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■ 鉄人の門番

都会の喧騒から少し離れた、隠れ家のようなスタジオ。その扉を開けると、そこは異様な熱気に包まれていた。照明は落とされ、空調は限界まで絞られている。中央に設置された、まるで闘技場を思わせる特設ステージには、緊張感とはちきれんばかりの野心が渦巻いていた。

BOTAN社、最新シリーズ『SEXの鉄人』の第一話収録。その記念すべき第一戦の幕開けである。

「…いよいよだな、先輩。」

ステージ袖で、若手男優のハヤテは、緊張で喉を鳴らした。隣に立つのは、同じく若手で、ハヤテとはライバル関係にあるケンタだ。二人の肩には、このシリーズにかける期待と、それ以上に重いプレッシャーがのしかかっている。

「ああ。相手が誰であれ、俺たちは『絶対にイカない』。それだけだ。」

ケンタの声は、強がりなのか、それとも本心なのか、判別がつかなかった。彼らの前には、その「鉄人」たちが控えている。レジェンド女優、その名を語るだけで業界に激震が走る、まさに伝説と呼ぶにふさわしい女たち。

そして、今宵、その最初の壁となるのが、友田彩也香だった。

「口技神。アクメ女王。潮吹き友チ…」

スタジオの壁に貼られた、彩也香の異名が書かれたリストをハヤテはぼんやりと眺めた。それらの言葉は、彼女がどれほどの「鉄人」であるかを雄弁に物語っていた。

「冗談じゃない！ゼッタイイカセてやるよ！」

ステージから聞こえてきた、力強い、いや、むしろ狂気にも近い声。あれは、彼女に挑戦する、もう一人の若手、タケルだ。タケルは、このシリーズの企画を聞いた時から、彩也香を指名すると公言していた。その理由は、単純な憧れではない。むしろ、彼女という圧倒的な壁を打ち破ることこそが、自身の存在意義だと信じているかのようだった。

「タケル、あの女に喧嘩売ってんのか…。」

ハヤテは呟いた。彩也香、その名は、若手男優たちにとっては、越えられない巨壁、あるいは、逆転不可能なTHRESHOLD。彼女に挑むということは、文字通り、自らの限界に挑戦することに他ならない。

「喧嘩じゃない。これは、俺たちの、そしてこのシリーズの、始まりの戦いだ。」

ケンタが、静かに、しかし確固たる意志を込めて言った。

「『絶対にイカない』。それは、俺たちが、俺たち自身の快楽に屈しないという誓いでもある。女のテクニックに、感情に、流されない。ただ、己の意志を貫き通す。」

ハヤテは、ケンタの言葉に、はっとさせられた。確かに、このシリーズは、単なる「エロ」を追求するものではない。それは、男としての、あるいは、人間としての「制御」を試す、壮絶なゲームなのだ。

「それにしても、彩也香さん…」

ハヤテは、再び、彩也香の異名が書かれたリストに目をやった。その中でも、ひときわ異彩を放つ「潮吹き友チ…」。その名を聞くだけで、畏敬の念と、かすかな恐怖が入り混じった感情が湧き上がる。

「あんな鉄人に、タケルは勝てるのか？」

「勝つか負けるかは、まだわからない。だが、タケルなら、きっと、俺たちが想像もできないような戦いを見せてくれるだろう。」

ケンタは、ステージに向かって視線を向けた。

「だからこそ、俺たちは、タケルがぶつかり、そして、その先に何があるのかを、見届けなくてはならない。」

スタジオの扉が開き、ハヤテとケンタはステージへと歩み出した。観客席はなく、ただ、カメラと、スタッフ、そして、そこにいる「鉄人」たちだけがいる。しかし、その場には、何万人もの観客がいるかのような、張り詰めた空気と、異常なまでの集中力が漂っていた。

ステージの中央に立つのは、紛れもなく、友田彩也香だった。その姿は、年齢を感じさせないどころか、むしろ、円熟した美しさと、圧倒的な色気を放っていた。彼女の瞳は、挑戦者を前に、獲物を狙う獣のように、静かに、しかし鋭く輝いている。

対するタケルは、緊張を隠しきれていないものの、その瞳には、強い決意が宿っていた。

「友田彩也香さん。僕、タケルは、あなたに、絶対に、イカない。」

タケルが、震えそうになる声を抑え、宣誓した。

彩也香は、ゆっくりと微笑んだ。その微笑みは、優しさとは程遠く、むしろ、これから始まるゲームへの誘い、あるいは、嘲笑のようにも見えた。

「あら、いいわね。でも、私だって、そう簡単には、あなたを『イカせない』わよ。」

その言葉と共に、音楽が流れ出した。それは、挑発的で、妖艶な、そして、どこか不穏な旋律だった。

タケルは、一度、大きく息を吸い込み、そして、彩也香へと歩み寄った。彼の指先が、彩也香の唇に触れる。そこから、言葉にならない、しかし、すべてを物語るような、激しい、そして、本気のぶつかり合いが始まった。

