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■ 八王子の山奥、月影に消えた誘惑

熱帯夜の喧騒から逃れるように、俺たちは夜の帳に紛れるように八王子へと車を走らせていた。助手席には、今回初めてナンパ軍団に加わることになった、二人の黒人青年、ジャックとマイケル。彼らの屈強な体躯と、どこか野生的な色香は、今夜の「狩り」を一層刺激的なものにする予感がした。

「今日のターゲットは、八王子の奥地だ。自然の中の隠れ家で、きっと妖精のような女性に出会えるはずさ」

俺はハンドルを握りながら、後部座席に座る彼らに語りかけた。彼らの目は期待と興奮に輝いていた。ジャックは滑らかな肌に彫刻のような筋肉を纏い、マイケルは無精髭と鋭い眼光がワイルドな魅力を放っていた。彼らとの出会いは、数週間前のクラブでのこと。言葉の壁はあったが、音楽と酒、そして共通する「獲物」への探求心が、瞬く間に俺たちを繋いだ。

「山奥…いいね。俺、都会の女より、自然の中で育った方が、もっとピュアな気がする」

ジャックが流暢な日本語で応える。マイケルは「Yeah!」と力強く同意した。彼らの適応力にはいつも驚かされる。

車は市街地を抜け、次第に街灯もまばらになっていった。カーラジオからは、かすかにアース・ウィンド・アンド・ファイアーの「セプテンバー」が流れている。この曲は、俺のナンパのアンセムだ。

「今回の作戦は、ちょっと趣向を変える。ただ声をかけるだけじゃなく、自然の力を利用するんだ」

俺はニヤリと笑った。八王子でも特に奥まった、知る人ぞ知る隠れ家のような温泉宿がある。そこは、都会の喧騒から隔絶され、夜には満天の星空が広がる。そこへ、自然を愛する女性が一人で訪れている可能性が高い。

「自然の力？」

ジャックが首を傾げた。

「そう。例えば、道に迷ったふりをして、優しく助けてあげる。あるいは、星空の美しさを語り合いながら、自然と距離を縮める。相手の警戒心を解き、リラックスさせる。それが鍵さ」

マイケルが感心したように頷いた。

「なるほど。俺たちも、その自然の力に紛れて、優しくアプローチするってことか」

「その通り。君たちのワイルドさは、自然の力と調和する。都会では出せない、神秘的な魅力を引き出すんだ」

車はさらに山道を進む。木々の葉が風に揺れる音、遠くで鳴く虫の声だけが響く。それは、まるで別世界への入り口のようだった。

やがて、月明かりに照らされた、趣のある佇まいの温泉宿が見えてきた。周辺は鬱蒼とした森に囲まれ、静寂に包まれている。駐車場には、数台の車が停まっているだけ。俺たちは、静かに車を停めた。

「さて、ここからが本番だ」

俺は車を降り、深呼吸をした。ひんやりとした空気が肺を満たす。ジャックとマイケルも、期待に満ちた表情で俺に続いた。

「まずは、偵察だ。誰か、一人で来ている女性がいるか」

俺たちは、宿の明かりが漏れる窓辺を、静かに、しかし注意深く観察した。そして、運命の出会いは、案外あっさりと訪れた。

宿の露天風呂の脇にある、小さな東屋。そこに、一人で座っている女性がいた。月明かりを浴びて、その横顔は神秘的で、まるで絵画のようだった。長い黒髪が肩にかかり、浴衣の裾からは白い足首が覗いている。彼女は、静かに夜空を見上げていた。

「あの女だ」

俺は静かに囁き、ジャックとマイケルに合図を送った。彼らの目は、獲物を捉えた猛獣のように鋭く光った。

「俺が行く」

ジャックが、滑るような足取りで東屋へと向かった。俺とマイケルは、少し離れた場所で、その様子を見守った。

ジャックは、彼女の隣にそっと腰を下ろした。

「こんばんは」

俺には聞こえなかったが、きっとそんな言葉をかけたのだろう。彼女は、少し驚いた様子でジャックの方を振り向いた。その瞬間、彼女の瞳に映った月明かりが、キラリと光った。

