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## 偽りの旅、欲望の果て

青々とした新緑が風にそよぎ、都心の喧騒とは無縁の静けさを湛えるカフェ。花咲いあん（25）は、お気に入りのハンドメイドのワンピースに身を包み、手に持った旅行雑誌のページをめくっていた。結婚してまだ4ヶ月。夫の隆史は仕事で忙しいが、たまに訪れる休日には二人で素敵な場所へ出かけるのが楽しみだった。

今回の雑誌の読者参加企画は、「心ときめく、秘密の隠れ家旅行」。都心から少し離れた、知る人ぞ知る秘境の温泉宿が舞台らしい。「いいな〜、こんな旅、隆史と行けたら最高だろうな」と、いあんはうっとりとため息をついた。

そんな彼女の元に、ある日突然、メールが届いた。差出人は、あの旅行雑誌の編集部。なんと、今回の「秘密の隠れ家旅行」のモニターに選ばれたというのだ。しかも、夫の同行も可能とのこと。喜び勇んで返信すると、詳しい説明を受けるため、編集部のオフィスへと案内されることになった。

しかし、実際に訪れたオフィスは、いあんが想像していたよりもずいぶんと雑然としていた。机の上には、あちこちから持ってきたような小道具や、飲みかけのペットボトルが散乱している。「あの…モニターの件で…」と声をかけると、一人の男性が顔を上げた。彼は、雑誌で見たこともある、有名な旅行作家だという。

「ああ、花咲さん。お待ちしていましたよ。今回は特別企画でね、読者の皆さんに本当にリラックスしていただくために、少しばかり特別な演出をさせてもらっているんです」

男性はそう言うと、いあんを手招きし、奥の部屋へと通した。そこには、さらに多くのスタッフと、撮影機材らしきものが運び込まれていた。そして、桌子の上には、色とりどりのグラスと、数種類のボトルが並んでいる。

「今日は特別に、リラックス効果のある特製カクテルを用意しました。この中のどれかを選んでください。旅の始まりですから、まずは乾杯しましょう」

いあんは少し戸惑いながらも、一番綺麗な色のカクテルを選んだ。フルーティーで甘い味に、いあんは思わず目を細める。「美味しいですね！」と伝えると、男性は満足そうに頷いた。

「そうですか。それは良かった。さあ、どんどん飲んでください。心も体も解き放って、最高の旅を楽しんでいただきましょう」

言葉とは裏腹に、その男性の目はどこかギラついていた。いあんは、美味しいカクテルに酔いしれ、次第に気分が高揚していくのを感じていた。スタッフの一人が、いあんの隣に座り、親しげに話しかけてくる。彼女は、いあんの夫の隆史に似た雰囲気を持つ、魅力的な男性だった。

「花咲さん、今日は楽しんでますか？僕も旅行が大好きなんです。特に、人里離れた温泉地で、美味しいものを食べて、ゆっくりとくつろぐのが最高ですね」

彼の話に、いあんは共感し、次第に打ち解けていった。カクテルを重ねるうちに、いあんの頭の中はぐらつき始め、現実と非現実の境界線が曖昧になっていく。そして、その男性は、いあんの耳元で囁いた。「この後、特別な体験をしてみませんか？ここでしかできない、秘密の体験を…」

翌朝、いあんが目を覚ますと、そこは見知らぬホテルのベッドの上だった。体に残る倦怠感と、ぼんやりとした記憶の断片に、彼女は混乱した。昨夜の出来事が、まるで悪夢のように蘇ってくる。あの旅行作家の不気味な笑顔、そして隣で囁いてきた男の声…。雑誌のモニター企画は、全て嘘だったのだ。

絶望と屈辱感に打ちひしがれるいあん。彼女の結婚生活は、この卑劣な嘘によって、大きく揺るがされてしまった。

一方、港区の高層マンションで優雅な生活を送る宮下華奈（26）もまた、旅行雑誌の読者企画に心躍らせていた。大手広告マンである夫との結婚生活は順風満帆で、華奈自身もかつては人気読者モデルとして活躍していた。現在は、雑誌の取材や撮影の依頼を受けつつ、日々の贅沢な暮らしを満喫していた。

今回の企画は、「セレブが体験する、非日常のラグジュアリーリゾート旅」。ハワイの高級リゾートを舞台に、特別ゲストとして有名な男性俳優も参加するという内容に、華奈は目を輝かせた。

編集部から届いたメールには、詳細な打ち合わせのために、都内の一流ホテルのラウンジで会うと書かれていた。期待に胸を膨らませて向かった華奈の前に現れたのは、雑誌の担当者と、見たことのない数人のスタッフ、そしてあの男性俳優だった。

「宮下さん、ようこそ。今回の企画は、読者の皆さんに本当の贅沢と非日常を体験していただくために、私たちも全身全霊を込めて準備しました」

担当者は、ニコニコと笑顔で言った。テーブルには、シャンパンのボトルが並び、華奈のために用意されたかのような豪華なスナックが並べられている。

「このシャンパンは、特別に用意したものです。特別な旅の始まりに、是非お召し上がりください」

華奈は、その美しいシャンパンに誘われるように、グラスを傾けた。俳優も気さくに話しかけてくれ、華奈は次第にリラックスしていった。しかし、その雰囲気の中に、どこか違和感を覚える部分もあった。スタッフの一人が、華奈の肩に手を置き、耳元で囁いた。「宮下さん、今日のあなたは本当に輝いていますね。この輝き、もっと引き出せませんか？」

その言葉に、華奈の心はざわつく。しかし、シャンパンの酔いと、目の前の俳優の魅力的な笑顔に、彼女は流されてしまった。撮影は、次第にエスカレートしていく。カメラマンの指示は大胆になり、スタッフの視線は熱を帯びていく。華奈は、自分が何のためにここにいるのか、徐々に分からなくなっていった。

気がつくと、華奈はホテルの部屋のベッドの上にいた。体にまとわりつく、見知らぬシーツの感触。そして、自分の体から湧き上がる、抗えないほどの熱。昨夜、あの俳優と、そしてスタッフたちと、一体何があったのか…。彼女は、自分が深い欲望の渦に呑み込まれていくのを感じていた。

そして、深い眠りに落ちたかと思った矢先、再び体に衝撃が走る。昨夜とは違う、別の男の気配。華奈の意識は遠のきながらも、その体が勝手に反応してしまうのを感じていた。

雑誌の企画は、読者の好奇心と欲望を煽り、それを餌に、無邪気な女性たちを欺くための、悪質なビジネスだった。華咲いあんと宮下華奈。二人の女性の人生は、この偽りの旅によって、深く傷つけられてしまったのだ。彼女たちの心には、旅の思い出ではなく、屈辱と深い絶望だけが残された。そして、その体験が、彼女たちのその後の人生に、どのような影を落としていくのか…。それは、まだ誰にも分からない、暗い未来だった。