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■ 刹那の残像

真夜中のネオンが、アスファルトに紫と赤の染みを作っていた。雑居ビルの6階。古びたドアに「月光」とだけ書かれた看板は、そこがどんな夜を奏でる場所なのか、静かに、しかし確かな意思を持って語っていた。

「ねぇ、あなた。今夜はどんな月を見てきたの？」

カラン、とベルが鳴り、現れたのは、絹のような艶を放つ黒髪をゆるくまとめた女性だった。年齢は五十路を少し過ぎた頃だろうか。しかし、その肌には年齢を感じさせないハリがあり、瞳には、まるで熟した果実のような瑞々しい光が宿っていた。彼女が纏うのは、細かなレースがあしらわれた深紅のロングドレス。その胸元は大胆に開かれ、しかし下品さを感じさせない、むしろ気品すら漂わせている。

「俺は…ただ、街の明かりを見てきただけですよ。」

俺は、彼女の言葉にそう答えた。彼女の名は、月影。この「月光」を切り盛りする、百戦錬磨の女主人だ。そして、彼女の周りには、いつも特別な女性たちが集う。今夜もまた、彼女の誘いに釣られて、俺はここに足を踏み入れた。

「ふふ、嘘つき。あなたの瞳は、もっと遠くの、もっと熱いものを映しているわ。」

月影は、艶やかな唇を歪め、俺の顎に指先で触れた。その指先から伝わる微かな温もりに、背筋がぞくりと震える。彼女の指先は、まるで触れるものすべてを魅了する魔法でも宿しているかのようだった。

「…今夜は、特に賑やかな夜になりそうだ。」

月影はそう言って、店の中を指差した。そこには、俺が想像していたような、薄暗く湿った、退廃的な空間はなかった。むしろ、柔らかな間接照明が、上質な木材の家具や、洗練された調度品を照らし出し、落ち着いた大人の社交場といった趣だった。

そして、その空間に溶け込むように、しかし圧倒的な存在感を放つ女性たちがいた。彼女たちもまた、皆、四十代、五十代。しかし、その全身から放たれるオーラは、若い女性には決して真似できない、深みと妖艶さに満ちていた。

「あら、新しいお客様かしら？」

一人の女性が、微笑みながらこちらに近づいてきた。彼女は、蜂蜜色の髪を波打たせ、クリーム色のシルクのブラウスを着ていた。その胸元からは、豊満な乳房が惜しげもなく覗いている。

「私の名前は、紅子。あなたは？」

「…涼介です。」

「涼介さん、ようこそ。今夜は、私たちの特別な時間よ。」

紅子は、そう言って俺の腕にそっと手を絡めた。その指先は、驚くほど柔らかく、しかし確かな力強さも感じさせた。

「ふふ、涼介さん。紅子ったら、あなたに一目惚れみたいね。」

月影が、楽しそうに笑う。

「だって、この方、すごく素敵だもの。ねぇ、涼介さん。実は私、本当にペニスが好きで好きでたまらないの…だから来ちゃった。」

紅子の言葉に、俺は思わず息を呑んだ。そのストレートな告白に、俺の心臓は早鐘を打つ。彼女の瞳には、嘘偽りのない、純粋な欲望の炎が燃えていた。

「…俺でよければ。」

俺がそう答えると、紅子の顔はぱっと輝いた。

「ありがとう！あなたのような方に、私のこの、熟しきった身体を預けられるなんて、夢のようよ！」

紅子は、俺の頬にキスをした。その唇の感触は、熟した桃のように甘く、それでいて、どこか切ない香りを帯びていた。

「涼介さん、あなたは、どの花に惹かれる？」

月影が、店内にいる他の女性たちを顎で示した。彼女たちは、それぞれ異なる色、異なる香りを放っていた。

「あちらは、静香さん。いつもはクールな方なんだけど、酔うと途端に情熱的になるのよ。」

月影が指差したのは、黒いドレスを纏い、静かにグラスを傾けている女性だった。その表情は、まるで夜空に浮かぶ、冷たい月のように神秘的だった。

「そして、あちらは、陽子さん。いつも明るくて、屈託がないの。でも、その内面には、底知れない情熱を秘めているわ。」

陽子と名乗った女性は、鮮やかなオレンジ色のワンピースを着て、朗らかに笑っていた。その笑顔は、太陽のように暖かく、周囲を照らす力を持っていた。

「そして、あちらの、着物姿の淑女は、雅子さん。昔は、日本舞踊の師匠だったとか。その所作一つ一つに、品格が宿っているわ。」

雅子と名乗った女性は、落ち着いた緑色の着物を着て、静かに茶を嗜んでいた。その佇まいは、まるで時が止まったかのようだった。

「…皆さん、お綺麗ですね。」

俺は、素直にそう漏らした。

「ありがとう。でも、私たち、あなたをただ綺麗だと思っただけじゃないわ。」

月影が、意味深な笑みを浮かべる。

「私たち、もう若くない。でも、だからこそ、わかるの。この身体に刻まれた、経験という名の輝きを。そして、その輝きを、あなたのような素敵な男性と分かち合いたい、と。」

