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■ 異世界転移者、その始まりと試練（BZ-160～170ダイジェスト）

空が、赤く染まっていた。いや、正確には、空が赤かったのではなく、俺の知る「空」ではなかった。都市を包む巨大なドームは、外部の未知の宇宙空間を模倣して作られているのか、あるいは、この世界の「空」が本来こういう色なのか。どちらにしても、見慣れた青空は、もはや遠い記憶の彼方だった。

「これで、最後の調整が完了した」

金属質の、しかしどこか温かみのある声が響いた。視線を向けると、そこには、俺の体を包むように設置された、無数のケーブルに繋がれた巨大な機械があった。この機械こそが、俺をこの異世界へと転移させた張本人であり、そして、俺の「調整」を施した存在だ。

俺の名前は、西条 蓮（さいじょう れん）。ごく普通の高校生だったはずだ。ある日突然、光に包まれ、気がつけばこの場所、この機械の前にいた。そして、この機械は「調整」と称し、俺の身体能力、知覚能力、そして、この世界で生き抜くための知識を、一方的に植え付けてきたのだ。

「調整？ 何のために？」

俺の声は、驚くほどかすれていた。身体は、まるで自分のものとは思えないほど軽やかで、感覚は研ぎ澄まされていた。それでも、心の奥底では、激しい戸惑いと、そして、得体の知れない恐怖が渦巻いていた。

「生存のため。この世界では、貴官の持つ『標準的な人間』としての能力では、短期間で生命の危機に瀕する」

機械は淡々と告げる。その声に感情は一切ない。まるで、プログラムされた通りの応答を繰り返しているかのようだ。

「この世界…ここは一体？」

「ここは、『ネメシス』。貴官は、この世界における『転移者』となる」

ネメシス。転移者。聞き慣れない言葉が、重くのしかかる。機械は、この世界の成り立ち、そこに生きる種族、そして、転移者が背負う宿命について、断片的に、しかし要領を得た説明を続けた。

この世界は、かつて高度な文明を誇っていたが、ある災厄によって崩壊し、今や多様な種族が、それぞれの生存圏を築きながら暮らしている。そして、俺たち「転移者」は、外部からこの世界に呼び寄せられ、ある種の「力」を授けられるという。その力は、この世界の均衡を保つため、あるいは、新たな秩序を築くために利用されるのだと。

「俺は、利用されるのか？」

「利用、という言葉は不正確です。貴官は、この世界での『役割』を与えられます。それは、貴官の意思によって、そして、貴官の成長によって、変化していくものです」

機械の言葉は、俺の疑問に正面から答えるものではなかった。だが、その言葉の端々に、俺がこの世界でただの駒ではない、というかすかな希望を感じ取ることができた。

「で、俺の役割は？」

「まずは、この世界の『基礎知識』と『実地訓練』が必要です。貴官は、これから『育成機関』へと送られ、そこで、この世界での生存術、戦闘技術、そして、貴官に授けられた『適性能力』の開花を促します」

育成機関。まるでSF映画のような展開に、俺はただただ呆然とするしかなかった。しかし、他に選択肢はない。この赤く染まった空の下、俺は、西条 蓮としての人生を捨て、新たな「転移者」としての道を歩み始めることになったのだ。

*

育成機関での日々は、想像を絶するものだった。訓練は過酷を極め、肉体的な限界を何度も超えた。しかし、機械による「調整」のおかげか、俺の身体は驚異的な回復力と適応力を見せた。

最初に与えられたのは、剣術と格闘術の訓練だった。相手は、俺と同じように転移してきた者たち、あるいは、この世界に古くから住む種族の指導者たち。彼らは皆、それぞれの流儀で俺に襲いかかってきた。

「遅い！」

巨大な毛皮に覆われた獣人の指導者が、巨岩のような拳を振り下ろす。しかし、俺の体は、まるで意思を持ったかのように、その攻撃を軽々と躱していた。機械が植え付けた反射神経と、研ぎ澄まされた知覚能力が、俺に有利な状況を作り出す。

「な…！」

驚愕の表情を浮かべる獣人。俺は、その隙を逃さず、鋭い蹴りを繰り出した。獣人は、その強力な攻撃を受け止めきれず、大きく後退した。

「やるな…転移者め」

獣人は、唸りながらも、俺の成長を認めざるを得ないようだった。

訓練は、身体能力だけにとどまらなかった。この世界に存在する様々な魔法や、特殊な技能についての講習も行われた。俺に与えられた「適性能力」は、どうやら「物質操作」というものらしい。触れた物質の構造を解析し、その形や性質を変化させることができる力だ。

例えば、手に持った鉄塊を、瞬時に鋭利な刃物に変える。あるいは、地面の土を固めて、強固な盾を作り出す。この力は、戦闘はもちろん、様々な状況で応用できる可能性を秘めていた。

