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## 覗き穴の向こう側

重く湿った空気が、ラブホテル「白昼夢」の一室に澱んでいた。壁紙は剥がれかけ、昭和の香りが色濃く残るその部屋で、ベテラン清掃員の山下は、いつものように黙々と作業をこなしていた。

山下は、このホテルで20年以上働いている。来る日も来る日も、様々な人間模様の残滓を片付けてきた。吐瀉物、体液、引き裂かれた避妊具、そして、消えかけた愛の言葉が走り書きされたティッシュ。それら全てが、山下の目には無機質なゴミとしか映らない。

しかし、今日は違った。

いつものようにベッドの下を覗き込んだ時、山下は小さな黒い物体を見つけた。それは、巧妙に偽装された小型カメラだった。

山下の心臓が、ドクンと跳ね上がった。

彼は、すぐにそれが何を意味するのか理解した。このホテルで、誰かが盗撮を行っていたのだ。

嫌な予感が全身を駆け巡る。山下は、震える手でカメラを回収し、ホテルの奥にある物置部屋へと急いだ。

物置部屋には、埃を被った古いパソコンが置かれている。電源を入れると、ノイズ混じりの画面がぼんやりと光を放った。山下は、カメラからデータを抜き取り、パソコンに接続した。

そして、画面に映し出された映像を見た瞬間、彼は息を呑んだ。

そこに映っていたのは、信じられない光景だった。

様々な女性たちが、それぞれの欲望のままに男と絡み合っている。元カレと再会を果たすグラマーな新妻、夫に相手にされず寂しさを抱える爆乳妻、わが子のために体を売ることを決意した美人妻、夫の上司と禁断の関係に溺れる爆乳新妻、出会い系サイトでしか満たされない美乳妻、同僚社員と危険な遊戯に興じる人妻事務員、セレブな美人妻と若手重役の逢瀬、若妻事務員と職場の中年上司の密会、そして、信じられないことに、義理の父親と近親相姦に及ぶド爆乳嫁……。

映像に映る女性たちは、皆、山下が見覚えのある顔だった。近所のスーパーでよく見かける主婦、行きつけのカフェの店員、そして、なんと、彼の娘の同級生の母親まで。

山下は、愕然とした。

これまで、彼はこのホテルで様々な人間を見てきたつもりだった。しかし、それらは全て表面的なものに過ぎなかった。彼は、彼女たちの隠された一面、欲望にまみれた素顔を、今、覗き見ているのだ。

罪悪感と好奇心が、山下の心を激しく揺さぶる。彼は、自分のしていることが倫理的に許されない行為だと理解していた。しかし、画面から目が離せない。

映像は、まるで禁断の果実のように、甘美な誘惑を放っていた。

山下は、夢中で映像を見続けた。8時間にも及ぶ記録は、まるで人間という生き物の欲望を凝縮したかのようだった。

やがて、夜が明け、鳥の鳴き声が聞こえてきた。

山下は、ようやく我に返った。

彼は、自分が取り返しのつかないことをしてしまったと悟った。盗撮という犯罪に加担し、他人のプライバシーを侵害してしまったのだ。

山下は、パソコンを閉じ、カメラを握りしめた。そして、深い後悔の念に苛まれながら、どうすべきか思案した。

警察に届け出るべきか。しかし、そうすれば、自分も共犯者として罪に問われるだろう。それに、映像に映っている女性たちの人生を破壊してしまうかもしれない。

誰にも言わずに、この秘密を墓場まで持っていくべきか。しかし、それでは、盗撮犯の悪事を許してしまうことになる。

山下の心は、葛藤で引き裂かれそうだった。

数日後、山下は決意した。

彼は、ホテルの支配人に全ての事実を打ち明けた。

支配人は、山下の告白に驚愕し、すぐに警察に通報した。

警察の捜査の結果、盗撮犯はホテルの従業員であることが判明した。彼は、過去にも同様の行為を繰り返していた常習犯だった。

盗撮犯は逮捕され、ホテルは営業停止処分を受けた。

事件は、瞬く間に世間に広まり、大きな波紋を呼んだ。

映像に映っていた女性たちは、プライバシーを侵害されたとして、ホテルと盗撮犯を訴えた。彼女たちの人生は、大きく狂ってしまった。

山下は、警察の捜査に協力し、証言を行った。

彼は、自分の罪を償うために、出来る限りのことをした。

しかし、彼を苦しめる後悔の念は、消えることはなかった。

事件から数年後、山下はラブホテル「白昼夢」を辞め、静かに暮らしていた。

彼は、二度と盗撮映像を見ることはなかった。

しかし、あの時、覗き穴の向こう側で見た光景は、彼の脳裏に焼き付いて離れない。

人間の欲望、そして、それによって引き起こされる悲劇。

山下は、そのことを生涯忘れることはないだろう。

彼は、今でも、夜空を見上げながら、あの時、覗き穴の向こう側に見えた光景を思い出す。

そして、深く後悔しながら、呟くのだ。

「覗かなければよかった…」

それは、まるで呪いのように、彼の心を蝕み続けている。