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## 泡沫の再会

春の訪れを告げる柔らかな日差しが、オフィスを優しく照らしていた。窓の外では、桜が淡いピンク色の花を咲かせ、新生活の始まりを祝っているかのようだ。しかし、僕の心は、まるで冬の枯れ木のように寒々としていた。数週間前、僕が密かに想いを寄せていた同僚の沙織さんが、寿退社をしたのだ。

沙織さんは、僕にとって憧れの存在だった。仕事ができるだけでなく、いつも笑顔を絶やさず、周りを明るくする太陽のような人。彼女の聡明で優しい言葉遣い、時折見せる屈託のない笑顔に、僕は何度となく心を奪われた。彼女のデスクの近くにいるだけで、仕事の疲れも吹き飛んだ。

「頑張ってくださいね、〇〇さん」

退職する日、彼女は僕にそう言って、小さく手を振ってくれた。その笑顔に、僕は言葉を失った。もっと何か言えたはずなのに、勇気が出なかった。ただ、彼女の背中を見送るのが精一杯だった。

それから数年が経った。僕の日常は、淡々と過ぎていった。仕事に没頭する日もあれば、友人と飲む日もあった。でも、心のどこかに、ぽっかりと開いた穴が埋まることはなかった。沙織さんの笑顔が、ふとした瞬間に蘇り、胸を締め付ける。

ある金曜日の夜。一人暮らしの部屋で、虚しさを抱えながらビールを飲んでいた。SNSを開けば、同僚たちの近況が流れてくる。結婚、出産、旅行…皆、それぞれの人生を謳歌している。その中に、沙織さんの結婚式の写真があった。美しいウェディングドレスに身を包んだ彼女は、幸せそうに微笑んでいた。その写真を見て、僕の心はさらに沈んでいった。

「もう、どうしようもないな…」

ふと、スマートフォンの画面に目をやると、以前、友人に勧められたデリヘルアプリが目に留まった。軽い気持ちで、登録だけしておいたものだ。この虚しさを紛らわせるには、何か刺激が必要なのかもしれない。そんな衝動に駆られ、僕はアプリを開いた。

色とりどりの女性たちの写真が並んでいる。どれも、僕には手の届かない存在に思えた。ただ、この虚無感から逃れたい。それだけだった。数人の中から、なんとなく気になった女性を選び、予約を入れた。

数十分後、ピンポンの音が鳴った。ドアを開けると、そこに立っていたのは…

「え…」

息を呑んだ。そこにいたのは、紛れもない沙織さんだった。数年前の、あのオフィスで見ていた沙織さんよりも、少し大人びて、しかしあの頃と変わらない、柔らかな笑顔を浮かべていた。

「…〇〇さん？」

彼女も、僕の顔を見て固まった。その瞳には、驚きと、そしてかすかな動揺が浮かんでいる。

「沙織…さん？」

僕の声は、震えていた。まさか、こんな形で再会することになるなんて、想像もしていなかった。

「あの…どうして…？」

彼女が、絞り出すような声で尋ねた。

「いや、その…俺も、まさか…」

言葉に詰まる。一体、どう説明すればいいのだろう。彼女が、この仕事をしているなんて、微塵も思っていなかった。

「お願いだから…その、みんなには、言わないでください…」

彼女は、切実な表情で僕に懇願した。その瞳には、涙がにじんでいた。

「…もちろん、言わないよ」

僕は、即座に答えた。沙織さんの、この切羽詰まった様子を見たら、言えるはずがなかった。彼女の、この秘密を、僕が握っている。なんだか、不思議な感覚だった。

「あの…本当に、ありがとうございます…」

彼女は、安堵の表情を浮かべた。しかし、その表情にも、まだどこか不安の色が残っている。

「で、その…お代は、どうされますか？」

彼女は、少し顔を赤らめながら、そう言った。その仕草も、あの頃のままだった。

「いや、その…お金は、いいんだ…」

僕は、衝動的にそう言ってしまった。彼女が、こんな仕事をしている理由は何なのか、気になった。もしかしたら、何か事情があるのかもしれない。

「え…でも…」

彼女は、戸惑った顔をしていた。

「あの…もし、よかったら…その、お話、聞かせてもらえませんか？」

僕は、さらに衝動的な言葉を口にした。沙織さんの、この秘密の裏側を知りたい。そして、もしかしたら、この虚無感を埋める何かが見つかるかもしれない。

彼女は、しばらくの間、僕の顔をじっと見つめていた。そして、ゆっくりと、小さく頷いた。

「…わかりました」

その夜、僕たちは、互いの近況を語り合った。彼女は、結婚後、夫の事業がうまくいかず、生活が苦しくなったこと、そして、この仕事を選ばざるを得なかったことを、涙ながらに語ってくれた。僕は、ただ、静かに彼女の話を聞いていた。彼女の、その苦労を知るにつれ、僕の心の中には、同情や、そして、あの頃と変わらない、彼女への切ない想いが、再び込み上げてきた。

