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## 秘められた熱情

「えー、本日も始まります！『モテない男のラブキッチン』！司会はこのワタクシ、タカシと！」

華やかなスタジオに響き渡る威勢の良い声。その隣で、少し緊張気味の表情を浮かべた、品のある着物姿の女性が微笑んでいる。彼女の名は、佐藤花。今夜の「モテない男」、いや、ゲストである佐藤健一氏の妻だ。

「そして、健一さんの奥様、佐藤花さんです！花さん、今日はどんな愛妻料理を披露してくださいますか？」

明るい声で振られるカメラに、花は少し照れたように手を振った。

「今日は、主人の大好物の、豚の角煮を作りました。心を込めて、丁寧に煮込みましたので、ぜひ召し上がっていただきたいです。」

その控えめな言葉とは裏腹に、彼女の瞳の奥には、確かな情熱の火が宿っていた。スタジオを埋め尽くす観客の視線は、もっぱら佐藤健一氏に注がれている。彼は、まさに「モテない・冴えない」の代名詞のような男だった。くたびれたスーツ、眼鏡の奥で泳ぐ濁った瞳、そして何よりも、人の目を避けがちな気弱な雰囲気。彼女のような radiant な女性と、どうして結婚できたのか。誰もが不思議に思っていた。

「いやー、それにしても花さん。健一さんって、ほんっと、なんというか、個性的ですよね？」

MCのタカシが、お決まりの切り込みを入れた。

「あの、服装からして、もうちょっとこう…どうにかならないのかなと？ 毎回思うんですけど、奥さんとしては、そこんとこ、どう思ってるんですか？」

タカシの言葉に、スタジオからは期待に満ちた笑い声が起こる。他のパネリストたちも、興味津々といった表情で花を見つめていた。彼らは皆、健一氏のダメっぷりを肴に、花という素晴らしい女性の魅力を引き出すことを楽しみにしていたのだ。

しかし、花は微動だにしなかった。彼女は、健一氏の隣にそっと寄り添うと、その細い腕で彼の肩を包み込むように支えた。

「主人は、とても誠実で、優しい人です。お洒落に無頓着なだけですよ。それに、私は主人のその飾らないところが、とても好きなんです。」

その言葉は、スタジオの空気を一変させた。タカシは一瞬言葉に詰まり、他のパネリストたちも、少し気まずそうな顔で視線を逸らした。まるで、幼い子供を庇う母親のような、健気なまでの愛情表現。それは、彼らが期待していた「お直し」の対象ではなく、むしろ守るべき対象であったのだ。

「いやー、しかし花さん。その庇う姿、健一さんもさぞかし心強いでしょうねぇ。」

タカシは、気を取り直して話を続けようとした。しかし、その言葉の途中で、健一氏が口を開いた。

「いや、あの、妻は、いつも私に、もっとこう、きちんとしろと、言ってるんですよ。私のために、一生懸命考えてくれてるのに、私は、応えられていない。本当に、情けないと思っています。」

健一氏の声は、いつものように弱々しかったが、その言葉には、ひっそりと、しかし確かに、花への感謝と、自身の不甲斐なさへの悔恨が滲んでいた。その生真面目な告白に、観客席から、微かな感嘆の声が漏れる。

「え、えー、健一さん、まさか、そんなご本心は…！」

タカシは、少し動揺していた。本来なら、ここで健一氏をさらに追い詰めて、花にフォローさせる、という流れが定番なのだ。しかし、健一氏のあまりにも素直な言葉は、その流れを断ち切ってしまった。

