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## 桃色の絹

摩天楼のネオンが、雨に濡れたアスファルトを鈍く照らしていた。仕事帰りのオフィス街は、湿った空気が重く立ち込め、人々の足取りは心なしか鈍い。そんな中、ひときわ静かな一角に、ひっそりと佇む一軒のビルの明かりがあった。看板には控えめな「桃色」の文字。ここは、都会の喧騒から逃れた男たちが、心と体を解き放つ場所、メンズエステ「桃色」だ。

俺、健太は、この「桃色」の常連だ。日々の仕事に追われ、心身ともに疲弊しきった俺にとって、ここは唯一の安息の地だった。いや、安息という言葉だけでは足りないかもしれない。ここは、俺を「男」に戻してくれる場所なのだ。

ドアを開けると、ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐった。ラベンダーと、微かにジャスミンのような、あの独特の、人を惹きつける香り。奥から現れたのは、今夜の担当セラピスト、桜子さんだった。

「いらっしゃいませ、健太さん。」

その声は、まるで絹糸を紡ぐように滑らかで、耳に心地よく響く。彼女の肌は、月光を浴びた桃のように柔らかく、ふっくらとしている。年齢は、おそらく俺より少し上だろうか。しかし、その瑞々しさは、まるで歳月が彼女を素通りしたかのようだ。艶やかな黒髪は肩まで伸び、きめ細やかな肌には、かすかに血色感が宿っている。上品なワンピースからは、豊かな胸元が覗き、すらりとした手足は、しなやかな弧を描いていた。

「こんばんは、桜子さん。今日もよろしくお願いします。」

俺は、いつものように少し緊張しながら、彼女に微笑みかけた。この緊張感も、俺にとっては心地よい儀式のようなものだ。

「ふふ、健太さん。いつもありがとうございます。今日は、どんな風にお疲れですか？」

彼女は、優しく微笑みながら、俺の肩にそっと手を置いた。その指先が触れた瞬間、強張っていた肩の力が、ふっと抜けていくのがわかる。彼女の指先は、驚くほど暖かく、そして、どこか安心感を与えてくれる力があった。

「もう、全部です。仕事も、人間関係も、何もかも。」

俺は、正直に吐露した。彼女は、ただ静かに俺の話を聞いてくれる。その包容力は、まるで大海のように深く、俺の抱える全てを受け止めてくれるかのようだ。

「大丈夫ですよ。ここは、全部洗い流せる場所ですから。」

彼女は、そう言って、俺を施術室へと案内した。部屋は、薄暗い照明と、心地よい音楽に包まれていた。フカフカのマットレスに横になると、ふたたび彼女の指先が、俺の体に触れた。

「それでは、始めますね。どうぞ、遠慮なく…。」

彼女は、そう言いながら、俺の首筋にそっと触れた。その指先が、じんわりと温かい熱を帯びていく。彼女のテクニックは、本当に熟練されている。ただのマッサージではない。体の深層部に触れるような、それでいて、決して痛みを伴わない、絶妙な力加減。彼女の指は、俺の知らないうちに凝り固まっていた筋肉を、まるで魔法のように解きほぐしていく。

「あ…っ。」

思わず、声が漏れた。彼女の指が、背中を滑り、腰へと移っていく。そこは、一日の疲れが最も溜まる場所だ。彼女の指が、まるで虫眼鏡で光を集めるように、俺の体の痛みの根源を見つけ出し、優しく、しかし確実に、それを解きほぐしていく。

「気持ちいいですか？」

彼女の声が、耳元で囁かれた。その色っぽい声に、俺の体はさらに反応する。下腹部に、じわりと熱がこもり始めた。

「はい…とても。」

俺は、掠れた声で答えた。彼女の指先が、ゆっくりと、しかし確実に、俺の秘められた欲望へと向かっているのを感じる。もう、下心を隠す必要はない。ここは、そんな場所ではないのだ。

