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## 17年の乾き

保奈美、41歳。結婚以来、夫の健一だけを追いかけてきた。彼の誕生日、記念日、彼の好きな料理。些細なことにも気を配り、健一が望む妻であろうと努めてきた。17年間、ひたすら健一のために尽くし、彼のそばで生きてきた。

しかし、その17年間の裏側で、保奈美の心は静かに渇いていた。健一との夫婦生活は、儀式のように型どおりで、温もりも熱もなかった。触れ合う指先はいつも冷たく、交わされる言葉は義務的なものばかり。そして、最も保奈美を深く傷つけていたのは、健一が一度として自分を「満たしてくれた」ことがなかったことだ。

「…もう、無理かもしれない」

寝息を立てる健一の隣で、保奈美は小さく呟いた。冷たいシーツに顔を埋める。胸の奥底に、形容しがたい疼きが満ちていた。それは肉体的なものだけではなく、もっと根源的な、存在そのものへの飢えだった。17年。ただひたすらに夫に尽くしてきた17年。その全てが、空虚なものだったような気がしてならなかった。

「私、本当に、ダメなんだろうか…」

スマートフォンに手を伸ばす。指先が震える。検索窓に、あの言葉を打ち込む。「夫婦生活　満足できない」「セックス　快感　感じ方」。画面に映し出される無数の情報。どれもこれも、自分とはかけ離れた世界の話のように思えた。自分の体が、自分の心が、まるで機能しない機械のように感じられる。

ある日、保奈美は偶然、ネットで見かけた広告に目を留めた。「本当の快感を知る、性感開発レッスン」。最初は気味悪く感じたが、消えぬ渇きが彼女を突き動かした。藁にもすがる思いで、そのレッスンに申し込んだ。

指定された場所は、少し落ち着いた雰囲気のマンションの一室だった。ドアを開けると、優しそうな笑顔の女性が迎えてくれた。彼女は「沙耶さん」と名乗り、保奈美に穏やかな声で語りかけた。

「保奈美さん、ようこそ。今日はゆっくり、ご自身の体と向き合ってみましょうね。」

レッスンは、保奈美が想像していたものとは全く違っていた。責められることも、否定されることもない。ただ、自分の体の内側から湧き上がる感覚に耳を傾けることを促された。沙耶さんは、保奈美の体のあらゆる部分を優しく撫でながら、そこに宿る感覚を言葉にしてくれた。

「ここはね、とても敏感な場所なのですよ。温かい風が通り抜けるような、そんな感覚を感じてみてください。」

保奈美は戸惑いながらも、沙耶さんの言葉に導かれるまま、自分の体に意識を集中させた。今まで、健一に求められるままに、ただ受け身でいた自分。自分の体が何を感じているのか、それさえも知ろうとしなかった。

沙耶さんの指先が、保奈美の柔らかな肌を滑る。その一つ一つが、今まで感じたことのない微細な響きを呼び起こす。それはまるで、長い間閉ざされていた扉が、ゆっくりと開いていくような感覚だった。

「もっと、自分を大切にしてください。あなたの体は、あなただけのものなのですから。」

沙耶さんの言葉は、保奈美の心に深く染み込んだ。17年間、健一の所有物であるかのように生きてきた自分。しかし、このレッスンを通して、自分自身が自分自身の「所有者」であることを思い出させられた。

レッスンが進むにつれて、保奈美の体は徐々に変わっていった。これまで鈍く、冷たいものだと思っていた自分の体が、驚くほど繊細で、豊かな感覚を持っていることに気づいたのだ。沙耶さんが教える呼吸法や、体の使い方。それらは、保奈美が知らなかった新しい世界を切り開いてくれた。

ある夜、健一が珍しく早く帰宅した。いつものように、保奈美は夕食を用意し、リビングで待っていた。健一は少し酔っているようだった。そして、珍しく保奈美に近づいてきた。

「保奈美…今日は、なんか違うな。」

健一の顔が近づく。保奈美の心臓が速まる。いつもの無関心な触れ合いとは違う、何かを感じた。健一の手が、保奈美の肩に置かれる。いつもなら、そこから事務的な営みが始まるだけだった。しかし、保奈美は沙耶さんから教わったことを思い出した。体の力を抜き、深呼吸をする。

健一の指が、保奈美の首筋を辿る。その瞬間、保奈美の体にピリリとした微かな電流が走った。今まで感じたことのない、微かな、しかし確かに存在する感覚。保奈美は、これまで築き上げてきた「妻としての役割」という殻を、静かに破り捨てていた。

健一の手がさらに下がり、保奈美の服の中に潜り込む。保奈美は身を固くする代わりに、そっと目を閉じた。沙耶さんの声が脳裏に響く。「感覚に身を委ねてごらんなさい。」

健一の指が、保奈美の肌に触れる。それは、これまでの無遠慮な触れ方とは異なり、どこか戸惑いながらも、探るような触れ方だった。保奈美は、沙耶さんに教わったように、その一つ一つの触れ方に意識を集中させた。

