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四十歳を過ぎた香織（かおり）は、穏やかな日々を送っていた。夫は真面目で少しばかり無口だが、信頼できる人だった。子供は独立し、静かなマンションで二人暮らし。趣味は読書とガーデニング。平穏で、それでいて少し退屈な日々が続いていた。そんなある日、彼女はアルバイトを始めることにした。小説家の原稿入力の仕事だ。

求人サイトで見つけたその仕事は、報酬も良く、時間も比較的融通がきいた。何より、自宅でできる点が魅力だった。仕事内容は、官能小説の入力。香織は少し戸惑った。これまで読んだことのないジャンルだ。しかし、経済的な余裕を持つため、そして少しばかり刺激のある日常を求めて、彼女は応募を決めた。

送られてきた原稿は、予想以上に過激だった。生々しい描写、緊縛、そして女性の絶頂に至るまでの過程が、細密に、そして官能的に描かれていた。文字を追うごとに、香織の体には奇妙な熱が帯びていく。彼女は、画面に映し出された言葉に翻弄され、知らない自分に出会っていくような感覚を覚えた。

最初は抵抗があった。しかし、入力作業を続けるうちに、物語の中の女性の感情、そして身体の反応が、自分の内面に深く響いてくるのを感じ始めた。彼女は、小説の中の女性になりきり、その官能的な描写に身を委ねていた。

特に、麻縄で縛られる描写は強烈だった。「肉に食い込む麻縄」という表現は、彼女の想像力をかき立て、胸が締め付けられるような感覚を味わわせた。文字を読んでいる間、彼女は自分の身体を縛られている姿を想像していた。冷たく硬い麻縄が肌に触れる感触、徐々に強まっていく圧迫感、そして、その束縛感から生まれる、奇妙な興奮。その想像は、彼女の秘めたる欲求を刺激し、秘めていた快感を呼び覚ました。

ある日、彼女は入力作業中に、激しい吐息を漏らしてしまった。その音に我に返り、慌てて作業を中断した。しかし、すでに彼女の心は、小説の世界に深く浸っていた。

そして、運命の転換点が訪れた。彼女は、原稿を納品するため、小説家の自宅を訪れた。その小説家は、想像以上に若い男性だった。初対面の緊張感の中、彼は彼女に感謝の言葉を述べ、そして、突然、彼女の腕を掴んだ。

驚く間もなく、彼女はソファに押し倒された。男は、原稿に書かれていた通りの緊縛を始めた。最初は抵抗した。しかし、麻縄が彼女の肌に触れると、不思議な快感が脳を駆け巡った。入力作業中に何度も妄想していたあの感覚が、現実のものとなっていた。

彼女は、抵抗をやめた。むしろ、積極的に、男の行動に協力している自分がいた。男は熟練した手つきで、彼女の体を麻縄で拘束していく。最初は痛みを感じたが、次第に、その痛みと快感が混ざり合い、言葉では言い表せないような極楽へと至った。

拘束された身体は、自由に動けない。しかし、その不自由さゆえに、彼女の感覚は研ぎ澄まされていった。男の手が、彼女の肌を撫でる。その触れ合う度に、高揚感は増幅し、彼女は何度も絶頂を迎えた。

その日の後、香織の世界は一変した。平凡で退屈だった日常は、官能的な快楽と苦痛が織りなす、刺激的で複雑な世界へと塗り替えられた。彼女は、これまで知らなかった自分の欲求、そして、その欲求を満たす喜びを知った。

アルバイトは終わったが、小説家との関係は続いた。彼女は、彼の書く官能小説のモデルとなり、そして、自らも彼の腕の中で、麻縄の束縛と快楽の渦に身を委ねていくようになった。平穏な日々は失われたが、香織は、決して後悔していなかった。麻縄の痕は消えても、その記憶と快楽は、彼女の魂に深く刻まれたままだった。  彼女の日常は、永遠に変わってしまったのだ。