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## 潮風と泥の匂い

蝉の声が賑やかに響く夏の午後、潮風に髪をなびかせながら、まひるとみきは並んで歩いていた。制服のスカートが、時折吹く風でふわりと舞い上がる。いつものように、今日あった授業のこと、週末の予定、好きなアイドルについて、尽きることのないおしゃべりを弾ませていた。

「ねぇ、みき。今日の数学、全然わからなかったんだけど。先生、早口すぎない？」

まひるが小声で不満を漏らすと、みきはくすくすと笑いながら答えた。

「わかる！ 私なんて、板書も追いつかないんだから。でも、あの先生、たまに面白いこと言うじゃん？ あの顔芸とかさ」

「あー、それね！ そうそう、あの変顔！ あれでちょっと元気出るんだよね」

二人はまた笑い合い、いつものように穏やかな下校道を進んでいた。

しかし、その時だった。まひるの腹部に、鈍い痛みが走った。最初は気のせいかと思った。しかし、その痛みは徐々に強くなり、冷たい汗が額に滲み始めた。

「…っ、うぅ…」

「まひる？ どうしたの？ 顔色悪いよ？」

みきの心配そうな声に、まひるは必死に笑顔を作ろうとしたが、顔が歪んでしまう。腹痛は、まるで内臓がぎゅっと締め付けられるような、尋常ではない痛みに変わっていた。そして、それに伴うように、強烈な便意が襲いかかってきた。

「やばい、みき…なんか、お腹が…」

言葉に詰まるまひるの様子に、みきの顔色もみるみる青ざめていく。彼女はすぐに事態を察したようだった。

「え、まさか…！ あとどれくらい？ 家まで…」

「わかんない…もう、無理かも…」

まひるは必死に肛門に力を込める。しかし、それはまるでダムが決壊するかのような、抗えない力だった。じんわりとした温かいものが、股間を濡らし始めた。

「うわっ…！」

まひるは思わず声を漏らした。みきは、その声に顔を上げ、まひるのスカートのあたりを凝視した。そして、絶望的な表情で口を開いた。

「まひ、る…」

その言葉は、すでに空を切っていた。まひるは、全身の血の気が引くのを感じた。温かいものが、じわじわと、しかし確実に広がっていく。制服のスカートの生地が、その湿り気と臭いを吸い込み、熱を帯びていく。

「…ごめん…ごめんね、みき…」

まひるは、顔を上げられずに俯いた。羞恥心と、これから起こるであろう恐ろしい事態への恐怖で、震えが止まらない。

「もう、いいから！ とりあえず、こっち！」

みきは、まひるの腕を強く掴み、人気のない、鬱蒼とした茂みの奥へと引っ張った。そこは、普段は誰も通らない、草木が生い茂った細い小道だった。

「早く、早く隠れないと！」

みきの焦った声が響く。まひるは、よろよろとみきに引きずられるように茂みの中へ入っていった。湿った土の匂いと、草の匂いが鼻をくすぐる。しかし、今はそれどころではなかった。

茂みの中に身を隠すと、みきはまひるに背を向けさせた。

「ちょっと、待ってて！ 私、近くのコンビニで何か…」

「だ、ダメだよ！ そんな姿で…」

まひるは、みきの言葉を遮るように、か細い声で訴えた。漏らしてしまったという事実が、彼女の全ての勇気を奪っていた。

「でも、このままじゃ…」

みきは、まひるの汚れてしまった制服を見つめ、どうしたら良いかわからずに立ち尽くしていた。まひるの腹痛は、まだ続いていた。時折、くぐもった声で呻き声を漏らす。

「…っ、まだ、お腹が…」

「大丈夫、大丈夫だから。深呼吸して」

みきは、必死に落ち着こうと努め、まひるの背中を優しく撫でた。しかし、彼女自身も、どうしようもない不安と恐怖に駆られていた。この状況を、どうやって乗り越えればいいのだろう。

