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## 奇行種II：泥まみれの夕餉

夕焼けが西の空を焦がすように染めていた。工場の煙突からは、一日分の疲労を象徴するかのような白い煙がもくもくと立ち上る。その下、汗ばんだ素足で立ち尽くすのは、三十代半ばの男、M男だった。彼は、今日もまた、過酷な労働を終えたばかりだ。作業着は泥で汚れ、髪は油でベタつき、疲労困憊の顔には、薄汚れた汗が光っていた。

彼の目の前には、小さなテーブルが置かれ、そこには陶器の鉢に入った肉じゃがが鎮座していた。それは、彼の妻、優子が愛情込めて作ったものだ。二人の子供、小学三年生の雄太と、幼稚園に通う美咲のために、そして、もちろん、M男のためにも。優子はいつも、家族のために美味しい料理を作ってくれる。その優しさは、M男の荒んだ心を、ほんの少しだけ温めてくれる、貴重な光だった。

しかし、今日のM男は、その温もりを素直に受け取ることができない。工場での苛立ち、上司からの理不尽な命令、同僚との衝突…全てが彼の心を澱のように覆っていた。彼は、それらの鬱憤を、何かしらで発散しなくてはならない衝動に駆られていた。そして、その衝動の矛先は、目の前の肉じゃが、そして、彼の愛する家族に向けられていた。

優子は、パートを終えて帰宅した。彼女は、M男の疲れた顔を見て、何かを察したのか、少し心配そうに彼を見つめた。しかし、M男は、彼女からの心配を無視するように、一言も発さずにテーブルの椅子に倒れ込んだ。

「お疲れ様。肉じゃが、できたよ」

優子の優しい声は、M男の耳には届いていないようだった。彼はただ、無言で肉じゃがを凝視している。その視線には、食欲というよりは、奇妙な興奮が混じっていた。

優子は、気まずそうに子供たちを呼び寄せた。雄太と美咲は、肉じゃがの美味しそうな匂いに誘われ、嬉しそうにテーブルに駆け寄る。優子は、子供たちに肉じゃがを分け与えながら、M男にも箸を差し出した。しかし、M男はそれを無視し、地面に倒れこんだ。

彼は、泥だらけの作業着のまま、地面に寝そべり、素足をテーブルに伸ばした。そして、汗ばんだその素足で、肉じゃがの鉢を蹴り飛ばした。肉じゃがは、床に散乱し、泥と混ざり合った。

「何してるの！？」

優子は、驚きの声を上げた。子供たちも、泣きそうな顔でM男を見つめている。

だが、M男は動じない。彼は、床に散らばった肉じゃがを、汚れた素足でぐちゃぐちゃに踏み潰した。泥とジャガイモ、肉、そして彼の汗が混ざり合い、不気味なペースト状の塊になった。

彼は、その泥まみれの肉じゃがを、素手で拾い上げ、口に運び込んだ。

「うっ…美味い…」

M男は、満足げに目を閉じ、泥と汗で汚れた顔に、奇妙な笑みを浮かべた。

優子は、言葉を失っていた。子供たちは、恐怖と混乱の入り交じった表情で、その光景を呆然と見つめていた。

M男は、その後、子供たちの前で、裸になり始めた。彼は、泥だらけの体を床に擦りつけ、さらに泥を纏い、その汚れた体の上で、床に広がった肉じゃがを踏みつけ、ぐちゃぐちゃに混ぜ合わせた。そして、子供たちの恐怖と涙に満ちた視線の中、彼はその泥と肉じゃがを混ぜ合わせたものを、子供たちが見ている前で、貪るように食べた。

優子は、絶叫した。雄太と美咲は、泣き叫びながら、部屋から逃げ出した。

その夜、M男は、妻と子供たちから完全に隔離された。彼は、一人、泥と肉じゃがの残骸にまみれたまま、静かに眠りについた。彼の心は、依然として澱のように濁っていたが、奇妙な充足感にも満たされていた。彼は、自分の奇行を理解することはできなかったが、この行為によって、何かが浄化されたような気がしていたのだ。

しかし、この事件は、M男と彼の家族の間に、深い溝を刻み込んだことは間違いなかった。家族を取り戻せるのか、はたまた、彼は永遠にこの奇行の泥沼に沈んでいくのか。彼の未来は、不確かなまま、闇に包まれていた。