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■ 満開の約束

夕暮れの陽光が、古びた洋館のステンドグラスに反射し、部屋中に色とりどりの光の破片を散りばめていた。55歳になったばかりの佐伯美智子は、その光の海をぼんやりと見つめていた。夫との間に、もう10年もの間、夫婦としての営みはない。お互いを気遣うあまり、いつの間にか触れ合うことさえもなくなってしまった。愛という言葉が、冷たい距離感に包まれ、遠い昔の記憶のように霞んでいく。

「美智子さん、そろそろ始めないと」

静かな声が、美智子を現実へと引き戻した。声の主は、42歳になったばかりの真由美。彼女もまた、輝かしい経歴を持つセレブだったが、美智子と同じく、女性としての充足感からは遠ざかっていた。派手な装いはしないが、その身のこなしや言葉遣いには、洗練された大人の色香が漂っている。

「ええ、分かってるわ」

美智子は、ゆっくりと立ち上がり、鏡に向き合った。白髪が混じり始めた髪を丁寧に梳かし、口元に淡い紅を引く。鏡の中の自分は、かつての溌剌とした輝きを失っているように見えた。しかし、その瞳の奥には、まだ見ぬ何かへの期待が、微かに灯っているのも感じられた。

「今夜は、少しばかり冒険してみようかしら」

真由美は、微笑みながら美智子の肩に手を置いた。その手には、どこか同志のような温かさがあった。二人の女性は、世間が「熟女」と呼ぶ年齢に差し掛かろうとしていた。しかし、心の中には、まだ満たされない渇望が、静かに、しかし確かに息づいていた。

「ヤリマンじゃないのよ、ただちょっと心が広いだけ」

真由美は、そう言って、窓の外の暗闇に目を向けた。その言葉は、自分自身に言い聞かせているようでもあった。社会的な立場や年齢による期待から解放され、本当の自分を取り戻したい。そんな静かな抵抗が、彼女たちの胸の内にあった。

やがて、玄関のベルが鳴った。待っていたのは、一人ではなく、三人。彼らは皆、20代後半から30代前半の、瑞々しい生命力に溢れた青年たちだった。一見すると、場違いなほど若々しい彼らの登場に、美智子と真由美は、一瞬、緊張した。

しかし、青年たちの瞳には、卑しさや傲慢さは微塵もなかった。むしろ、二人の女性の存在そのものに、畏敬の念を抱いているかのようだった。初対面の挨拶を交わし、ぎこちないながらも会話が始まった。青年たちの率直な言葉や、純粋な好奇心に触れるうち、美智子と真由美の緊張は、次第に解けていった。

「きれいですね」

青年の一人が、真由美の顔を見つめながら、率直に言った。その言葉は、彼女が長年、誰からも言われなかった言葉だった。虚飾のない、まっすぐな賛辞に、真由美の頬が微かに赤らんだ。

「あら、ありがとう」

真由美は、余裕のある微笑みで返した。しかし、その声には、隠しきれない喜びが滲んでいた。美智子もまた、青年たちの視線に、初めて自分自身が、一人の女性として見られているような感覚を覚えた。

夜が更けるにつれて、部屋の空気は、徐々に熱を帯びていった。青年たちの情熱的な眼差しと、二人の女性の内に秘められた渇望が、静かに共鳴し始めた。

「お酒、もう一杯どう？」

美智子が、青年の一人に、ワイングラスを差し出した。青年は、その細い指先から、グラスを受け取った。その指先が触れた瞬間、電流が走ったような感覚が、美智子の全身を駆け巡った。

「ありがとうございます」

青年の声は、わずかに震えていた。その震えが、美智子の胸をさらに高鳴らせた。彼女は、この瞬間を、どれほど待ち望んでいたのだろうか。

「別に、無理しなくていいのよ」

真由美は、もう一人の青年が、緊張した面持ちで自分を見ているのに気づき、優しく微笑みかけた。

「ただ、あなたのことを知りたいだけ。それだけよ」

その言葉に、青年は、少しだけ肩の力を抜いた。真由美は、青年たちの純粋さと、彼らの内に秘められた力強さに、次第に惹かれていった。

「ヤリマンじゃないのよ」

真由美は、再びその言葉を口にした。しかし、今度の彼女の口調は、以前のような自己弁護の色合いは薄れていた。

「ただ、こうして、あなたたちのエネルギーに触れていると、私の中にも、まだ眠っていたものが、呼び覚まされるような気がするの」

彼女は、青年たちの瞳をまっすぐに見つめた。その瞳には、迷いも、躊躇いもなかった。ただ、純粋な欲望と、それを受け入れる覚悟だけがあった。

やがて、青年たちは、美智子と真由美の周りに集まった。彼らの熱い視線と、触れるか触れないかの距離感に、二人の女性の鼓動は、一層速まった。

「もっと、私を知りたい？」

美智子が、青年の一人に、囁くように尋ねた。青年は、無言で、しかし力強く頷いた。その瞳は、まるで獲物を見つけた獣のようだった。

「いいわ。でも、あなたたちも、私を、そして真由美を、大切にしてくれる？」

美智子は、そう言って、微笑んだ。その微笑みは、どこか妖艶で、そして、決意に満ちていた。

「約束します」

青年たちは、口々にそう答えた。その言葉には、揺るぎない誠実さが宿っていた。

そして、夜は、さらに深まっていく。ステンドグラスから漏れる光は、すでに夜の闇に溶け込み、部屋を官能的な影で満たしていた。美智子と真由美は、青年たちの熱気に包まれ、長い間、眠っていた自分の中の野獣を、解き放とうとしていた。

「ヤリマンじゃないのよ」

真由美は、もう一度、そう呟いた。しかし、その声は、もはや誰に聞かせるでもなく、ただ、自分自身の内なる声に響くだけだった。彼女たちは、今、自分たちの心と体が求めるままに、満開の花を咲かせようとしていた。それは、世間がどう呼ぼうと、彼女たち自身の、そして青年たち自身の、純粋な「生」の証だった。

8時間という時間は、あっという間に過ぎ去った。夜明けの光が、部屋に差し込み始めた頃、美智子と真由美は、疲労感と、それ以上の充足感に包まれていた。青年たちは、静かに、しかし感謝の念を込めて、別れを告げた。

「また、いつか」

彼らの言葉は、約束の響きを帯びていた。美智子と真由美は、彼らの背中を見送りながら、静かに微笑んだ。

「楽しかったわね」

真由美が、美智子に言った。

「ええ。本当に」

美智子は、窓の外に広がる朝焼けを見つめながら、静かに頷いた。彼女たちの心には、もう、10年前の、あるいはそれ以前の、満たされなかった渇望は、微塵も残っていなかった。代わりに、そこにあったのは、自分自身を肯定し、愛することへの、静かな、しかし確かな喜びだった。

「ヤリマンじゃないのよ」

美智子は、心の中で、そう呟いた。そして、その言葉に、誇らしげな響きを添えるように、静かに微笑んだ。彼女たちは、もう、誰かの評価に左右されることはなかった。ただ、自分たちの心と体が、真実だと信じる道を、進むだけだった。満開の約束は、確かに、果たされたのだ。