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## 少女たちの空

僕らがまだ、世界をまだ小さくしか見られなかった頃、憧れた女性はみんな、どこか遠い存在のように大きく見えた。背が高く、すらりとした手足を持ち、凛とした佇まい。それは、子供の視点から見上げた空のように、どこまでも高く、眩しい光を放っていた。

僕、陽介は、そんな「高く、遠い」女性たちに、密かに、しかし熱烈に憧れていた。クラスメイトの詩織は、僕より頭一つ分ほど背が高く、いつも運動会のリレーで一番外側を走る姿は、まるで翼を広げた鳥のようだった。図書室で静かに本を読む横顔も、その細い首筋のラインも、僕の心を奪った。思春期の僕にとって、詩織はまさに「憧れの具現化」だった。

僕のこの「高身長フェチ」とでも言うべき嗜好は、父の影響も少なからずあった。父は、昔から背の高い女性を褒め称えるのが好きだった。「あの女優さん、本当にスタイルがいいね」「モデルさんみたいだ」と、テレビに映るすらりとした女性たちを見るたびに、感嘆の声を漏らしていた。幼い僕の耳には、父の言葉は「背が高い＝美しい、憧れる存在」という単純な図式で刻み込まれた。

中学に上がると、僕の視線はさらに高い場所へと向けられるようになった。バスケットボール部の女子たちは、皆、平均身長を大きく上回っていた。中でも、キャプテンだった美咲先輩は、175cmを超える長身で、コートを駆け回る姿は圧巻だった。汗を光らせ、力強くボールを操る彼女は、僕にとって憧れの対象であると同時に、少し近寄りがたい、神秘的な存在でもあった。

「陽介、また詩織ちゃんのこと見てるの？」
幼馴染の健太が、ニヤニヤしながら肘で僕をつついてきた。
「別に、見てないよ」
僕は慌てて視線を逸らし、教室の窓の外に広がる青空に目をやった。あの空のように、詩織も僕の手の届かない場所にいるような気がした。

高校に進学しても、僕の目は自然と長身の女子を探し求めた。新しい環境は、僕のフェチ心をさらに刺激した。制服を着た彼女たちが、すらりと伸びた手足で歩く姿。スカートの裾から覗く細いふくらはぎ。ふとした瞬間に視線が絡み、恥ずかしそうに微笑む横顔。それは、僕にとって何よりも美しい光景だった。

ある日、僕は図書館で、詩織が一人で本を読んでいるのを見つけた。彼女の隣に座る勇気はなかったけれど、こっそりと彼女の読んでいる本のタイトルを盗み見た。それは、僕も興味のある小説だった。勇気を振り絞り、僕は彼女に話しかけた。

「あの、その本、僕も読もうと思ってたんですよ」
詩織は少し驚いた顔をしたが、すぐに優しく微笑んだ。
「本当？面白いですよ。主人公が、自分よりずっと背の高い女性に憧れる話なんです」
その言葉を聞いた瞬間、僕の心臓は早鐘を打った。まるで、彼女が僕の心を覗き見ているかのようだった。

「僕も、背の高い女性に憧れるんです」
思わず、本音を漏らしてしまった。詩織は、少し赤らめた顔で、僕を見つめた。
「そうなんですか。意外です」
その「意外です」という言葉には、どんな意味が込められていたのだろうか。僕には、それを読み解く勇気も、知識もなかった。

それから、詩織と話す機会が増えた。図書館で、廊下で、時折、学校の帰り道で。彼女の身長は、僕にとっては特別なものではなかった。ただ、僕が惹かれる、魅力的な彼女の一部だった。彼女の指先が、細く長く伸びていること。彼女が歩くとき、しなやかに伸びる手足が、まるで踊っているかのように見えること。それらを、僕は愛おしく感じていた。

ある夏の日、僕たちは図書館の近くの公園で、偶然再会した。詩織は、夏らしいワンピースを着ていた。風が吹くと、ワンピースの裾がふわりと広がり、彼女のすらりとした脚が覗いた。僕は、その光景に息を呑んだ。

「陽介君、偶然だね」
詩織は、僕に気づくと、嬉しそうに手を振った。
「詩織さん、こんにちは。今日は、お休みなんですか？」
「うん。少し、気分転換にね」

公園のベンチに並んで座り、僕たちは他愛もない話をした。詩織が、自分の将来について語る時、その瞳はキラキラと輝いていた。彼女が、遠くを見つめるように語る姿は、まるで僕が子供の頃に見た、空のように高く、眩しかった。

「私、将来、パティシエになりたいんです」
彼女は、そう言った。
「パティシエ？すごいですね」
「はい。色々なケーキを作って、みんなを笑顔にしたいんです。でも、そのためには、もっと色々なことを勉強しなきゃいけないと思って。そのためには、もっと、もっと、大きくなりたいんです」
「大きくなりたい？」
「はい。物理的にも、精神的にも。色々なことを吸収して、立派なパティシエになりたいんです。そのために、いつも、空を見上げて、背筋を伸ばしているんです」

彼女の言葉は、僕の心に深く響いた。僕が彼女の身長に惹かれていたのは、単なる外見的な好みだけではなかったのかもしれない。彼女の、高みを目指す意思、そしてそれを体現するかのような、すらりとした姿。それらが、僕にとっての「憧れ」という感情を呼び起こしていたのだ。

夏も終わりに近づき、僕たちは高校を卒業する時期を迎えた。詩織は、県外の有名調理専門学校に進学することが決まった。僕たちは、別々の道に進むことになる。

卒業式の前日、僕は詩織に、手作りのアルバムを渡した。そこには、僕たちが一緒に過ごした写真と、僕が詩織への想いを綴ったメッセージが書かれていた。

「詩織さんへ。僕が、詩織さんに初めて会ったのは、中学の時でした。あなたは、僕にとって、初めて「憧れ」という感情を抱いた人でした。あなたの、すらりとした手足、凛とした佇まい、そして、いつも高みを目指す強い意思。それら全てが、僕を惹きつけました。あなたは、僕にとって、いつまでも、遠い空のように、輝き続ける存在です。これからも、あなたの夢を応援しています。そして、いつか、あなたの作ったケーキを、笑顔で食べられる日を楽しみにしています。」

詩織は、アルバムを手に、静かに泣いていた。
「陽介君…ありがとう。私も、陽介君と過ごした日々、忘れないよ。あなたの、温かい言葉、いつも励みになっていました」
彼女は、僕に微笑みかけた。その笑顔は、僕が初めて彼女を見た時よりも、さらに輝きを増しているように見えた。

卒業の日、僕たちは、それぞれの未来へと歩き出した。詩織は、彼女の夢であるパティシエになるために、都会へと旅立った。僕も、自分の道を探しに、新しい一歩を踏み出した。

僕の「高身長フェチ」は、今でも続いている。しかし、それは単なる外見への偏愛ではなく、高みを目指し、自らの意思で成長し続ける女性への、尊敬と憧れの念に変わっていた。

僕らが、まだ世界を小さくしか見られなかった頃、憧れた女性はみんな、遠い空のように大きく見えた。そして今、僕が遠くから見守る彼女たちは、あの頃の僕が抱いた、どんな憧れよりも、もっと輝きを増している。彼女たちの伸びやかな手足は、未来への希望を刻むように、しなやかに、そして力強く、世界を切り開いていくのだ。そして僕は、そんな彼女たちの姿を、いつまでも、見守り続けていたいと願う。