「健太さん、もっとリラックスしてくださいね。心も、体も、全部私に委ねていいんですよ。」

彼女は、そう言いながら、俺の太ももを優しく撫でた。その手つきは、あまりにも大胆で、それでいて、いやらしさとは無縁の、崇高な美しさがあった。まるで、女神が慈悲深く、下界の苦しむ者たちに触れているかのようだ。

「…桜子さん、綺麗ですね。」

俺は、我慢できずにそう呟いた。彼女は、悪戯っぽく微笑んだ。

「ふふ、ありがとうございます。健太さんこそ、いつも素敵ですよ。その、雄々しい腕…。」

彼女は、俺の二の腕を、指先でなぞった。その言葉に、俺の体はさらに昂った。

「よかったら、もっと触ってくださっていいんですよ？」

彼女が、そんな誘い文句を口にした。俺の心臓は、激しく鼓動し始めた。お触り自由。その言葉が、現実になった瞬間だ。

俺は、意を決して、彼女の体に触れた。まず、その柔らかい肌。まるで、触れた瞬間に溶けてしまいそうな、極上の絹のようだ。その温もりは、俺の冷え切った心を、ゆっくりと温めていく。

「…っ、健太さん。」

彼女は、少し息を呑んだ。その反応が、俺をさらに大胆にさせた。

彼女の背中に触れる。滑らかな曲線を描く肩甲骨。その下へと続く、しなやかな腰。指先が、彼女の体の輪郭をなぞるたびに、俺の体は熱を帯びていく。

「もう、隠しきれませんね、健太さんの熱。」

彼女は、そう言って、俺の手を優しく包み込んだ。その指先は、驚くほど器用で、俺の心の奥底にある欲望を、的確に引き出してくれる。

「回春技術も、もちろん最高なんですよ。」

彼女が、そう囁いた。その言葉の意味を、俺は身をもって知ることになる。彼女の指先が、俺の敏感な部分に触れた瞬間、全身を駆け巡る電流のような快感。それは、これまでのどんな経験をも凌駕する、強烈なものだった。

彼女のテクニックは、まるで芸術だ。一つ一つの動きに無駄がなく、それでいて、感情が込められている。優しさ、色気、そして、男を求める本能。その全てが、彼女の指先から、俺へと伝わってくる。

「あぁ…っ…桜子さん…！」

俺は、もう、自分の名前を呼ぶことさえ忘れていた。ただ、彼女の指先に身を任せ、快感の波に溺れていく。彼女の声は、その度に甘く、俺をさらに深い悦楽へと誘う。

「もっと…もっと、欲しいんですか？」

彼女の声が、耳元で甘く響く。俺は、ただ、激しく頷いた。

「そう…健太さん。あなたも、私を求めてくれているのですね。」

彼女は、そう言って、俺の顔を覗き込んだ。その瞳は、まるで星空のように輝き、俺の欲望を映し出している。

「惚れてしまいそうです…」

俺は、我慢できずに、そう呟いた。彼女は、優しく微笑み、俺の唇に、そっと自分の唇を重ねた。

それは、ただのキスではなかった。そこには、優しさ、情熱、そして、男を惑わす官能があった。彼女の唇は、桃のように柔らかく、甘く、俺の心を、そして体を、完全に奪い去った。

「もう、大丈夫ですよ、健太さん。ここは、あなたのための場所ですから。」

彼女は、そう言って、俺を抱きしめた。その抱擁は、驚くほど暖かく、俺の全身を包み込んでくれた。

「ありがとうございます…」

俺は、震える声で、そう言った。彼女の胸に顔を埋めると、そこから伝わってくる、温かい鼓動。それは、俺の鼓動と、まるで呼応するように、激しく、そして、優しく響いていた。

「これぞ、《至極のメンズエステ》…」

俺は、心の中で呟いた。ここは、ただの癒しの場所ではない。ここは、男が、男として、再び生き返る場所なのだ。

桃色の絹に包まれながら、俺は、この瞬間を、永遠に味わっていたいと、心から願っていた。もう、現実に戻る必要はない。ここでは、俺は、ただ、欲望に忠実な、一人の男として、満たされていくのだから。

（終）