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■ 限界少女、恥辱の散歩道

「ねぇ、拓海くん。私、最近ずっと考えてることがあるんだ」

こずえは、いつものように軽やかな口調で、しかしその声の底には奇妙な熱を帯びて、私のメッセージに返信してきた。最近、彼女とのやり取りで増えた「恥ずかしい」という言葉。最初は冗談かと思っていたけれど、どうやら本気らしい。

「何？また変なこと考えてるんじゃないの？」

そう返すと、彼女はすぐに「変なことじゃないの！むしろ、すごく興味があるの！」と畳み掛けてきた。

「興味？何に？」

「限界を超えた恥ずかしい思いをしたら、自分はどうなっちゃうんだろう？って」

思わず画面を二度見した。こずえは、どこか危なっかしい魅力を持つ女性だった。普段は明るくて、周囲を惹きつけるような笑顔の持ち主。しかし、その内面には、普通の人とは少し違う、好奇心の奔流が渦巻いているような気がしていた。そして、その好奇心の矛先が、よりによって「恥ずかしさ」の極限に向かっているというのだ。

「は、はぁ…。で、それでどうしたいの？」

「だから、拓海くんに実験台になってもらいたいんだ！」

「え！？私？」

「そう！拓海くん、私に逃げられない状況を作って、思いっきり恥ずかしい思いをさせてほしいの！」

冗談だろう、と流そうとした。しかし、こずえのメッセージには、後にも先にも引けないような、真剣な決意が滲んでいた。彼女の「限界」に触れてみたい、という純粋な探求心。それは、ある意味、私という人間が抱える、どこか退屈な日常を刺激するものだった。

「いや、でも…そんなこと、どうやって…」

「大丈夫！拓海くんなら、きっとできる！私、拓海くんのこと、信頼してるから」

信頼。その言葉に、私は抗いきれなかった。そして、どこか悪戯っぽい、でも真剣なこずえの顔が目に浮かび、私の中に、これまでになかった種類の「使命感」が芽生えた。

数日後、私はこずえを連れ出し、人通りの少ない、しかし自然豊かな公園へと向かった。約束は、「逃げられない状況」と「恥ずかしい思い」をさせること。しかし、具体的に何をするか、まだ漠然としていた。

「さて、こずえさん。今日は、君の好奇心を満たすために、ちょっとした『冒険』に出ようじゃないか」

私は、手に持っていた小さな箱を彼女に見せた。中には、数枚のカードが入っている。

「これは何？」

「今日の『ミッションカード』だ。君はこのカードに書かれた指示に従ってもらう」

こずえは目を輝かせた。

「えー！面白そう！」

「ただし、一つだけ条件がある。このカードに書かれたことは、絶対に断ってはいけない。そして、もし途中で『もう無理！』と思っても、必ず最後までやり遂げてもらわないと」

こずえは、一瞬息を呑んだが、すぐに満面の笑みで頷いた。

「わかった！拓海くんの言う通りにする！」

最初のカードは、意外にもシンプルだった。

「【ミッション１：一番大きな声で『私は愛されています！』と叫ぶ】」

「え？これだけ？」

こずえは拍子抜けした顔をした。しかし、私はニヤリと笑う。

「まぁ、焦るな。これは、ウォーミングアップだ」

公園の、少し開けた場所に出た。周りには、数組のカップルや、散歩をしている人たちがいる。こずえは、少し躊躇したが、意を決して、深呼吸をした。

「い、い、私は…愛されています！」

彼女の声は、思ったよりも小さかった。しかし、その顔は、ほんのりと赤く染まっている。

「あれ？もっと響くかと思った」

「まだまだ、こずえさんの『限界』は、こんなもんじゃない」

次のカードを引く。

「【ミッション２：見知らぬ人に、自分の『一番好きなところ』を３つ伝える】」

今度は、もう少し難易度が上がった。こずえは、公園のベンチに座っている、見知らぬ男性に近づいた。最初は、緊張していたのか、言葉が詰まっていた。しかし、次第に彼女の持ち前の明るさが顔を出し、一生懸命に自分の好きなところを伝え始めた。