ハヤテは、その光景を、ただ、見つめることしかできなかった。彩也香の、まるで魔法のような、いや、神業と呼ぶべきテクニック。タケルの、必死で、しかし、決して譲らない、男としての意地。

それは、単なる「仕事」の範疇を超えていた。互いに、相手のすべてを理解しようとし、そして、そのすべてを凌駕しようとする、純粋な「戦い」。

彩也香の唇は、タケルの肌を撫で、彼の熱を煽る。しかし、タケルは、その甘い罠に、決して屈しない。彼は、彩也香の熱を、力でねじ伏せようとするのではなく、むしろ、その熱を、自身の熱へと昇華させようとしているかのようだった。

「くっ…！」

タケルの、絞り出すような声が響く。彩也香の指先が、彼の急所へと滑り込む。その瞬間、タケルの全身に、激しい電流が走った。

「ふふ…まだ、その程度？」

彩也香の声には、余裕が感じられた。しかし、その瞳には、タケルの粘り強さに対する、かすかな驚きも宿っているように見えた。

ハヤテは、己の頬が熱くなっているのを感じた。それは、興奮なのか、それとも、これから自分が挑むであろう戦いへの、予感なのか。

「絶対にイカない。」

その言葉は、ただの宣誓ではない。それは、男が、己の理性を、感情を、そして、快楽に支配されないための、壮絶な覚悟なのだ。

彩也香の指先が、さらに深く、タケルの身体へと潜り込んでいく。タケルは、歯を食いしばり、額に汗を滲ませた。

「こいつ…本当に、イカないつもりなのか…？」

スタジオに、彩也香の妖艶な吐息だけが響く。それは、まるで、タケルを誘惑する甘い毒。しかし、タケルは、その毒に、決して染まることはない。

「…くそっ…！」

タケルが、悲鳴とも、歓喜ともつかない声を上げた。彼の顔は、赤く染まり、瞳は、恍惚とした光を帯びていた。しかし、その身体は、まだ、一点の「快楽」にも身を委ねていない。

「まだ、だ…！」

タケルは、最後の力を振り絞るように、彩也香の首筋へと、その唇を押し当てた。それは、攻撃ではなく、むしろ、全身全霊での「抱擁」のようだった。

彩也香は、一瞬、その動きを止め、タケルの顔を見つめた。彼女の瞳に、これまでとは違う、ある種の「敬意」のようなものが、宿っているのが見えた。

「…やるわね。」

彩也香の声は、先ほどまでの余裕とは異なり、わずかに、だが、確実に、真剣な響きを帯びていた。

ハヤテは、息を呑んだ。これは、想像以上の、壮絶な戦いだった。二人の「鉄人」と、「新兵」との、魂のぶつかり合い。

「…くっ…！」

タケルが、再び、呻き声を上げた。しかし、それは、快楽に溺れる呻きではない。むしろ、己の限界を超えようとする、苦悶と、そして、歓喜が入り混じった、魂の叫びだった。

「…！」

彩也香の表情が、一変した。彼女の瞳に、これまで見たことのない、燃えるような炎が灯った。

「…なら、私も、本気でいくわよ！」

その言葉と共に、彩也香の身体から、凄まじいオーラが放たれた。それは、まさに「鉄人」の、圧倒的な力。

ハヤテは、己の心臓が、激しく脈打つのを感じた。これは、単なる「パフォーマンス」ではない。これは、人間と、伝説との、真剣な、そして、熱い、魂のぶつかり合いなのだ。

「…！」

タケルの身体が、大きく跳ねた。彼の顔は、もはや、苦悶と、歓喜の狭間を彷徨っていた。

「…！」

彩也香の唇が、タケルの耳元に囁いた。その言葉は、ハヤテには聞き取れなかったが、タケルの表情から、それが、彼を、さらなる高みへと誘う、魔法の言葉であることが理解できた。

「…！」

タケルの瞳が、大きく見開かれた。そして、彼は、ついに、その「鉄人」の門番に、屈することなく、己の「意志」を、守り抜いたのだ。

「…！」

スタジオに、静寂が訪れた。しかし、その静寂は、敗北の静寂ではない。それは、新たな伝説の誕生を告げる、神聖な静寂だった。

ハヤテは、静かに、ステージへと歩み出した。彼の心には、恐怖と、そして、それ以上の「期待」が渦巻いていた。

「…友田彩也香さん。僕、ハヤテは、あなたに、絶対に、イカない。」

ハヤテは、タケルよりも、さらに強い、決意を込めて、宣誓した。

彩也香は、タケルとは異なる、しかし、同じように、力強い、微笑みを返した。

「…いいわ。覚悟は、できているんでしょうね。」

新シリーズ『SEXの鉄人』、その第一話は、幕を閉じた。しかし、これは、始まりに過ぎない。これから、次々と現れる「鉄人」たちに、若き男優たちが、己の「意志」を貫き通す、壮絶な戦いが、繰り広げられていくのだ。

ハヤテは、己の拳を握りしめた。この戦いは、まだ、始まったばかりだ。そして、彼は、この「鉄人」たちの門番を、必ず、打ち破ってみせる。己の「意志」を、守り抜くために。