しばらくの間、二人の間には沈黙が流れた。蝉の声だけが、耳障りに響き渡る。まひるは、汚れてしまった下着とスカートの不快感に耐えながら、ただただ震えていた。

「…あのね、まひる」

みきが、意を決したように口を開いた。

「私、お母さんに電話してみる。迎えに来てもらうしかないと思う」

「え…でも…」

「隠しようがないでしょ、この状態じゃ。それに、このまま歩くのは無理だよ。きっと、もっと…」

みきの言葉に、まひるは顔を上げた。みきの目は、真剣だった。彼女も、この状況がどれほど大変なことか、理解しているのだろう。

「…うん。わかった」

まひるは、力なく頷いた。みきは、携帯を取り出し、震える手で母親に電話をかけ始めた。

「もしもし、お母さん？ あのね、私とまひるなんだけど…」

みきは、必死に事態を説明しようとした。しかし、言葉がうまく出てこない。腹痛で苦しむまひるの姿、そして、彼女の制服から漂う、隠しきれない臭い。それら全てが、みきを混乱させていた。

「…まひるが、ちょっと、お腹を壊しちゃって…えっと、それで、それで…」

電話口の向こうで、母親の声が聞こえてくる。みきは、さらに顔を赤くした。

「…うん、そう。あの…ちょっと、着替えとか、おむつとか…」

「おむつ！？」

まひるは、みきの言葉に驚いて、思わず声を出してしまった。みきは、慌ててまひるに「しー！」と指で合図を送った。

「…うん、そういうこと。だから、お願い、迎えに来てほしいんだ。すぐに！」

みきは、震える声で母親に懇願した。電話を切った後、みきは深いため息をついた。

「お母さんが、すぐ来てくれるって。でも、ちょっと、恥ずかしいよね…」

「…うん」

まひるは、うつむいたまま、ただ相槌を打つことしかできなかった。腹痛は、少しだけ和らいできたような気がしたが、それ以上に、これから起こるであろう屈辱的な出来事への恐怖が、彼女を襲っていた。

しばらくすると、遠くから車の音が聞こえてきた。みきが、母親に言われた場所で待っていたのだ。

「来たみたい。まひる、大丈夫？」

みきが、まひるの肩にそっと手を置いた。まひるは、ゆっくりと顔を上げた。母親が、心配そうな顔でこちらに向かってくるのが見えた。

「まひるちゃん、大丈夫？」

母親は、まひるの様子を見て、すぐに事態を察したようだった。しかし、彼女は責めるような素振りは一切見せず、ただ優しく微笑んだ。

「大丈夫よ、大丈夫。さあ、車に乗りましょう」

母親は、まひるの背中にそっと手を添え、車へと誘導した。まひるは、おずおずと母親の後ろをついていく。みきも、心配そうに二人を見送った。

車に乗り込むと、母親はすぐにまひるにタオルと着替えを渡してくれた。しかし、すぐに着替えるわけにはいかない。まだ、腹痛は完全に治まっていなかった。

「…お母さん、ありがとう」

まひるは、力なく母親に感謝の言葉を述べた。

「いいのよ。誰にでも、そういう時くらいあるわ。それに、みきちゃんも、心配してくれたんだから」

母親は、優しくまひるの頭を撫でた。まひるは、母親の温かさに、少しだけ心が救われるのを感じた。

しかし、車が動き始めると、窓の外の景色が、いつもの下校道とは全く違うものに見えた。潮風は、もう心地よくない。泥の匂いが、彼女の全身を包み込んでいるような気がした。

「…みき、あのね」

車の中で、まひるはみきに話しかけた。

「今日のこと、本当にごめんね」

「ううん、いいのよ。まひるが、一番辛かったんだから」

みきは、窓の外を見ながら、静かに答えた。

「でも、今日のこと、誰にも言わないでね。お願い」

まひるは、必死にみきに懇願した。みきは、まひるの方を向き、真剣な顔で頷いた。

「もちろんだよ。まひるのこと、絶対に秘密にするから」

その言葉に、まひるは少しだけ安堵した。しかし、腹痛の残る下半身の不快感、そして、制服に染み付いた臭い。それは、まひるにとって、悪夢のような出来事の、ほんの始まりに過ぎないのかもしれない。

車は、静かに街を走り抜けていく。まひるとみきは、それぞれに、この出来事が自分たちの友情に、そして、これから先の学校生活に、どのような影響を与えるのだろうかと、胸の中で静かに問いかけていた。潮風は、まだ吹いていたが、それはもう、二人の少女たちの心を、穏やかに包み込むことはなかった。