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■ 合宿の夜に咲いた、淡い花

真夏の太陽が容赦なく照りつける中、私たちはバスに揺られ、山奥にある合宿所へと向かっていた。窓の外には緑濃い木々が駆け抜けていく。賑やかな女子高生たちの声と、期待に満ちたざわめきが、バスの中を充満していた。

「ねぇ、今回の合宿、何があるんだっけ？」
隣に座る親友のさつきが、興奮した様子で私に尋ねてきた。

「えーっと、確か、自然体験とか、あと、なんか、健康に関する特別授業があるって聞いたよ？」
私も曖昧に答える。正直、合宿の内容についてはあまり詳しくなかった。ただ、普段の学校生活とは違う、解放感あふれる数日間を過ごせるという期待だけが胸にあった。

合宿所は、想像していたよりもずっと立派な建物だった。広々とした食堂、清潔な客室、そして自然に囲まれた開放的な空間。到着した瞬間、私たちのテンションはさらに高まった。

初日は、オリエンテーションと、簡単なオリエンテーリングを楽しんだ。午後は、施設内での自由時間。私たちは、部屋で荷物を整理したり、おしゃべりをしたりと、思い思いに過ごした。

「ねぇ、この合宿所、結構開放的な作りじゃない？」
さつきが、部屋のドアを指差しながら言った。確かに、廊下に出ると、他の部屋の様子がぼんやりと見え隠れする。プライベートというよりは、共有スペースという感覚が強かった。

夕食後、いよいよ「特別授業」の時間だ。体育館に集まった私たちに、講師らしき女性が現れた。彼女は、穏やかな笑顔で話し始めた。

「皆さん、こんにちは。今日は、皆さんの健やかな成長のために、大切なことをお話しします。」
彼女の話は、予想外にも「性」に関するものだった。初潮の経験、月経の管理、そして、男女の体の違い。私たちにとっては、普段あまり深く話すことのない、少し気恥ずかしい話題だった。

しかし、講師は、ユーモアを交えながら、分かりやすく、そして何よりも真摯に語りかけてくれた。性に対する漠然とした不安や疑問が、少しずつ晴れていくのを感じた。

「性というのは、決して汚いものではありません。それは、生命の始まりであり、愛の形でもあります。ですから、正しい知識を持ち、自分自身と相手を大切にすることが、何よりも重要です。」
講師の言葉は、私の心に深く響いた。

授業後、部屋に戻ると、さつきが興奮した様子で私に話しかけてきた。
「すごかったね！あんなにハッキリ話してくれるなんて思わなかった！」
「うん、私も。ちょっとドキドキしたけど、ちゃんと知っておくことって、大事だなって思った。」

その夜、部屋に布団を敷きながら、私たちは授業で聞いた話をもう一度話し合った。普段は恥ずかしくて口に出せないようなことも、この合宿という特別な空間では、自然と口にすることができた。

「でもさ、もし、そういうことに興味がある人がいても、ここでどうするんだろうね？」
さつきが、少し不安そうに言った。

「うーん、でも、先生も言ってたけど、正しい知識があれば、変なことにはならないんじゃないかな。」
私はそう答えたが、心のどこかで、さつきの不安が理解できた。合宿所という、普段とは違う環境。そして、思春期特有の、抑えきれない好奇心。

その夜、私はなかなか寝付けなかった。窓の外からは、微かに虫の声が聞こえてくる。ふと、廊下の方から、誰かの話し声が聞こえてきた。賑やかな声ではなく、どこかひそやかな、誰かが秘密を共有しているような声だった。

翌日、合宿所では、いくつかのグループに分かれて、自然の中でのアクティビティを楽しんだ。ハイキング、川遊び、そして、野外での調理体験。私たちは、童心に帰ったように、思いっきりはしゃいだ。

しかし、その日の夜、事態は少しずつ、私の予期しない方向へと進んでいった。

食堂での夕食後、部屋に戻った私は、なんだか騒がしい廊下の声に気がついた。耳を澄ますと、それは、同じ部屋の先輩たちがおしゃべりをしている声のようだった。

「ねぇ、〇〇（私の名前）ちゃん、こっち来なよ。」
突然、ドア越しに、先輩の一人が私に声をかけた。
「え…？」
私は、戸惑った。

「大丈夫だって、ちょっとだけ。ね？」
先輩は、私の返事を待たずに、ドアを開けた。そして、私を部屋へと招き入れた。そこには、数人の先輩がいた。そして、部屋の雰囲気は、昼間の賑やかさとはかけ離れた、どこか大人びた、そして少し妖しい空気に包まれていた。

「ちょっと、何ですか…？」
私の声は、震えていた。

「ふふ、そんなに怖がらなくてもいいじゃん。ね、〇〇ちゃん。」
先輩たちは、私に近づいてきた。そして、私の体に触れてきた。

「や、やめてください！」
私は、必死に抵抗した。しかし、力では敵わない。先輩たちの息遣いが、私の顔にかかる。

「大丈夫、大丈夫だから。みんな、経験してるんだから。」
先輩の声は、甘く、そして、拒絶を許さない響きを持っていた。

その夜、私は、言葉にならない恐怖と、理解できない現実に、ただただ身を委ねるしかなかった。部屋のドアは、半開きになっていた。廊下からは、他の部屋の賑やかな声が、遠くに聞こえてくる。しかし、この部屋だけは、静寂に包まれていた。

「お願い…やめて…」
私の声は、か細く、誰にも届かない。

合宿の夜は、まだ始まったばかりだった。

翌朝、私は、誰にも顔を合わせることができなかった。体の痛みと、心の傷は、想像以上に深かった。さつきに話すこともできず、ただ、虚ろな目で、遠くの山々を眺めていた。

合宿の後半は、記憶が曖昧だ。ただ、あの夜の出来事が、私の頭の中から離れることはなかった。学校に戻っても、あの合宿の記憶は、暗い影を落とし続けた。

しかし、時が経つにつれて、私の心には、別の感情が芽生えてきた。それは、あの夜の出来事を、ただの「トラウマ」として終わらせたくない、という思いだった。

「あの時、ちゃんと知っていれば、何か変わったのだろうか？」
「正しい知識があれば、あんなことにはならなかったのだろうか？」

そんな疑問が、私を突き動かした。そして、私は、自分自身で、性について学ぶことを決意した。本を読んだり、信頼できる人に相談したり。少しずつ、しかし確実に、私は、あの夜の傷を癒し、そして、自分自身を強くしていった。

合宿の夜は、確かに私にとって、壮絶な体験だった。しかし、その経験を通して、私は、自分自身を大切にすること、そして、性というものを、恐れるのではなく、正しく理解することの重要性を学んだ。

そして、時が経ち、大人になった私は、あの合宿の経験を、二度と繰り返させないために、行動することを決めた。後輩たちに、正しい知識を伝え、そして、もしもの時には、誰かが助けを求められるような、そんな安心できる場所を作りたい。

あの合宿の夜に咲いた、淡い花は、今はもう、強く、鮮やかな色を放っている。