「セックスって、何歳までできるか分からないけど、できれば、ずっとしていたい。そう思わない？」

紅子が、俺の耳元で囁いた。その吐息が、俺の肌を撫でる。

「…そうですね。」

俺は、答えるのが精一杯だった。彼女たちの言葉は、俺の心の奥底に眠っていた、ある種の渇望を呼び覚ますかのようだった。

「だから、今夜は、遠慮なく、私たちをあなたのものにしてちょうだい。この、人生の深みを知った女たちの、最高の歓びを、あなたに捧げるわ。」

月影は、そう言って、俺の手を取った。その手は、驚くほど熱く、そして、力強かった。

「さあ、涼介さん。今夜は、あなたのための、特別な夜。」

月影に導かれるまま、俺は、彼女たちの集まるテーブルへと歩み寄った。それぞれの女性が、俺に微笑みかけ、その視線には、期待と、そして、ある種の挑発が宿っていた。

「私、あなたに、たくさん愛されたいの。」

静香が、俺にそう言った。その声は、普段のクールさとはかけ離れた、甘く蕩けるような声だった。

「私も、あなたに、たくさん愛されたい！」

陽子が、満面の笑みでそう叫んだ。その元気な声は、部屋全体に活気をもたらす。

「…私にも、その、お裾分けを、いただけますか？」

雅子が、静かにそう言った。その声には、どこか控えめながらも、強い意志が感じられた。

俺は、彼女たちの周りに座り、それぞれの女性に、丁寧に、しかし大胆に、触れていった。紅子の肌は、熟した果実のように柔らかく、その甘い香りに包まれた。静香の身体は、予想以上にしなやかで、その内に秘めた情熱に、俺は息を呑んだ。陽子の弾けるような笑顔は、俺の心を解き放ち、その無邪気な大胆さに、俺は身を任せた。雅子の落ち着いた振る舞いは、俺に安心感を与え、しかしその秘めた情熱は、俺を深く惹きつけた。

彼女たちは、皆、一度見たら絶対忘れないインパクトがあった。五十路、四十路。しかし、その完熟した身体からは、若い女性にはない、深みと艶が溢れ出ていた。そして、その瞳の奥には、人生の荒波を乗り越えてきた経験と、それでもなお、尽きることのない欲望が燃え盛っていた。

「ねぇ、涼介さん。あなた、私たちのこと、どう思う？」

月影が、俺の頬に手を当てながら、そう尋ねた。

「…最高です。」

俺は、迷いなくそう答えた。彼女たちの、自分たちの身体に誇りを持ち、そして、その歓びを惜しみなく分かち合おうとする姿勢に、俺は心を奪われた。

「そう。あなたにそう言ってもらえると、嬉しいわ。」

月影は、満足そうに頷いた。

「私たち、もう、見栄なんて張る歳じゃないの。ただ、ありのままの自分を、愛してくれる人を求めているだけ。」

「そして、あなたのように、私たちを、その、ありのままの姿で、受け入れてくれる人を。」

紅子が、俺の首筋に顔を埋めながら、そう囁いた。

「今夜は、あなたのために、私たち、すべての力を出し切るわ。だって、あなたとの出会いは、私たちの人生に、忘れられない、最高の一ページを刻むのだから。」

月影の言葉は、まるで、この夜の始まりを告げる、美しくも妖艶な序曲だった。彼女たちの、経験に裏打ちされた、熟練されたテクニックと、そして、何よりも、相手を深く愛したい、愛されたいという純粋な願いが、俺の全身を包み込んでいく。

この夜は、単なる一夜の戯れではなかった。それは、人生の深みを知り、それでもなお、生命の輝きを失わない女性たちの、刹那の輝きに触れる、永遠にも思える時間だった。そして、俺は、その輝きに、完全に、そして、深く、魅了されていった。

夜は、まだ始まったばかりだった。そして、この夜が、俺の心に、どれほど深く、そして、鮮烈な残像を残すことになるのか、俺は、まだ、知る由もなかった。