々から、私、結構…えっと、なんて言うんでしょうか…、その、身体の相性がすごくいい、って言われることが多くて…。」

蘭は、少し照れたように、しかし自信を持ってそう言った。会場からは、どよめきとも歓声ともつかない声が上がる。

「マジかよ！」
「6人連続って凄すぎ！」
「ケツマンコって…どんな感じなんだろう？」

会場の熱狂が、楽屋まで伝わってくるようだった。蘭は、私の隣に座っていたマリアさんの耳元で何かを囁いた。マリアさんは、蘭の言葉に一瞬目を丸くしたが、すぐに微笑んで頷いた。

ステージを終えた蘭が楽屋に戻ってきた時、私は思い切って話しかけた。

「蘭さん、さっきの自己紹介、凄かったですね。」
「あはは、咲ちゃんにそう言われると嬉しいな。でも、ちょっと大胆すぎたかなって反省もしてるんだ。」

蘭は、悪戯っぽく笑った。彼女の笑顔は、ステージ上の妖艶さとはまた違った魅力を持っていた。

「でも、私、蘭さんのパフォーマンスを見て、本当に感動しました。歌もダンスも、すごく惹きつけられました。」
「ありがとう。咲ちゃんも、初ステージだったのに、堂々としてたじゃない。それに、男の人に慣れてない感じ、すごく可愛かったよ。」

そう言われて、また顔が赤くなる。私たちは、お互いの異なる魅力を認め合い、少しずつ打ち解けていった。

その後、私たちは、同じ店で働く仲間として、お互いを励まし合い、支え合いながら、日々を過ごしていった。私は、蘭のパフォーマンスから多くのことを学び、彼女の自信に刺激を受けた。一方、蘭は、私の純粋さや、何事にも真剣に取り組む姿勢を、純粋なものとして受け止めてくれた。

ある夜、私と蘭は、仕事終わりに一緒に食事をすることになった。お店の近くのカフェで、私たちはリラックスした雰囲気で話し始めた。

「ねぇ、咲ちゃん、さっきマリアさんが言ってたんだけど、私のこと、『天然モノ100％新人ニューハーフ』だって言ってたらしいよ。」
「えっ、本当ですか？なんか、すごいキャッチフレーズですね。」
「でしょ？私、自分ではそんな風に思ったことなかったんだけど、周りから見ると、そう見えるみたいなんだ。」

蘭は、自分のことを「天然」だと言った。それは、彼女が自分自身の魅力を無意識のうちに理解している証拠なのかもしれない。彼女の話し方や仕草には、飾り気のない純粋さが滲み出ていた。

「でも、咲ちゃんも十分『天然モノ』だと思うよ。だって、男の人に全然慣れてないんだもん。そのシャイなところが、逆に可愛いんだから。」

蘭は、私のシャイなところを「可愛い」と言ってくれた。これまで、自分の内気さや消極性をコンプレックスに感じていた私にとって、その言葉はとても嬉しかった。

「私は、咲ちゃんのそういうところが、すごく魅力的なんだと思う。これから、もっとたくさんの男性と出会って、いろんな経験をしていく中で、咲ちゃんはどんどん輝いていくと思うよ。」

蘭の言葉は、まるで魔法のように私の心に響いた。彼女は、私の未来を信じ、応援してくれている。

「蘭さんも、すごく魅力的です。さっきお話しされていた、その…男性経験について、私も、少し興味があります。」

言い終わった後、自分で言ったことに驚いた。今まで、そんなこと考えたこともなかったのに。でも、蘭の堂々とした態度や、自信に満ち溢れた表情を見ていると、私の中にも、少しずつ変化が生まれているのを感じた。

「ふふ、咲ちゃん、ついに興味を持った？私でよければ、いつでも色々と教えてあげるよ。なんでも聞いてね。」

蘭は、私の言葉に嬉しそうに笑った。その笑顔は、まるで太陽のように温かかった。

「ありがとうございます。でも、私、本当に何も分からないので、困らせてしまうかもしれません。」
「大丈夫大丈夫！私も、最初は何も分からなかったんだから。それにね、私、色々な人に言われるんだけど、私の『そこ』、いわゆる『ケツマンコ』っていうのかな…。」

蘭は、少し恥ずかしそうに、しかし楽しそうに続けた。

「とにかく、そういう部分で、すごく喜んでもらえることが多いんだ。だから、私にとって、それは私の才能みたいなものだと思ってるの。」

「ケツマンコ」という言葉に、私は思わず吹き出してしまった。しかし、蘭の言葉には、不思議な説得力があった。自分の体を、自分の魅力として肯定し、それを活かしていこうとする彼女の姿は、私にとって大きな刺激となった。

「蘭さんって、本当に強いですね。私は、まだ自分のことを、どうしたらいいのか全然分かりません。」
「大丈夫だよ。みんな、最初はそうだよ。咲ちゃんは、咲ちゃんのままで、これからゆっくりと自分の魅力を見つけていけばいいんだから。」

私たちは、その後も夜が更けるまで、色々な話をした。お互いの過去、今の気持ち、そして未来への希望。私たちは、まだ始まったばかりの人生の中で、同じような戸惑いと期待を抱いていた。

この夜を境に、私の心の中に、小さな火が灯ったような気がした。それは、自分自身をもっと知りたい、もっと輝きたいという、新しい自分への憧れだった。

「普通にキレイな女性じゃん…。」

あの日の自分の言葉が、今、違う意味を持って私の中に響いている。私は、まだ自分自身でも気づいていない、未知の魅力を持っているのかもしれない。そして、その魅力を引き出し、磨いてくれるのは、この場所であり、蘭のような存在なのだと。

これからの日々が、楽しみで仕方ない。私は、まだ見ぬ自分自身に出会うために、一歩ずつ進んでいこうと決意した。蘭という、頼もしい仲間と共に、この煌めく世界で、私もまた、私だけの輝きを見つけ出すために。