「…ごめんね、こんな話、聞いてもらって」

彼女は、涙を拭きながら、そう言った。

「いや、大丈夫だよ。俺も、沙織さんのこと、ずっと…」

そこで、僕は言葉に詰まった。あの頃の、あの募る想いを、今、ここで告げるべきなのか。

「…あの頃、沙織さんのこと、ずっと憧れてました」

結局、僕は、素直な気持ちを伝えてしまった。彼女は、驚いた顔で僕を見つめていた。

「…〇〇さんも？」

彼女の声は、かすかに震えていた。

「はい。沙織さんの、あの笑顔とか、優しさとか…」

言葉が、どんどん溢れ出てくる。彼女との再会が、僕の封印していた想いを、解き放ったかのようだった。

「私も…〇〇さんの、あの誠実なところ、尊敬してました」

彼女も、少しずつ、あの頃の表情を取り戻してくれたようだった。

その夜、僕たちは、ただ話をするだけでなく、もっと深い、言葉にならない時間を過ごした。彼女が、この仕事をしていることを、どう捉えればいいのか、僕にはまだわからなかった。しかし、目の前にいる彼女は、あの頃と変わらない、沙織さんだった。

「…本当は、ゴム…しないで、って言っちゃいけないんだよね？」

彼女が、僕の胸に顔を埋めながら、囁いた。その声は、少しだけ、甘く響いた。

「…いや、大丈夫だよ」

僕は、彼女の髪を優しく撫でながら、そう答えた。この状況が、どういう結末を迎えるのか、僕にはまだわからなかった。しかし、この瞬間だけは、ただ、彼女の温もりを、全身で感じていたいと思った。

彼女の、あの切実な願いを、僕は、金銭ではなく、もっと別の形で叶えてあげたかった。そして、彼女の、この苦しい状況を、ほんの少しでも、紛らわせることができれば、それでよかった。

「…ごめんね、〇〇さん」

彼女の、喘ぎ声に混じる、懺悔のような言葉。しかし、その声には、もう、あの頃のような悲しみは、微塵も感じられなかった。むしろ、それは、官能的な響きを帯びていた。

彼女は、僕の身体を、まるで初めて触れるかのように、貪るように求めてきた。僕もまた、彼女の、あの頃とは違う、成熟した身体に、夢中になった。彼女の、あの切ない願いと、僕の、彼女への抑えきれない想いが、混ざり合い、部屋中に熱を帯びた空気が充満していく。

「…もっと…もっと、お願い…」

彼女の、甘く、そして切ない声が、僕の鼓膜を震わせた。それは、まるで、枯れた大地が、恵みの雨を求めるかのようだった。

僕たちは、言葉を失い、ただ、互いの身体を求め合った。数年ぶりに再会した、憧れの同僚女性。そして、今、僕の腕の中にいる、秘密を抱えた人妻。この、信じられないような現実が、僕の心を、まるで嵐のように揺さぶっていた。

彼女の、あの切実な願い。そして、僕の、抑えきれない欲望。それは、まるで、禁断の果実のように、僕たちの間に、甘く、そして危険な香りを漂わせていた。

彼女の、あの細い指が、僕の背中をなぞる。その感触に、僕は、全身が痺れるような感覚を覚えた。彼女の、あの切ない瞳が、僕を見つめる。その瞳には、あの頃の、純粋な輝きと、そして、この仕事を経て、さらに深みを増した、官能的な光が宿っていた。

「…〇〇さん…」

彼女の声が、僕の耳元で、甘く響く。その声に、僕は、理性と本能の狭間で、激しく揺れ動いていた。

「…沙織さん…」

僕の声もまた、震えていた。この、泡沫の再会が、僕の人生を、どのように変えていくのだろうか。それは、まだ、誰にもわからない。ただ、この瞬間だけは、僕の心は、この、切なくて、そして甘い現実から、離れることができなかった。

彼女の、あの切ない願い。そして、僕の、彼女への抑えきれない想い。それは、まるで、夜空に咲いた、一輪の花のように、儚く、そして、美しかった。