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## 校庭の沈黙

放課後の校庭は、蝉の鳴き声すら消え失せたような静寂に包まれていた。吹奏楽部の練習は既に終わり、かすかな余韻だけが空気に漂っていた。校舎の窓から漏れる蛍光灯の光は、薄暮に染まる空の下、ひっそりと佇む木々のシルエットを際立たせていた。

その静寂の中に、一組の男女がいた。三年生の和泉優斗と、同じクラスの早川美咲だ。優斗は吹奏楽部のトランペット奏者、美咲は書道部員で、普段は接点のない二人だった。しかし、最近、ひそかに親密になっていた。

「今なら誰もいないから…」

美咲は、優斗にそう囁いた。最近、大人びた服装をするようになった美咲は、黒のストッキングを履いていた。その透ける生地を通して、白いパンティーの輪郭がかすかに見えた。優斗は息を呑んだ。その光景は、美咲の普段とは違う、妖艶な雰囲気を醸し出していた。

優斗は美咲の言葉の意味を理解した。校庭の隅にある、廃墟同然の旧音楽室。そこは、彼らの秘密の場所になっていた。誰にも邪魔されずに、二人だけの時間を過ごせる、唯一の空間だった。

旧音楽室のドアを開けると、埃っぽい空気が鼻をついた。窓ガラスは割れており、夕焼けが室内に差し込んでいた。朽ちかけた楽器や楽譜が散乱する、薄暗く静かな空間。美咲は少し躊躇しながらも、優斗の手を取り、奥へと進んでいった。

二人は、古びたピアノの前に座り込んだ。夕焼けの光が、美咲の顔に柔らかく当たり、彼女の表情をより一層美しく見せていた。優斗は美咲の手を握りしめ、彼女の体温を感じた。それは、優斗がこれまで経験したことのない、温かく、そして少し震えるような感触だった。

「優斗くん…」「美咲…」

二人の言葉は、静寂の中で、小さな波紋のように広がっていった。優斗は美咲の目を見つめ、彼女の気持ちを確かめるように、ゆっくりと口づけをした。それは、初めてのキスだった。

それから、二人は互いの体を重ね合った。美咲の黒ストッキングは、優斗の指先に絡みつき、その感触は、優斗の心をとらえた。優斗は美咲の身体の美しさに驚き、その柔らかさに酔いしれた。しかし、同時に、優斗は罪悪感のようなものも感じた。校内で、しかもこんな場所で…という罪悪感。

その夜、二人は互いの秘密を共有し、互いの心を確かめ合った。しかし、その秘密は、いつの日か誰かに知られるかもしれないという不安も、同時に抱えていた。


***

それから数日後、優斗は別の場所で、別のカップルを目撃した。それは、校舎の裏手にある倉庫だった。男女は、倉庫の薄暗い隅で抱き合っていた。優斗は、彼らを見つめながら、自分と美咲のことを思い出した。彼らも、自分たちと同じように、誰にも知られずに、密かに恋に落ち、そして、密かに愛し合っていたのだ。

次のシーンでは、校舎屋上にいた優斗は、遠くのマンションの窓に灯る明かりを見つめていた。その光の中に、男女のシルエットが見えた気がした。遠くから、しかし確実に、そのシルエットは男女が親密な行為をしていることを示唆していた。優斗は、遠くの男女の行為に、自分と美咲を重ねて見ていた。

最後のシーンでは、卒業式の日。優斗と美咲は、校庭で他の卒業生と一緒になって写真撮影をしていた。しかし、優斗は、美咲の少し離れたところ、人ごみの陰に隠れるように立っていた。卒業式が終わった後、二人は、もう二度と会うことはないだろうと、お互いに暗黙の了解で感じていた。


校庭の様々な場所で、それぞれの恋が芽生え、そして、静かに終わりを迎えていった。それぞれの恋は、静寂の中に隠され、誰にも知られることなく、消えていった。しかし、その記憶は、優斗の心の中に、いつまでも残ることだろう。その記憶は、青春の甘さと苦さ、そして、永遠に続くであろう、静かな寂しさの証として。

あの日、校庭に響いたのは、吹奏楽部の演奏音ではなく、それぞれの恋のささやきと、そして、静寂だけだった。  優斗は、静かに閉ざされた旧音楽室のドアを思い出し、遠い目をして、校門を出て行った。  彼の胸には、美咲の白く透けたストッキングと、校庭の沈黙が、鮮やかに焼き付いていた。