「驚異的な適性だ。西条 蓮、貴官の『物質操作』は、我々がこれまで見てきた転移者の中でも、トップクラスの才能を示している」

指導教官の一人、銀髪の美しいエルフが、感嘆の声を漏らした。彼女は、古くからの魔法使いであり、俺の適性能力の開花を導いてくれた存在だ。

「これも、あの機械のおかげです」

俺は、謙虚に答えた。しかし、心のどこかで、この力への探求心が芽生えているのを自覚していた。

ある日、訓練中に、想定外の事態が発生した。機関の警報が鳴り響き、訓練場に緊張が走った。

「外部からの侵入者だ！ 全員、迎撃準備！」

獣人の指導者が、咆哮を上げた。窓の外を見ると、漆黒の翼を持つ巨大な魔物が、機関のドームに襲いかかっていた。その姿は、俺が知るどんな生物とも異なり、禍々しいオーラを放っていた。

「あれは…『虚無の翼』か！」

エルフの指導官が、顔色を変えた。

「虚無の翼？ 一体、何なんだ？」

「この世界の『深淵』から現れる、破壊を司る存在。滅多に姿を現さないはずだが…」

緊迫した状況の中、俺は、目の前の状況に立ち尽くしていた。しかし、すぐに、このままではいけないと悟った。

「俺も戦います！」

俺の声に、周囲がざわついた。

「まだ訓練半ばの転移者が、何を言っている！」

「無謀だ！ 撤退しろ！」

しかし、エルフの指導官は、俺の決意の固さを感じ取ったのか、静かに言った。

「西条 蓮、貴官の『物質操作』、試す時が来たのかもしれませんね」

俺は、エルフの指導官の言葉に頷き、武器を手に取った。目の前の脅威に立ち向かうため、俺は、この世界で初めて、自らの意思で「戦う」という選択をしたのだ。

*

虚無の翼との戦闘は、熾烈を極めた。その爪は鋼鉄をも凌駕し、その吐息は全てを凍てつかせる。俺たちは、必死に連携を取りながら、その圧倒的な力に立ち向かった。

俺は、物質操作能力を駆使し、地面から硬質な盾を作り出し、仲間の攻撃を防いだ。また、周囲の鉄骨を变形させ、鋭利な投擲武器として虚無の翼に投げつけた。

「くっ…！ その力、侮れん！」

虚無の翼は、俺の攻撃に苦戦しながらも、その猛威を振るい続けた。一体、何のためにこんな場所で戦っているのか、時折、疑問に思うこともあった。しかし、この世界で生き抜くためには、この戦いを乗り越えなければならない。

その時、虚無の翼が、凄まじい咆哮とともに、巨大なエネルギー弾を放ってきた。それは、訓練場の壁すらも容易く破壊する威力を持っていた。

「危ない！」

エルフの指導官が、俺を庇おうとした。しかし、俺は、その瞬間、ある閃きを得た。

「物質操作！」

俺は、意識を集中させ、虚無の翼から放たれたエネルギー弾の軌道上に、地面から巨大な鉄塊を出現させた。そして、その鉄塊に、自身の物質操作能力を最大限に集中させる。

「これを…！」

俺の力は、鉄塊を歪ませ、そして、エネルギー弾を弾き返すように変形させた。

「な…！？」

虚無の翼は、自らの攻撃が跳ね返ってきたことに驚愕した。そして、その跳ね返されたエネルギー弾は、虚無の翼自身に直撃した。

「ぐああああ！」

悲鳴とともに、虚無の翼はその巨体を崩し、地面に落下した。

静寂が訪れる。俺たちは、息を切らしながら、倒れ伏した虚無の翼を見つめていた。

「やった…のか？」

獣人の指導者が、信じられないといった様子で呟いた。

「貴官の力、恐ろしいほどの可能性を秘めている…」

エルフの指導官は、俺の肩に手を置き、静かに微笑んだ。

この勝利は、俺にとって大きな転機となった。訓練半ばの転移者である俺が、この世界の脅威を退けた。それは、俺の存在意義を、そして、この世界での可能性を、大きく変える出来事だった。

*

虚無の翼との戦いを経て、俺は、育成機関を卒業した。与えられたのは、「特級転移者」という称号と、この世界で自由に活動できる権利。そして、俺の「適性能力」は、さらに磨かれ、より高度な物質操作が可能となっていた。

俺は、この世界で、一体何をするべきなのか。まだ、明確な答えは見つかっていなかった。しかし、あの赤く染まった空の下、俺は、もはやかつての西条 蓮ではなかった。

「さあ、行こう」

俺は、新たな仲間たちと共に、未知なる世界へと足を踏み出した。この世界で、俺は、どのような物語を紡いでいくのだろうか。それは、まだ誰にも分からない。しかし、確かなことは一つ。

俺は、この世界で、生き抜く。そして、この世界に、新たな「何か」をもたらすために。

（BZ-160～170、ダイジェスト版終了）