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## 氷壁の棘

高層ビルの最上階、ガラス張りのオフィスは摩天楼の宝石箱のように煌めいていた。その中心に立つのは、神崎ゆうな。黒曜石のような髪は、彼女の研ぎ澄まされた輪郭を際立たせる。すらりと伸びた手足、一切の無駄のない筋肉質な身体。仕事における彼女は、まるで精巧な歯車が噛み合う機械のように正確無比だった。プレゼンテーションは淀みなく、契約は次々と手中に収める。その顔には、完璧なプロフェッショナルとしての微笑みだけがあった。

しかし、その完璧な仮面の下には、並外れた強靭さが息づいていた。仕事が終われば、彼女はジムへと向かう。鉄の匂いと汗の匂いが混ざり合う空間で、ゆうなは己の肉体を限界まで追い込む。シャドーボクシングの鋭い音、サンドバッグを打つ重い衝撃音。彼女の鍛え抜かれた身体は、もはや並みの男では到底太刀打ちできない領域に達していた。

「まだ甘いな、私には。」

鏡に映る自分を見つめ、ゆうなは静かに呟いた。その言葉に嘘はなかった。彼女は自らの身体能力に絶対的な自信を持っていた。それは、彼女を孤高な存在へと押し上げた。

「私に釣り合う男など、どこにもいない。」

その思いは、彼女の性欲をさらに燃え上がらせる燃料となっていた。しかし、その炎を鎮める相手は、どこにも見当たらなかった。部下たちには、つい高圧的な態度をとってしまう。優秀な彼女の目には、彼らの仕事ぶりは常に物足りなく映った。

「何度言えばわかるんですか？この程度のミスで、会社の信用を失うつもりですか？」

冷たい声がオフィスに響き渡る。部下たちは、ゆうなの鋭い視線に萎縮し、顔色を窺いながら作業に没頭する。彼女の言葉は、時に刃物のように鋭く、彼らの心を抉った。

夜、疲労を癒すため、ゆうなは高級マッサージ店を訪れる。派遣されてくるマッサージ師は、皆、彼女の美貌に目を奪われ、時折、失礼な視線を向けてくる者もいた。しかし、ゆうなはそんな視線に微塵も動じなかった。彼らは、彼女にとって、ただの癒しの道具でしかなかった。

「もっと、力を入れてください。そこは、まだ甘い。」

ゆうなは、マッサージ師に指示を出す。その声には、一切の感情がこもっていなかった。彼女にとって、彼らは「喋る性玩具」に過ぎなかった。彼らの指先から伝わる熱も、身体の奥底に眠る欲求を刺激するだけで、心の繋がりを求めるものではなかった。

「次からは、もっと腕の良い者を連れてきてください。無駄な時間を過ごしたくありません。」

いつものように、ゆうなは高慢な態度で店を出た。マッサージ師たちは、彼女の傲慢さに顔を歪めながらも、ただ静かに見送るしかなかった。彼らは、ゆうなという氷壁に、いつしか棘を植え付けていた。

そんな日々が、静かに、しかし確実に、ゆうなへの復讐心を抱く男たちを育てていった。

ある夜、ゆうながいつものようにマッサージ店を訪れると、いつもとは違う空気が流れていた。受付にいた男は、いつもの彼とは違い、どこか緊張した面持ちでゆうなを出迎えた。

「本日は、神崎様のために、特別に腕の良い者を準備いたしました。」

男の声は、どこかぎこちなかった。ゆうなは、眉をひそめながらも、その言葉に少々の興味を覚えた。

個室に通されると、そこにいたのは、これまで会ったことのない、一際背の高い男だった。無精髭を生やし、鋭い眼光を放つその男は、ゆうなのこれまでのマッサージ師たちとは明らかに異質だった。

「はじめまして、今夜、神崎様を担当させていただきます、黒田と申します。」

黒田は、静かにそう名乗った。その声には、どこか不穏な響きがあった。

ゆうなは、黒田の纏う空気に違和感を覚えつつも、いつものように、己の身体を預けた。しかし、黒田の指先から伝わる力は、これまでとは比べ物にならないほど力強かった。

「…あなた、一体、何者なの？」

ゆうなは、思わず声を漏らした。黒田の指圧は、彼女の身体の奥深くに眠る、これまで誰にも触れられたことのない場所を刺激していた。それは、快感とも、痛みともつかない、未知の感覚だった。

