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## 密室の秘め事

ビジネスホテルの一室。加藤は、窓の外に広がる夜景をぼんやりと眺めていた。出張先での仕事は、予想以上に疲労が溜まっていた。ふと、スマートフォンの画面に目をやると、予約しておいたメンズエステの到着予定時刻が近づいていた。

「そろそろかな」

加藤は、慣れた手つきで部屋の明かりを少し落とした。ビジネスホテルでの出張は、孤独との戦いでもある。そんな時、こうしてプロの施術を受けるのは、一種の贅沢であり、自分へのご褒美のようなものだった。

ドアをノックする音が響く。加藤は、軽く胸を撫で下ろしてからドアを開けた。そこに立っていたのは、想像していたよりも若い女性だった。黒髪をきれいにまとめ、清潔感のある制服に身を包んでいる。しかし、その瞳の奥には、どこか憂いを帯びたような、複雑な光が宿っているように見えた。

「はじめまして。本日は、私、桜井が担当させていただきます」

丁寧な言葉遣いと、落ち着いた声。加藤は、彼女の第一印象に好感を持った。

「よろしくお願いします」

加藤は、彼女を部屋へと招き入れた。彼女は、テキパキと施術の準備を進めていく。アロマオイルの穏やかな香りが、部屋に広がり始めた。

「では、まずはお体の状態を伺いますね。何か気になる箇所はございますか？」

桜井は、加藤に優しく問いかけた。加藤は、日頃のデスクワークで凝り固まった肩や腰のことを伝えた。彼女は、真剣な表情で耳を傾け、時折、頷きながらメモを取っている。

施術が始まった。彼女の手は、驚くほど丁寧で、的確だった。筋肉の凝りを見つけると、そこを重点的にほぐしていく。加藤は、日頃の疲れがじんわりと癒されていくのを感じていた。

「…気持ちいいですね」

思わず、声が漏れた。桜井は、にこやかに微笑んだ。

「ありがとうございます。加藤様、お仕事お疲れ様でございます」

その言葉に、加藤は少しだけ胸をくすぐられた。彼女の口調には、単なるサービス業としての言葉遣い以上の、温かみのようなものが感じられた。

施術が進むにつれて、部屋の雰囲気は、よりリラックスしたものになっていった。流れる音楽も、静かで心地よい。加藤は、半分眠ったような状態で、彼女の手の感触に身を委ねていた。

ふと、加藤は、彼女の指先が、自分の体に触れる感触が、少しだけいつもとは違うように感じた。それは、単なるマッサージの技術というよりも、もっと直接的な、肌と肌が触れ合うような、温かい熱を帯びた感触だった。

（あれ？）

加藤は、かすかに違和感を覚えた。しかし、それは不快なものではなかった。むしろ、心地よい刺激として、体の奥深くに響いてくるようだった。

「桜井さん、少し…」

加藤がそう言いかけた時、桜井の手が、加藤の腰からゆっくりと、下へと移動していった。そして、そこで留まった。

「…これは、特別オプションになります」

桜井は、微かに息を潜めるように言った。その声には、先ほどとは違う、どこか甘ったるい響きが混じっていた。

加藤は、瞬時に状況を理解した。ビジネスホテルで、メンズエステを呼ぶ客の中には、そうした「特別オプション」を期待する者もいるという話は、耳にしたことがあった。しかし、まさか自分が、このような状況に置かれることになるとは思っていなかった。

「特別オプション…ですか？」

加藤は、努めて平静を装った。しかし、心臓は早鐘を打っていた。

「はい。少し、ご褒美として…」

桜井の言葉は、そこで途切れた。彼女の指先が、加藤の体に、ゆっくりと、しかし確実に、愛情を込めるように触れていく。その感触は、単なるマッサージとは異なり、体の奥底にある、眠っていた欲求を刺激するかのようだった。

加藤は、脳裏に浮かんだある噂を思い出した。それは、女性エステティシャンが人妻である場合、未婚の女性よりも性に開放的であるという、歪んだ噂だった。まさか、目の前にいる彼女が、そんな…？

「…いけません」

加藤は、絞り出すように言った。それは、自分自身への戒めでもあった。

「…なぜですか？」

桜井は、顔を上げ、加藤の顔をじっと見つめた。その瞳には、期待と、そしてわずかな失望が入り混じっているように見えた。

「私は…」

加藤が言葉を続けようとした時、桜井は、加藤の腰に回した手を、さらに強く、そして大胆に動かした。その動きは、もはやマッサージとは呼べない、明白な性的挑発だった。

「…ダメです、桜井さん」

加藤は、必死に抵抗しようとした。しかし、彼女の指先は、加藤の体の、最も敏感な部分に触れようとしていた。その圧倒的な彼女の誘惑に、加藤の理性は、徐々に溶け始めていた。

（いけない…、いけないんだ）

加藤は、自分を奮い立たせようとした。しかし、日頃のストレス、孤独、そして目の前で繰り広げられる、あまりにも官能的な行為。それらが、加藤の理性を、巧みに、そして容赦なく、揺さぶっていく。

「…もう少しだけ…」

桜井は、甘く囁いた。その声は、加藤の耳元で、催眠術のように響く。加藤は、抗うことができなかった。彼女の指先が、ついに、加藤の体の、最も奥深くまで到達した。

それは、禁断の、しかし抗いがたい快感だった。加藤は、もはや自分を制御することができなかった。桜井の、洗練された、しかし情熱的な指使いに、身を任せるしかなかった。

部屋の空気が、一気に熱を帯びていく。加藤は、桜井の、甘く、そして切ない喘ぎ声を聞きながら、自分の中の、抑えきれない衝動に、身を委ねていった。

…

数時間後。

加藤は、一人、ホテルのベッドに横たわっていた。部屋の明かりは、まだ薄暗いままだった。桜井は、すでに部屋を出ていた。

加藤の体は、心地よい疲労感に包まれていた。しかし、その疲労感とは別に、胸には、言いようのない虚しさと、そして罪悪感が広がっていた。

（俺は、何をしたんだ…）

加藤は、自分の行為を、後悔していた。しかし、同時に、あの時、桜井の誘惑に抗えなかった自分自身への、情けなさも感じていた。

ふと、加藤は、視線を部屋の隅に動かした。そこには、いつの間にか、小さな、黒い物体が置かれていた。それは、まるで、この部屋で起こった秘密を、すべて記録するかのように、静かに、しかし確かに、そこにあった。

加藤は、その物体から目をそらすことができなかった。それは、彼が犯した過ちの、決定的な証拠となるものだった。

（まさか…）

加藤の心臓が、再び早鐘を打ち始めた。彼は、自分の身に、一体何が起こったのか、まだ完全には理解できていなかった。しかし、確かなことは、この部屋で起こった出来事が、彼の人生に、取り返しのつかない影響を与えるであろうということだった。

窓の外では、夜景が、相変わらず静かに輝いていた。しかし、加藤の目には、その光景が、ただ虚しく、そして冷たく映るだけだった。密室で、彼と桜井の間で交わされた、秘められた行為。それは、誰にも知られることのない、しかし、彼自身にとっては、決して消し去ることのできない、深い傷跡となって、心に刻み込まれていくのかもしれなかった。

この出来事が、どのようにして、誰かの手によって「仕掛けられた」のか、そしてその「仕掛け」が、どのような目的を持っていたのか、加藤はまだ知る由もなかった。ただ、暗闇の中で、彼は、一人、これから訪れるであろう、未知なる恐怖に、身を震わせるしかなかった。