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## 星屑の夜に啼く

　漆黒の夜空を無数の星が、まるでダイヤモンドの粉を撒いたかのように瞬いていた。その星屑の海を突き進むように、銀色の巨体が宇宙へと伸びていく。それは、この国の未来を担う、最新鋭の宇宙開発船「アレス」。そして、その船の建造に人生の全てを捧げているのが、私の夫、健太だった。

「いってらっしゃい、健太」

　玄関のドアが閉まる音に、私は小さく呟いた。もう、何度この背中を見送っただろうか。彼の瞳に映る星は、いつも遠く、そして眩しすぎる。夫が宇宙に魅せられ、その探求に没頭するようになってから、私たちの時間軸は大きくずれてしまった。

　健太が研究室に籠もりきりになるのは日常茶飯事だった。週に一度、僅かな時間だけ顔を合わせる。その時でさえ、彼の話題は常に宇宙、宇宙、宇宙。私の話に耳を傾ける彼の目は、どこか遠くを見ているようで、私の心はいつも宙ぶらりんに漂っていた。

　「お腹空いた？ 今日の夕飯、君の好きなハンバーグにしたよ」
　「ああ、ありがとう。でも、今日は夜遅くまで作業があるから、軽めにするよ」

　そんな会話も、もう慣れてしまった。彼の「ありがとう」は、私への感謝というより、義務のような響きを帯びている。私は、健太の妻という役割を演じているだけなのだろうか。そう考えると、胸の奥が重く締め付けられた。

　孤独は、じわりじわりと私の心に染み込んでいった。夫への愛情が薄れたわけではない。ただ、満たされない、名状しがたい渇望が、私の内側で静かに、しかし確実に育っていった。それは、触れられたい、抱きしめられたい、そして、愛されたいという、根源的な欲求だった。しかし、夫との関係は、その欲求を満たすにはあまりにも遠かった。

　ある日、インターネットを何気なく見ていた。広告バナーに、奇妙な文字が踊っていた。「あなたの日常に、非日常を。秘密の扉を開けませんか？」いつもなら無視する広告だった。しかし、その日の私は、何かに突き動かされるように、そのリンクをクリックしてしまった。

　そこに現れたのは、色とりどりの世界だった。普段の私とはかけ離れた、刺激的で、妖艶な魅力に満ちた映像。そこに映し出されていたのは、私とは全く違う、解放された女性たちだった。彼女たちの表情は、見ているだけでこちらまで熱くなるような、情熱に燃え上がっていた。

　「…私にも、あんな風になれるのかな…」

　そんな思いが、ふと頭をよぎった。夫への不満、満たされない欲求、そして、秘めていた自分自身の「それ」が、静かに、しかし確かな意志を持って、私をそちらの世界へと誘っていた。

　数日後、私は「アレス」の打ち上げを、テレビで見ていた。健太が、長年の夢を叶え、宇宙へ旅立つ瞬間。彼の背中が、どんどん小さくなっていく。それは、彼が私から離れていくことを、そのまま象徴しているようだった。

　その夜、私は、あの広告のリンクを再びクリックした。いくつかのオーディションを経て、私は、あるプロダクションの門を叩いていた。

　「あなた、すごく綺麗だよ。でも、もっと、自分を解放してごらん？」

　ディレクターの言葉に、私は頷いた。鏡に映る自分は、普段の私とは違う。艶やかなメイク、普段は着ることのない露出度の高い衣装。まるで、別人になったような気分だった。年甲斐もない、なんて自分でも思った。けれど、その背徳感が、妙に心地よかった。

　撮影当日。スタジオは、普段の私の生活とは全く違う、熱気に満ちていた。照明の眩しさ、スタッフの熱気、そして、共演する男優たちの、ギラギラとした視線。私の心臓は、期待と不安で高鳴っていた。

　「大丈夫？ 初めてなんだよね」
　相手役の男優が、優しく微笑みかけた。彼は、私よりもずっと若いのに、どこか大人びた色気を纏っていた。
　「はい…少し、緊張しています」
　「無理しないでいいんだよ。でも、せっかくだから、楽しんでいこう」

