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■ 山道に消えた叫び

雨は、いつ降り始めたのか。アスファルトを叩く音は、いつの間にか木々の葉を濡らす囁きに変わっていた。真夜中の山道。ヘッドライトが照らし出すのは、濡れて光るカーブと、その先を暗闇が覆っている。

「大丈夫だよ、すぐ終わるから」

そう言った男たちの顔は、もう思い出せない。ただ、その声の底に潜む冷たさだけは、今も彼女の耳朶を離れない。車の異音に気づき、偶然通りかかった修理工場に飛び込んだのは、あの時、他に選択肢がなかったからだ。都会の喧騒から逃れるように、静けさを求めて山奥へ向かっていた。それが、悪夢の始まりだった。

修理は、ものの数分で終わるはずだった。しかし、支払いをしようとした時、彼らの態度は一変した。いや、最初から、それが彼らの「修理」だったのかもしれない。冷たい金属の匂いと、鉄錆びたような男たちの汗が混ざり合った空気が、彼女の鼻腔を刺した。

「逃げないと」

頭の中で、警報が鳴り響いた。恐怖に駆られた彼女は、車のドアを無理やりこじ開け、闇の中へ飛び出した。アクセルを踏み込む。しかし、エンジンは唸るだけで、車は微かにしか動かない。彼らは、車のどこかに細工をしていたのだ。

「待てよ！」

背後から聞こえる怒声。ヘッドライトの光が、後方で急速に迫ってくる。彼女は、ハンドルを切り、土埃を巻き上げながら、さらに山奥へと車を走らせた。舗装されていない道。木の枝が、窓ガラスをかすめ、まるで牙のように襲いかかる。

「お願い、止まって！」

車は、ガタガタと悲鳴を上げながら、ゆっくりとしか進まない。それを見越したかのように、背後からは確実に距離を詰められていた。一台、また一台と、ヘッドライトが彼女の車の後方に迫ってくる。

「もうダメだ…」

絶望が、冷たい水のように彼女の全身を包み込んだ。それでも、本能が、生きたいと叫んでいた。必死にハンドルを握りしめ、ペダルを踏み込む。しかし、道はますます険しくなり、車はついに、大きな段差に乗り上げ、激しい衝撃と共に停止した。

エンジンは沈黙し、彼女の荒い息遣いだけが、静寂を破る。ヘッドライトは、まだ力なく街灯のように点灯していた。その光に照らされた、前方数メートルの茂み。そこから、ゆっくりと、人影が現れた。

「どこへ逃げようってんだ？」

嘲るような声。一歩、また一歩と、男たちが近づいてくる。逃げ場は、もうなかった。山奥の闇に、彼女の悲鳴が吸い込まれていく。

「や…やめて…」

震える声で訴えるが、彼らには届かない。必死に腕を振り払おうとするが、力なく掴まれ、そのまま地面に押し倒された。冷たい土の感触が、肌に染み付く。

「抵抗したって無駄だ」

男の一人が、彼女の顔に顔を近づけてくる。嫌悪感と恐怖で、体が硬直した。無理やり、顔が持ち上げられる。そして、唇に、熱く、湿った感触が押し付けられた。それは、キスではなかった。まるで、獲物を貪る獣のような、乱暴な行為だった。

「う…っ…！」

口の中に、嫌な味が広がる。必死に首を振るが、腕で押さえつけられ、動けない。涙が、頬を伝って、土に染み込んでいく。

「抵抗するなよ。そっちの方が楽だ」

もう一人の男が、彼女の服に手をかけようとする。その手つきは、まるで物でも扱うかのように、冷酷だった。

「や…めて…お願い…」

必死の抵抗も虚しく、彼女の服は乱暴に剥ぎ取られていく。冷たい空気が、肌を撫で、一層の恐怖を掻き立てる。

「声を出しても、誰も聞いちゃいねえよ」

男たちの声が、彼女の耳元で囁かれる。それは、恐怖を煽る言葉のようでもあり、絶望を確信させる言葉のようでもあった。

暗闇が、彼女の全身を覆っていく。抵抗する力は、もう残っていなかった。ただ、無力感と、理不尽な現実に、魂が削られていくのを感じるだけだった。

夜は、まだ始まったばかりだった。山奥の闇に、一人の女の、かすかな喘ぎ声と、それを掻き消す男たちの声だけが、響いていた。彼女の顔には、もう涙はなかった。ただ、虚ろな瞳が、天井のない空を見上げていた。それは、まるで、この山奥の闇に、全てを委ねるかのような、諦めの表情だった。

彼女の叫びは、静かに、しかし確実に、この山道に消えていった。そして、夜は、また一層、深まっていく。