「神崎様。あなたほどの女性が、なぜ、そのような消耗を…。」

黒田の声が、ゆうなの耳元をくすぐる。その声には、非難の色も、同情の色もなく、ただ静かな観察があった。

「うるさい。ただ、マッサージをすればいい。」

ゆうなは、いつものように威圧的な態度で黒田を制した。しかし、黒田の指先は、止まることを知らなかった。むしろ、その強さは増すばかりだった。

「神崎様。あなたのような、美しい肉体と、強靭な精神を持つ女性が、このような虚しい行為で、ご自身を貶めているのは、見ていられません。」

黒田の言葉は、ゆうなの心の氷壁を軋ませた。誰も、彼女にそんなことを言ったことはなかった。

「あなたに、何がわかるっていうの？」

ゆうなは、怒りを込めて反論した。しかし、黒田は動じない。

「わかります。なぜなら、私もまた、あなたに似た、孤独な人間だからです。」

黒田は、そう言って、ゆうなの首筋に指を這わせた。その指先は、まるで氷のように冷たかった。

「…っ！」

ゆうなは、息を飲んだ。黒田の指が、彼女の首筋を、ゆっくりと、しかし確実に締め上げていく。それは、マッサージとは程遠い、尋常ではない力だった。

「このまま、あなたの絶頂まで、お付き合いさせていただきます。」

黒田の声は、冷たく、そして響き渡った。ゆうなは、抵抗しようとするが、黒田の力は、想像を絶するものだった。息が詰まる。視界が霞む。身体の奥底から、これまで感じたことのない、強烈な熱が込み上げてくる。

「あ…ああ…！」

ゆうなの喉から、喘ぎ声が漏れた。それは、恐怖と、そして抗いがたい快感の混ざった、彼女自身も理解できない声だった。白目が剥き出しになり、口から涎が滴る。肉体と精神が、限界を超えた。

「もっと…！」

ゆうなは、己の口から、そんな言葉が飛び出したことに驚愕した。そして、その声は、彼女自身が最も軽蔑していた、弱々しい喘ぎ声に他ならなかった。

黒田は、ゆうなの反応を見て、静かに微笑んだ。その微笑みには、征服者のそれがあった。

「まだ、終わりではありません。」

黒田は、そう言いながら、ゆうなの顔に、熱い液体をぶっかけた。それは、黒田自身の、抑えきれない欲望の奔流だった。

「う…っ！」

ゆうなの顔面は、その熱に打たれ、さらに激しい戦慄に襲われた。精神的にも、肉体的にも、彼女は完全に打ちのめされていた。これまで、誰にも屈することのなかった「氷壁の棘」は、今、黒田という男によって、砕け散った。

黒田は、ゆうなの震える身体を抱きしめた。その腕は、ゆうなの身体を締め付けるのと同じくらい、力強かった。

「これで、あなたは、私のものです。」

黒田の囁きは、ゆうなの耳朶を震わせた。彼女は、抵抗する気力もなく、ただ、黒田の腕の中で、虚ろな瞳を揺らしていた。

やがて、黒田はゆうなの身体から離れた。ゆうなは、床に崩れ落ち、喘ぎながら、黒田を見上げていた。その瞳には、これまで彼女が見せたことのない、混乱と、そして微かな欲望の光が宿っていた。

「…あなた、一体…。」

ゆうなは、震える声で呟いた。黒田は、優しく、しかし力強く、ゆうなの頬に手を添えた。

「私は、あなたに、真の解放をもたらす者です。」

黒田の言葉は、ゆうなの心に深く響いた。彼女の完璧な仮面は、完全に剥がれ落ちていた。そして、その剥き出しになった心の奥底に、黒田は、新たな棘を植え付けようとしていた。

ゆうなは、己の身に起こった出来事を、まだ完全には理解できていなかった。しかし、一つだけ確かなことがあった。それは、彼女の人生が、この夜を境に、大きく変わるであろうということだ。

夜が明け、朝日がオフィスを照らし始める。しかし、ゆうなは、まだあの夜の出来事から、完全に覚めることができていなかった。彼女の身体は、黒田の指先が触れた場所を、まだ記憶していた。そして、彼女の心は、あの強烈な快感と、屈辱の余韻に、まだ囚われていた。

「…許せない…。」

ゆうなは、絞り出すような声で呟いた。その声は、かつての彼女とは違い、どこか脆く、そして情熱を帯びていた。

彼女は、顔を上げ、窓の外に広がる摩天楼を見つめた。その瞳には、復讐の炎が、再び燃え上がっていた。しかし、それは、かつての冷たい復讐心とは、明らかに異なっていた。それは、黒田という男に、己の全てを奪われ、そして、その屈辱から立ち上がるための、より深く、そして危険な復讐心だった。

「次こそは…あなたを、私が、潰してあげる。」

ゆうなの唇に、僅かに、しかし確かな笑みが浮かんだ。それは、氷壁に咲いた、甘く、そして危険な棘の微笑みだった。彼女は、もう、あの夜の自分を、そして黒田を、決して忘れることはないだろう。そして、その記憶が、彼女を、さらに強靭な、そして狂おしい存在へと変えていくのだ。