「えっと、私の好きなところは、まず、どんな時でも笑顔を忘れないところです！あと、美味しいものを食べると、幸せそうな顔をするところも、結構好きです！最後に…」

彼女が言い終わると、男性は少し困惑した顔をしていたが、苦笑いをしながら「そうですか。頑張ってください」とだけ答えた。

「うわぁ、なんか、変な人だと思われたかも…」

こずえは、顔を真っ赤にして、私の元に駆け寄ってきた。

「でも、君は、自分のことを一生懸命伝えていた。それでいいんだ」

私は、彼女の肩をポンと叩いた。彼女の挑戦する姿は、見ているこちらまで、なんだかワクワクしてきた。

そして、さらにカードを引く。

「【ミッション３：子供のように、道端で転んで、大声で泣き真似をする】」

「ええ！？転ぶの？泣くの？」

こずえは、さすがに戸惑いを隠せない。しかし、彼女の目には、やはり好奇心の色が宿っている。

「大丈夫。誰も君を責めない。ただ、君の『限界』を見るだけだ」

私は、彼女を促した。こずえは、意を決して、公園の芝生の上に、わざとらしく転んだ。そして、子供のように、大袈裟に泣き真似を始めた。

「うわーん！痛いよー！助けてー！」

最初は、周りの視線が気になっていたようだが、次第に、彼女の演技はエスカレートしていった。その姿は、どこか滑稽で、でも一生懸命で、見ているこちらは、思わず笑ってしまいそうになる。

「拓海くん、もう、お腹痛い…」

こずえは、泣き真似をしながら、涙目で私に訴えかけた。

「もう少しだ。君の『限界』は、まだ先にある」

最後のカードを引く。それは、今日一番、彼女を試すミッションだった。

「【ミッション４：一番恥ずかしいと思ったことを、今日出会った人全員に、正直に話す】」

「え…？一番恥ずかしいこと？」

こずえは、青ざめた顔をした。彼女が、今日一番恥ずかしいと思ったこと。それは、おそらく、この「限界を超えた恥ずかしさ」に挑むこと自体だったのかもしれない。

「そう。君が、今日、一番『恥ずかしい』と感じたこと。それを、今日出会った、全ての『証人』に話すんだ」

私は、彼女の隣に立ち、公園の出口へと向かった。そこには、先ほどこずえが話しかけた男性が、まだベンチに座っていた。そして、散歩をしていた数組のカップルも、私達の姿をちらちらと見ている。

「こ、こ、こずえは…今日、拓海くんに、限界を超えた恥ずかしい思いをさせてもらっています！そのために、わざと転んで、大声で泣き真似もしました！そして、今、一番恥ずかしいのは、こんなことをしている自分自身のことです！でも、それが、拓海くんとの約束だから、頑張ります！」

こずえの声は、震えていた。しかし、その言葉には、強い意志が感じられた。彼女は、顔を真っ赤にしながらも、まっすぐに周囲の人々を見つめた。

その瞬間、周囲の人々から、静かな、しかし温かい拍手が起こった。見知らぬ男性も、微笑みながら、こずえに頷いた。

「すごいね、こずえさん」

私は、感嘆の声を漏らした。こずえは、顔を上げ、私を見て、泣き笑いのような表情を浮かべた。

「私、できたよ…拓海くん。限界、超えたかも…」

彼女の目には、涙が溢れていた。しかし、その涙は、恥ずかしさの涙というよりも、達成感と、解放感の涙だった。

「君は、自分の『限界』を、自分で超えたんだ。それは、誰のためでもない。君自身の、成長だ」

私は、そっと彼女の涙を拭った。こずえは、私に抱きついた。その体は、まだ少し震えていたが、その瞳には、これまで見たこともないような、輝きがあった。

「ありがとう、拓海くん。私、なんだか、強くなれた気がする」

彼女の「恥ずかしい」という好奇心は、今日、一つの「体験」となり、彼女の中に、確かな何かを残した。それは、もしかしたら、彼女がこれから生きていく上で、大きな糧となるのかもしれない。

私もまた、こずえの「限界」に触れることで、自分自身の日常に、忘れかけていた「刺激」と「感動」を、取り戻すことができたような気がした。

帰り道、こずえは、いつもよりもずっと、軽やかな足取りで歩いていた。その顔には、まだほんのりと赤みが残っていたが、その瞳は、澄み切っていた。

「また、私に、限界を超えた恥ずかしい思い、させてくれる？」

彼女の言葉に、私は、思わず笑みをこぼした。

「そうだな。君の『限界』は、まだまだ、奥深そうだ」

こずえの好奇心は、まだ満たされたわけではない。そして、私の好奇心も、また、彼女によって、掻き立てられていた。この、少し変わった関係が、これからどうなっていくのか。それは、まだ誰にも分からない。しかし、確かなことは、今日、私達は、二人で、一つの「限界」を超えた、ということだった。そして、その先には、きっと、もっと面白い「冒険」が待っているだろう。