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## 摩天楼の夜想曲 ～アスリートの羞恥心～

高層マンションの最上階。そこは、都心の喧騒を遠くに見下ろす、静謐な空間だった。遮るもののない夜景が、まるで宝石箱をひっくり返したかのようにきらめいている。この広々としたリビングで、私は夫と出会い、結婚し、そして10年が経った。

「ステキ熟女」――雑誌のインタビューでそんな風に形容されたこともある。40歳を過ぎ、成熟した魅力が、かつての瑞々しさとは違う輝きを放つようになったのかもしれない。夫は海外出張が頻繁で、国際的なビジネスを手掛けている。成功した夫を持つ妻として、私は何不自由なく、絵に描いたような恵まれた生活を送っていた。広々としたマンション、最新の家具、ブランド物の服、そして何より、夫が気前よく与えてくれる財産。傍から見れば、羨望の眼差しを向けられる日々だろう。

しかし、その輝かしい生活の裏側で、私の心には、誰にも言えない乾きが募っていた。夫が海外へ旅立つたび、夜の営みは遠ざかっていく。最初は、夫の仕事への理解と応援の気持ちでやり過ごしていた。だが、10年という月日は、そうした精神的な充足感だけでは埋められない、根源的な欲求を呼び覚ました。

「この歳で、こんなの着るなんて恥ずかしいわ！」

鏡に映る自分に、私は悪態をついた。それは、私が今、手にしている、ある「品物」にまつわる言葉だった。

数週間前、インターネットの奥深くで、私はあるサイトに辿り着いた。それは、一般の女性が、プロの男優と「特別な体験」ができるという、なんとも刺激的なサービスを提供しているサイトだった。最初は好奇心から、そして次第に、禁断の扉を開けてみたいという衝動に駆られた。夫の不在が長引くにつれ、私の孤独感と欲求は増幅していく。そして、ついに私は、そのサイトで「体験」を予約してしまったのだ。

届いたのは、想像以上に「本物」らしい、セクシーなランジェリーだった。シルクの滑らかな感触、繊細なレースの装飾。普段の私なら、決して手に取らないような、大胆なデザイン。それを前に、鏡の中の私は、ため息をついた。40代の女性が、こんなものを纏うなんて、一体全体、どういうつもりなのだろう。夫に知られたら、きっと驚くだろう。いや、軽蔑されるかもしれない。そんな不安が、胸を締め付ける。

しかし、同時に、胸の奥底では、かすかな興奮が燃え盛っているのも感じていた。長年、抑えつけてきた、女性としての本能。それは、このランジェリーに呼応するように、静かに、しかし確実に、目覚めようとしていた。

約束の夜。夫は、またしても海外出張だ。リビングの明かりを落とし、部屋の空気を変える。用意されたランジェリーを手に取り、私は震える手でそれを身に纏った。鏡の中の私は、見慣れない、しかし、どこか妖艶な雰囲気を纏っていた。頬は熱く、呼吸は浅くなる。

「大丈夫、大丈夫…」

自分に言い聞かせるように呟く。これは、あくまで「体験」。一時的な、秘密の解放。そう、自分に言い聞かせなければ、この大胆すぎる行動に、心が追いつかない。

ピンポーン。

チャイムの音に、心臓が跳ね上がる。もう、後戻りはできない。私は、深呼吸をして、玄関へと向かった。

ドアを開けると、そこには、写真で見た通りの、整った顔立ちの男性が立っていた。年齢は、私と同年代だろうか。その瞳には、プロフェッショナルな落ち着きと、どこかいたずらっぽい光が宿っている。

「初めまして。〇〇です。本日はよろしくお願いいたします」

低く、落ち着いた声。その声に、私の緊張は少しだけ和らいだ。

「…こちらこそ」

私は、か細い声で応えた。

部屋に招き入れ、簡単な挨拶を交わす。しかし、会話はほとんど弾まない。お互いに、これから何が起こるのかを、理解しているからだろう。気まずい沈黙が流れる中、私は、先ほどから胸に詰まっていた言葉を、意を決して口にした。

「あの…その…」

男性は、私をじっと見つめた。その視線に、私の羞恥心は、さらに加速していく。

「この歳で、こんなの着るなんて…恥ずかしいわ」

絞り出すように言った言葉は、私の本音だった。40代で、こんなことをしている自分。このランジェリーに身を包んだ自分。それは、社会的に、あるいは、夫の前では、決して見せることのない、もう一人の自分だった。

男性は、一瞬、驚いたような表情を見せたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。

「大丈夫ですよ。〇〇さん、とてもお綺麗です。それに、このランジェリー、よくお似合いですよ」

その言葉は、私の予想を遥かに超える、優しく、そして誠実な響きを持っていた。私は、今まで誰かに、こんな風に「綺麗」だと言われただろうか。夫でさえ、私の変化に気づいてはいるだろうが、ここまでストレートに、そして肯定的に褒めてくれたことは、片手で数えるほどしかない。

「…本当ですか？」

思わず、子供のように問いかけてしまった。

「ええ、本当です。このランジェリーは、〇〇さんの魅力を最大限に引き出しています。自信を持ってください」

男性は、私の目を見て、まっすぐな瞳でそう言った。その言葉に、私は、これまで内に秘めていた羞恥心や不安が、少しずつ溶けていくのを感じた。

彼は、ただの「男優」ではなかった。それは、私の心に寄り添い、私の欲求を理解し、そして、私自身を肯定してくれる、特別な存在だった。

その夜、私は、これまでにない解放感と、そして、自分自身への新たな発見を経験した。それは、単なる肉体的な快楽だけではなかった。失われていた「女性」としての自己肯定感。それを、私は、この高層マンションの、静かな夜に、見つけたのかもしれない。

摩天楼の窓の外には、相変わらずきらめく街の灯り。しかし、私の心の中は、それまでとは違う、温かな光で満たされていた。この秘密の夜が、私の人生に、どんな変化をもたらすのか。それはまだ分からない。だが、少なくとも、私は、この「ステキ熟女」という言葉の裏に隠された、もう一人の自分を、少しだけ愛せるようになった気がした。そして、それは、私にとって、何よりも価値のある、新たな始まりだった。