指先が肌の上を滑る感覚。冷たかったはずの健一の指先が、保奈美の体温に呼応して、かすかに温かさを帯びてくる。保奈美の体は、その変化に呼応するかのように、静かに反応し始めた。胸の奥が微かに熱を持ち、お腹のあたりに、かすかな疼きが生まれ始めた。

健一は、保奈美の予想外の反応に戸惑っているようだった。いつもなら、そこで保奈美は固く体をこわばらせ、早々に終わらせようとしていた。しかし、今夜の保奈美は違った。健一の触れられる場所に、静かに、しかし確かに、保奈美自身の意思が宿っているかのような反応を返していた。

健一の唇が、保奈美の首筋に触れる。いつもの、味気ないキスとは違う。そこには、戸惑いの中に、かすかな熱を帯びた触れ方があった。保奈美は、沙耶さんから教わった「呼吸法」を思い出した。ゆっくりと、鼻から息を吸い込み、口から細く吐き出す。その呼吸が、保奈美の体の奥底に眠っていた熱を、ゆっくりと呼び覚ましていった。

健一の手が、保奈美の胸に触れる。今まで、それほど意識したことのなかった部分。沙耶さんの声が聞こえる。「そこは、とても繊細な場所です。優しく触れてあげると、また違う感覚を教えてくれますよ。」

保奈美は、自分の体を内側から見つめるように、その触れられ方に集中した。健一の指が、優しく、しかし丁寧に、保奈美の肌を撫でる。その撫でられ方が、今まで感じたことのない、微かな、しかし確実に存在する感覚を呼び覚ました。それは、まるで、長い間眠っていた小川が、ようやく流れ出すような、そんな感覚だった。

健一の動きが、少しずつ激しくなっていく。保奈美は、恐怖や不安を感じる代わりに、その一つ一つの動きに、自分の体の反応を注意深く観察していた。健一の指先が、肌の柔らかい部分に触れるたびに、保奈美の体は微かに震えた。それは、痛みではなく、むしろ心地よい、刺激だった。

そして、ついに、その瞬間が訪れた。健一の指が、保奈美の最も敏感な場所に触れた時、保奈美の体の中で、何かが弾けた。それは、これまでの17年間で一度も経験したことのない、強烈な、そして純粋な快感だった。

「あっ…！」

保奈美は思わず、小さな声を漏らした。その声は、驚きと、そして何よりも、初めて得た官能的な感覚への戸惑いを帯びていた。健一の手が、更に力を増す。保奈美の体は、その刺激に呼応するように、波打つように揺れた。

「…っ！」

保奈美の体は、まるで意志を持ったかのように、健一の手に絡みつき始めた。それまで、ただ受け身でいた保奈美は、そこにはもういなかった。自分の体が、自分の意思で、快感を求めて動いている。

「あ…ああ…！」

保奈美の体が、激しく震え始めた。健一の指先が、保奈美の内側をゆっくりと滑る。その度に、保奈美の体は今まで経験したことのないような高揚感に包まれた。喉の奥から、抑えきれない吐息が漏れる。

「保奈美…？」

健一の声が、少しだけ戸惑いを含んで響く。しかし、保奈美はもう、健一の声を聞く余裕はなかった。彼女の意識は、完全に自分の体の中で起こっている、驚くべき変化に集中していた。

そして、ついに、保奈美の体の中で、何かが大きく弾けた。それは、これまでの17年間の乾きを洗い流すような、激しく、そして純粋な波だった。保奈美は、その波に全身を委ねた。初めて感じる、本物の快感。それは、想像していた以上に、官能的で、そして解放的なものだった。

「…っ、はぁ…」

息も絶え絶えになりながら、保奈美はそっと目を開けた。健一は、少し呆然とした表情で、保奈美を見つめている。その表情は、今まで保奈美が見てきた、あの冷たく無関心な表情とは全く異なっていた。

「保奈美…お前…」

健一の言葉は、そこで途切れた。保奈美は、健一の顔を真っ直ぐに見つめ返した。17年間の、静かな我慢の時間が、この瞬間、確かに終わりを告げたような気がした。

保奈美は、健一の腕にそっと寄り添った。まだ、完全に満たされたわけではない。しかし、確かに、希望の光が差し込んだのを感じていた。あの性感開発レッスンが、保奈美に教えてくれたのは、単なる肉体的な快感だけではなかった。それは、自分自身の体と心に向き合い、自分自身を大切にすることの尊さだった。

これからの夫婦生活が、どのように変わっていくのか、保奈美にはまだ分からない。しかし、保奈美は、自分の体が感じ始めた新しい感覚を、大切に育てていこうと決めた。17年の乾きは、まだ完全に癒えたわけではないかもしれない。それでも、保奈美はもう、以前の自分ではない。彼女は、自分自身の快感を知り、それを求める権利があることを知ったのだ。そしてそれは、健一との関係にも、必ず変化をもたらすだろう。保奈美は、静かに微笑んだ。17年の、長い、長い乾きに、ようやく終止符が打たれる予感がした。