　彼の言葉は、私の緊張を少しだけ和らげた。そして、彼が私の体に触れた瞬間、私の体は、まるで長年眠っていたかのように、熱を帯び始めた。

　彼の指先が、私の肌をなぞる。その触れ方は、夫が私に触れるのとは、全く違っていた。そこには、私の存在を、私の肉体を、全身で求めているような、力強い意思が感じられた。夫の触れ方が、どこか儀礼的で、義務的なものに感じられたのとは対照的だった。

　「綺麗だね。君の肌、すごく柔らかい」
　彼の囁きが、私の耳元をくすぐる。その声には、純粋な称賛と、抑えきれない欲望が混じり合っていた。

　「…昔から、こういうの、好きだったんですか？」
　ふと、そんな言葉が口からこぼれた。

　「ああ。君みたいな、秘めたものを隠している女性に、惹かれるんだ」
　彼は、私の目をじっと見つめた。その瞳には、私自身が気づいていなかった、私の奥底にある「それ」が映っているようだった。

　夫への不満。それは、単なる寂しさではなかった。それは、私という存在を、一人の女性として、決して見てくれていないという、深い悲しみだった。彼は、私を「健太の妻」としてしか見ていなかったのかもしれない。しかし、この男優は、私の「女性」としての部分を、全身で感じ取ってくれている。

　彼が、私の唇にそっと触れる。その感触は、まるで初めてのキスのように、私を震わせた。普段なら、きっと戸惑っていた。しかし、この時の私は、抗うことができなかった。むしろ、その唇を求めていた。

　彼が、私の服をゆっくりと脱がせていく。肌が露わになるたび、私は、新しい自分に出会っているような気がした。それは、恥ずかしさでもあったけれど、それ以上に、解放感と、得も言われぬ興奮だった。

　「…ずっと、我慢していたんだね」
　彼の声には、慰めと、そして、共感が込められていた。

　「…はい。誰にも、言えませんでした」
　私の声は、震えていた。

　彼は、私の体に、優しく、しかし大胆に触れていった。その一つ一つの刺激が、私の中に眠っていた、秘められた欲望を、次々と呼び覚ましていく。まるで、長年硬く閉ざされていた扉が、ゆっくりと開いていくような感覚だった。

　「もっと、声を出していいんだよ。君の声、すごく綺麗だから」
　彼の言葉に、私は、これまでにないほど、自分自身を解放した。今まで抑えつけていた、奥底からの声が、自然と溢れ出した。それは、私自身が驚くほど、官能的で、力強い声だった。

　夫への不満、孤独、そして、秘めていた「それ」。それら全てが、この瞬間、爆発するように、私の内側から溢れ出した。彼は、私の潜在的な性欲を、まるで魔法のように解き放ってくれたのだ。

　撮影が終わった後、私は、まるで夢から覚めたような、不思議な感覚に包まれていた。体は、心地よい疲労感と、満たされたような幸福感に満ちていた。

　スタジオを出て、夜風に吹かれる。空には、まだ星が瞬いていた。あの星屑の海に、健太は今、何を見ているのだろうか。

　私は、もう、あの頃の私ではない。宇宙開発事業に勤しむ夫との時間的なすれ違いの中で、確かに私は、乾ききっていた。しかし、あの夜、私は、自分自身の渇望と向き合い、そして、それを満たすことを選んだ。

　それは、夫への裏切りなのかもしれない。でも、私は、自分自身を裏切ることは、もうできなかった。この解放感、この満たされた感覚。それは、私という一人の人間が、確かに存在しているという証だった。

　家に帰ると、静寂だけが私を包んでいた。夫は、まだ宇宙のどこかで、夢を追いかけている。私の日常は、これからも、彼の日常とは違う時間軸で流れていくのだろう。

　それでも、私は、もう一人ではない。私の内側には、あの夜、解き放たれた「それ」が、確かに息づいている。そして、私は、その「それ」を、大切に育てていこうと思った。星屑のように、静かに、しかし確かに輝く、私自身の光を。