しばらく二人の会話が続いた。ジャックは、その流暢な日本語と、どこか憂いを帯びた表情で、彼女の心を掴んでいったのだろう。俺は、その光景を、まるで熟練の狩人が獲物を追い詰めるように、静かに見守っていた。

やがて、ジャックが俺たちの方へ戻ってきた。

「どうだ？」

俺が小声で尋ねると、ジャックは満足そうに頷いた。

「完璧だ。俺に任せろ」

そう言うと、ジャックは再び東屋へ向かい、彼女に何かを話しかけた。彼女は、最初は戸惑った表情を見せたものの、やがて微笑んで、ジャックの言葉に頷いた。

「よし、俺たちの出番だ」

俺はマイケルと顔を見合わせた。そして、三人は東屋へと向かった。

「こんばんは。素敵な夜ですね」

俺は、満面の笑顔で彼女に話しかけた。彼女は、俺たちの突然の出現に、一瞬怯んだように見えた。しかし、ジャックが隣で穏やかな表情で微笑んでいるのを見て、少し安心したようだった。

「あの…」

彼女が何か言おうとした時、マイケルが彼女の肩に手を置いた。その仕草は、決して乱暴ではなく、むしろ優しく、安心させるようなものだった。

「大丈夫。俺たちは、君を驚かせたくて来たんじゃない。ただ、この素晴らしい夜を、誰かと分かち合いたかっただけなんだ」

マイケルの言葉は、温かく、そして力強かった。彼女の表情が、少しずつ和らいでいくのが分かった。

「この後、もしよかったら、みんなで一杯どうですか？この辺り、美味しいお酒も飲める隠れた名店があるんですよ」

俺は、彼女の目をまっすぐに見つめて、誘った。

彼女は、しばらくの間、俺たち三人の顔を交互に見ていた。その瞳には、まだ少しの戸惑いがあったが、それと同時に、好奇心と、もしかしたら、ほんの少しの期待のようなものも感じられた。

そして、彼女は、小さく頷いた。

「…はい」

その一言で、夜の「狩り」は、成功の兆しを見せた。

俺たちは、彼女を連れて、宿の近くにある、静かで雰囲気の良い居酒屋へと向かった。店内は、地元の人々で賑わっていたが、我々が通されたのは、一番奥の、落ち着いた個室だった。

彼女の名前は、ミサキ。都心から少し離れた、静かな町に住んでいるという。自然が好きで、一人で温泉に来るのが趣味なのだと話してくれた。彼女の話し方には、どこか透明感があり、俺たちの粗野な雰囲気を、不思議と浄化していくような力があった。

ジャックとマイケルは、ミサキを前にして、普段の豪快さよりも、紳士的な振る舞いを心がけていた。彼らの言葉遣いは丁寧で、ミサキの言葉に真剣に耳を傾けていた。俺は、そんな彼らの姿を見て、少し意外な気持ちになった。彼らは、ただのナンパ軍団ではない。その奥に、人間的な魅力が秘められていることを、改めて感じた。

お酒が進むにつれて、ミサキの表情も、さらに明るくなった。彼女は、時折、俺たちの故郷のことや、日本での生活について、興味深そうに質問を投げかけてきた。ジャックとマイケルは、それぞれの母国でのエピソードや、日本で感じたカルチャーショックなどを、ユーモアを交えて話した。

