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雨はしとしとと、都会の雑踏に滲み渡っていた。僕は、いつものようにカフェで原稿と格闘していた。締め切りは明日。焦燥感とコーヒーの苦味が混ざり合い、胃を締め付ける。そんな時、視界の端に鮮やかな赤色の傘が目に入った。

傘をさした男は、カフェのドアを開け、一瞬僕の顔を見た。そして、驚いたことに、彼は僕に近づいてきたのだ。

「すみません…あの…」と男は、少し躊躇しながら話し始めた。「突然で恐縮ですが、今晩泊めていただけませんか？」

男は、見慣れない外国人風の顔立ちをしていた。整った眉、鋭い目、そしてどこか憂いを帯びた表情。旅行者だろうか？それとも…

「え、えっと…」言葉に詰まる僕。突然の申し出に戸惑いを隠せない。民泊サイトで登録しているわけではない。ましてや、知らない男に…

「事情がありまして…本当に困っているんです。一泊と、夕食をご馳走できれば…」男は、懇願するような目で僕を見つめた。その瞳には、本物の切実さが宿っていた。

彼の言葉には、嘘偽りは感じられなかった。何か事情を抱えているのだろう。同情心と、少しばかりの冒険心を抱きつつ、僕は承諾した。

「…わかりました。泊めてあげましょう。夕食は…僕が得意なパスタを作ります」

男は、安堵の表情を見せ、深く頭を下げた。「本当にありがとうございます。名前は、レオです」

レオは、予想以上に気さくな男だった。流暢な日本語を話し、ユーモアも持ち合わせている。彼の旅の話を聞くと、彼は写真家だとわかった。世界中を旅しながら、美しい風景を収めているという。

夕食は、僕の作ったトマトソースパスタ。レオは、それを美味しそうに食べ、旅の話を延々と聞かせてくれた。彼の言葉は、まるで彼が見た美しい風景を目の前にしているかのような錯覚を与えてくれた。

食事後、レオは静かに僕の部屋へと案内された。彼の目は、どこか緊張していた。

「今日は、本当にありがとうございました。迷惑をかけたかもしれません…」

「とんでもないよ。レオが元気でいればいいんだ」

レオは、ためらいがちに口を開いた。「実は…僕は、ある秘密を抱えているんです。あなたに、話しても良いでしょうか？」

静まり返る部屋の中で、レオは彼の過去を語り始めた。それは、想像を絶するほどの過酷で、悲しい物語だった。彼の過去には、暴力、孤独、そして絶望があった。写真家になったのは、その過去からの逃避だったという。

レオの話が終わると、部屋には沈黙が漂っていた。彼の言葉は、僕の心を深く揺さぶった。同情心だけでは片付けられない、複雑な感情が湧き上がってきた。

そして、その感情は、次第に別の感情へと変化していった。レオの瞳に映る、深い悲しみと孤独。それは、僕にも理解できるものだった。

「…レオ」僕は、彼の名前を呼んだ。「大丈夫だよ…」

僕は、レオを抱きしめた。彼の体は、震えていた。それは、恐怖の震えではなく、解放の震えだったように見えた。

その夜、僕たちは言葉を交わさずに抱き合った。それは、慰めであり、共感であり、そして…それ以上のものだった。

翌朝、レオは静かに部屋を出て行った。彼は、何も言わなかった。ただ、テーブルの上に一枚のポストカードを置いていった。それは、彼が撮影した、美しい夕焼けの写真だった。

その一枚の写真には、彼の旅の記録、そして、僕との特別な一夜の記憶が閉じ込められていた。僕は、そのカードを大切に保管した。それは、僕の記憶の片隅に、永遠に刻まれることだろう。

レオとの出会いは、予想外の出来事だった。しかし、それは、僕の人生に、かけがえのない経験と、深い感動を残してくれた。あの夜、何が起こったのか、正確には言えない。ただ、僕たちは互いに理解し合い、慰め合い、そして、静かに別れを告げたという事実だけが残された。それは、筋書きのない、忘れられないエロドラマではなく、人間の心の深淵に触れた、静かな物語だった。


そして、残されたポストカードの裏には、小さな文字でこう書かれていた。「ありがとう。また、どこかで…」