「あの、それにしても、今日の花さんの、その、浴衣姿、すごく綺麗ですね…」

健一氏の言葉に、スタジオは静まり返った。タカシは、目を丸くして健一氏を見つめた。他のパネリストたちも、驚愕の表情を浮かべていた。

健一氏の言葉は、紛れもない、妻への賛辞だった。冴えない、モテない男が、妻の美しさを素直に称賛する。それは、この番組では、決して見られない光景だったのだ。

花は、健一氏の言葉に、顔を紅潮させた。彼女は、これまでも健一氏から「綺麗だね」と言われたことはあった。しかし、今日の彼の瞳は、いつもと違った。そこに映っていたのは、照れ隠しでも、お世辞でもない、心からの愛情だった。

「ありがとうございます、主人。私も、主人がいつも、私のことを一番に考えてくれるから、こうしていられるんです。」

花は、健一氏の手を、そっと握った。その瞬間、スタジオ全体が、温かい空気に包まれた。タカシは、思わず言葉を失った。他のパネリストたちも、彼らの間に流れる、静かで確かな愛情の絆に、心を打たれていた。

料理の試食が始まった。花が丹精込めて作った豚の角煮は、口の中でとろけるような柔らかさで、奥深い旨味が口いっぱいに広がった。健一氏は、フォークで角煮を突きながら、感無量の表情を浮かべていた。

「う、うまい…！花、本当に、本当にうまいよ…！」

その言葉は、彼の喉から絞り出すような、魂の叫びだった。彼は、涙目で角煮を食べ進めた。まるで、長年飢えていたものをようやく口にしたかのように。

「これ、本当に、妻が、作ってくれたのか…？」

彼は、まだ信じられないといった様子で、花に問いかけた。

「ええ、そうですよ。主人のために、心を込めて作りました。」

花の笑顔は、まるで陽だまりのように暖かかった。健一氏は、その笑顔に見守られながら、一心不乱に角煮を食べ続けた。

「ごめん…花…こんな、ダメな俺なんかに…」

彼は、涙を拭いながら、絞り出すように言った。その言葉は、彼が今まで抱えてきた、全てのコンプレックスと、妻への感謝の念を、全て物語っていた。

タカシは、この異様な展開に、少し戸惑いを隠せなかった。本来なら、ここで「いやー、健一さん、まだまだですよ！もっと頑張らないと！」と煽るべきだろう。しかし、目の前の光景は、そんな言葉を一切受け付けないほどに、純粋で、感動的だった。

「あの、健一さん。ところで、この角煮、本当に奥さんだけの力で、作られたんですか？ なんか、こう、専門家の手が入ってるんじゃないかと…？」

タカシは、最後の望みを託すように、そう問いかけた。しかし、花は、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「いいえ、全て私一人で作りました。ですが、一つだけ、秘密があるんです。」

彼女は、健一氏の耳元で何かを囁いた。健一氏は、その言葉を聞くと、顔を真っ赤にした。

「え…？ そ、それって…？」

「ええ。実は、隠し味に、私の『愛情』をたっぷり入れました。」

花の言葉に、健一氏は、顔をさらに紅潮させた。彼女の「愛情」が、具体的にどのような形で角煮に反映されたのか。それは、この場にいる誰もが想像しうる範囲を超えていた。

「いやー、しかし花さん、その『愛情』って具体的にどういう…」

タカシが、核心に迫ろうとしたその時、健一氏が、立ち上がった。

「ごちそうさまでした！ 花、もう一杯！」

彼は、普段の気弱な姿からは想像もつかないような力強い声で、花に話しかけた。そして、そのまま、彼女の手を掴んだ。

「あの、私、もう、これ以上は…」

花は、恥ずかしそうに抵抗しようとした。しかし、健一氏の瞳は、いつも以上に真剣だった。

「いやだ。花が俺のために、一生懸命作ってくれた。俺も、花のために、何かしたいんだ。それに…」

健一氏の視線は、花の大胆な服装…しかし、健一氏にとっては、彼女の全てが愛おしく見えた…へと向けられた。

「…それだけじゃ、足りない気がするんだ。」

彼は、そう言うと、花の顔を覗き込んだ。その瞳には、普段は見えない、熱いものが燃え盛っていた。それは、長い間、誰にも見せることのできなかった、秘められた熱情だった。