俺は、そんな二人の様子を、微笑ましく見守っていた。今夜は、ただ「獲物」を捕まえるだけではない。人間と人間との、温かい交流が生まれているような気がした。

しかし、俺の心の中には、常に「次」への衝動があった。この一晩の熱狂は、いつまでも続くわけではない。

「ミサキさん、もっと色々話したいな」

俺は、ミサキのグラスにお酒を注ぎながら、囁いた。

「え？」

ミサキは、少し驚いた顔をした。

「この後、もしよかったら、俺たちの宿でもう一杯どうかな？もっと、ゆっくり話せるから」

俺は、彼女の目をまっすぐに見つめた。ジャックとマイケルも、俺の言葉に頷き、ミサキに期待の眼差しを送っていた。

ミサキは、しばらくの間、沈黙していた。その表情は、先ほどよりも、さらに複雑なものになっていた。期待、不安、そして、ほんの少しの迷い。

やがて、彼女は、小さく頷いた。

「…はい」

その返事を聞いた瞬間、俺たちの顔に、歓喜の色が広がった。

俺たちは、ミサキを連れて、再び車に乗り込んだ。夜の山道は、昼間よりもさらに暗く、神秘的な雰囲気を醸し出していた。車内では、先ほどよりも、さらに親密な会話が交わされた。ミサキは、俺たちの故郷での生活や、文化について、より深く質問してきた。ジャックとマイケルは、それぞれの故郷での楽しかった思い出や、文化的な違いについて、興奮気味に話した。

俺は、ミサキの隣に座り、彼女の髪に触れた。彼女は、その手に身を任せ、静かに俺を見つめていた。

「今夜は、本当に楽しい」

俺は、ミサキの耳元で囁いた。彼女は、恥ずかしそうに微笑んだ。

宿に到着すると、俺たちは、ミサキを部屋に招き入れた。部屋には、暖炉の火が灯され、心地よい音楽が流れていた。俺は、ミサキにワインを勧め、ジャックとマイケルは、それぞれの部屋で、別の「獲物」を探し始めた。

俺とミサキは、ソファに並んで座り、ワインを飲みながら、さらに深い話をした。彼女は、都心での仕事に疲れを感じていること、そして、もっと自分を解放できるような、刺激的な体験を求めていることを語った。

俺は、彼女の言葉に、共感するような表情を見せながら、彼女の体を優しく抱き寄せた。彼女の体温が、俺の体に伝わってくる。

「君は、美しい」

俺は、ミサキの顔を覗き込み、囁いた。彼女は、恥ずかしそうに目を伏せた。

その夜、俺は、ミサキと、激しく愛し合った。彼女の喘ぎ声が、部屋に響き渡る。俺は、彼女の体を抱きしめ、まるで壊れ物を扱うように、優しく、しかし情熱的に、彼女を求めた。

朝、目が覚めると、ミサキの姿は、どこにもなかった。ベッドの上には、彼女の香りが微かに残っているだけで、まるで夢だったかのようだった。

俺は、少しだけ寂しさを感じた。しかし、それは、すぐに消え去った。なぜなら、俺たちは、「やり逃げヤリ捨て」のプロだからだ。

「あいつ、もういねえな」

ジャックが、部屋に入ってきて、ニヤリと笑った。

「ああ。まあ、そういうもんだろ」

俺は、肩をすくめた。

「でも、楽しかったぜ。あいつ、俺に『また会える？』って言ってた」

マイケルが、興奮した様子で言った。

「会えるさ。でも、もう二度と会うことはない」

俺は、そう言って、部屋の外へ出た。

八王子の山奥で、月影に消えた誘惑。ミサキは、俺たちにとって、一夜限りの、甘い記憶となった。

俺たちは、車に乗り込み、再び夜の街へと走り出した。カーラジオからは、再び、アース・ウィンド・アンド・ファイアーの「セプテンバー」が流れていた。

「次は何処へ行く？」

ジャックが、興奮した様子で尋ねた。

「そうだな…今度は、もっと刺激的な場所へ行こう」

俺は、ハンドルを握りながら、ニヤリと笑った。

八王子の山奥に、俺たちが残した熱狂と、そして、ミサキの、ほんの少しの切ない涙。それは、俺たちの「ナンパ軍団」の、また一つの物語となった。

俺たちは、決して「恥」をかかない。なぜなら、俺たちにとって、これは、ただのゲームだからだ。そして、このゲームに、終わりはない。