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「あの、これ…」

フロントのガラスケース越しに、私は丁寧に包装されたUSBメモリを差し出した。受付の女性は、一瞬怪訝な顔をしたが、すぐににこやかにそれを受け取った。

「ありがとうございます。お部屋は…703号室でよろしいですね？」

「はい、そうです。」

私は、かつてこのホテルのオーナーだった男の息子として、このホテルには特別な思い入れがあった。廃業寸前だったこのホテルを、父は愛し、守り抜こうとした。そして、父が遺したこのUSBメモリには、彼がこのホテルの「裏側」で何を見ていたのか、その一部が記録されているはずだった。

ホテルのエレベーターに乗り込み、7階へと向かう。壁には、父が経営していた頃の、活気あふれるホテルの写真が飾られていた。どれも、父の熱意と、そこに集まる人々の笑顔が写し出されている。しかし、父が亡くなってから、ホテルは急速に衰退していった。

703号室のドアを開けると、そこはかつて私たちが家族で過ごした、広々としたスイートルームだった。しかし、今はどこか寂れた雰囲気が漂っている。窓の外には、眠らない街のネオンが瞬いていた。

USBメモリをノートパソコンに挿し込み、ファイルを開く。そこに映し出されたのは、驚くべき映像だった。

最初の映像は、ある裕福そうな女性だった。上品なドレスを身にまとい、優雅な仕草で部屋に入ってきた。しかし、その表情にはどこか退屈そうな、満たされないものがあった。やがて、一人の男性が現れる。それは、彼女の夫ではなかった。二人の間には、抑えきれない情熱が渦巻いていた。

次に映し出されたのは、球場で働く若い女性だった。汗を光らせながら、観客のためにビールの売り子をしている。しかし、彼女の視線は、スタンドにいる一人の男性に釘付けになっていた。その男性は、マスクとスーツに身を包んだ、スーツアクターらしき人物だった。彼らは、観客の目を盗むように、熱い視線を交わし、そして…。

さらに、パートで働く主婦らしき女性の映像が続いた。彼女は、隣の部屋に住む中年男性と、秘密の逢瀬を重ねていた。彼女の表情には、罪悪感と同時に、抑えきれない興奮が入り混じっていた。

そして、驚くべき映像が映し出された。それは、下着泥棒として捕まったという女性の姿だった。しかし、彼女は抵抗するどころか、むしろそれを楽しんでいるかのようだった。そして、彼女の隣には、怪しげな男がいた。

これらの映像は、父がこのホテルで何を見ていたのか、その断片だった。父は、このホテルの「裏側」で、人々の欲望が剥き出しになる様を、静かに見守っていたのだ。

私は、父の残したこのUSBメモリをどうすればいいのか、分からなくなった。これらの映像は、父の秘密であると同時に、ここに映し出された人々の秘密でもあった。

「父さん…あなたは、一体何を伝えようとしていたんだ？」

窓の外のネオンが、私の孤独な部屋を照らし出していた。このホテルは、父の夢であり、そして、人々の欲望が交錯する場所だった。私は、父の遺志を継ぎ、このホテルをどうしていくべきか、深く考えさせられた。

このホテルは、ただのラブホテルではなかった。それは、人々の隠された欲望、そして、その欲望がもたらす一瞬の幸福と、その後の虚無感を描き出す、舞台でもあったのだ。

私は、父が遺したこのUSBメモリを、そっと握りしめた。このホテルに、そして、この街に、父が遺したものは、決して小さくない。私は、父の意思を汲み取り、このホテルを、そして、この街に、新たな光を灯していくことを誓った。

しかし、その誓いが、どのような未来をもたらすのか、私にはまだ分からなかった。ただ、このUSBメモリに記録された映像が、私に、そして、このホテルに、新たな物語をもたらすことは、間違いなかった。

私は、ノートパソコンの電源を落とした。USBメモリは、そのままパソコンの中に残しておいた。いつか、この映像を、誰かに見せる時が来るかもしれない。いや、もしかしたら、この映像を、私自身が、もう一度見返す時が来るのかもしれない。

このホテルは、これからも、人々の欲望を映し出し続けるだろう。そして、私もまた、このホテルの一部として、その欲望の波に乗りながら、自分自身の物語を紡いでいくのだろう。

眠らない街のネオンが、今日も、このホテルを照らしていた。父が愛した、このホテルを。