「主人…？」

花は、戸惑いの表情を浮かべた。しかし、健一氏の真剣な眼差しに、彼女の抵抗する気力は失われていった。

「あの、健一さん。ここで、その、色々と…」

タカシが、慌てて制止しようとした。しかし、健一氏は、もう彼の言葉を聞いていなかった。彼は、花の顔を優しく撫でると、そのまま、彼女の唇に、そっとキスをした。

それは、テレビの前で放送されるような、華やかで情熱的なキスではなかった。しかし、そのキスには、今まで彼が抱えてきた全ての人見知りや劣等感を打ち破るほどの、純粋な愛情と、溢れんばかりの感謝が込められていた。

そして、そのキスは、花にとって、今まで感じたことのないほどの、衝撃だった。

「……っ！」

花は、息を呑んだ。彼女の体は、健一氏のキスに、直接的な反応を示した。ほんの数秒のキスだったにも関わらず、彼女の下腹部は、まるで奔流のように熱を帯び、じんわりと湿り気を帯び始めた。それは、あまりにも急激で、あまりにも強烈な、体の変化だった。

「え…？」

彼女は、自分自身の体の変化に、内心驚いていた。今までも、健一氏とスキンシップはあった。しかし、これほどの感覚は、初めてだった。まるで、彼のキスが、彼女の中の眠っていた性を、一瞬で呼び覚ましたかのようだった。

「花…？」

健一氏が、心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。花は、顔を真っ赤にして、俯いた。

「だ、大丈夫です…」

しかし、その声は、震えていた。彼女の体の熱は、まだ収まっていなかった。むしろ、健一氏の言葉を聞くたびに、さらに高まっていくようだった。

「あの、健一さん。もう、時間ですので…」

タカシが、必死に番組の進行を伝えようとした。しかし、健一氏は、まるで耳に入っていないようだった。彼は、花の顔をもう一度見つめると、その両手を彼女の腰に回した。

「いやだ。花。今夜は、お前と、ずっと一緒にいたい。」

その言葉を聞いた花は、さらに顔を赤らめた。彼女は、健一氏の腕の中で、小さく頷いた。

「はい…私も、主人と、一緒にいたいです。」

彼女の言葉を聞いて、健一氏の顔に、満面の笑みが広がった。それは、子供のように純粋で、誰よりも幸せそうな笑顔だった。

「本当か？ よし、じゃあ、二人で、ゆっくり休もう。」

彼は、そう言うと、花の肩を抱き、スタジオを後にした。観客席からは、割れんばかりの拍手と歓声が送られた。それは、彼らが予想していた「モテない男の悲哀」ではなく、むしろ「愛の力」に対する、祝福の拍手だった。

タカシは、呆然とその背中を見送っていた。

「いやー、まさか、ああなるとは…。しかし、奥さんの健一さんへの愛情、そして健一さんの奥さんへの愛情。本当に、感動的でしたねぇ。」

彼は、カメラに向かって、精一杯の笑顔を作った。しかし、その胸の内には、何とも言えない、不思議な感情が渦巻いていた。それは、かつてないほどに、真実の愛に触れた、感動と、そして少しばかりの羨望の念だったのかもしれない。

一方、スタジオを出た健一氏は、花の顔を覗き込みながら、彼女の手を優しく握った。

「花。今夜は、本当に、ありがとう。」

「いいえ、こちらこそ、主人。私こそ、ありがとう。」

二人の間には、言葉はもう必要なかった。彼女の体は、先ほどのキスの余韻をまだ引きずっていた。そして、健一氏の瞳には、これから始まる、二人だけの夜への期待が、静かに灯っていた。

その夜、彼らの寝室で起こったことは、決してテレビで放送されることのない、ただ二人だけの、秘められた熱情に満ちた、甘く、そして愛おしい時間となったのであった。