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## 占いの甘い蜜、あるいは偽りの果実

煌びやかなネオンサインが、夜のとばりを切り裂くように街を照らしていた。その一つ一つが、人々の欲望と期待を映し出しているかのようだ。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」――古来より伝わるこの言葉は、現代においても不思議な魅力を放ち、人々を惹きつけてやまない。特に、恋愛や結婚といった人生の岐路に立つ人々にとって、占いは希望の光であり、時には安易な救済策にもなり得る。

「最近、占い師がすごい人気らしいよ。特に、婚期を逃し気味の女子たちの間でね」

カフェの窓際に座る沙織は、向かいに座る友人、明子にそう語った。手元には、最新の占い特集が組まれた雑誌が広げられている。沙織は30歳を目前にし、焦りを感じていた。大学時代から付き合っていた恋人とは別れ、その後もいくつかの恋愛を経験したが、いずれも結婚には至らず、気がつけば独身を貫いていた。

「そうなの？ 私も、そろそろ本気で考えないとって思ってるんだけど、どうしたらいいのか分からなくて」

明子もまた、沙織と同じような悩みを抱えていた。彼女はもう少し若かったが、周囲の友人たちが次々と結婚していく中で、自分だけが取り残されているような感覚に襲われていた。

「なんかね、そういう女子たちに人気の占い師がいるらしいの。婚期はもちろん、恋愛の悩みにも的確にアドバイスしてくれるって。で、さらに…」

沙織は少し声を潜めた。

「その占い師、男性らしいんだけど、どうやら『 sex 的にも熟したお姉さんたち』を占いの名目で『食いまくる』って噂もあるみたい」

「えっ、そんなことあるの？」

明子は目を丸くした。信じがたい話だったが、巷には様々な噂が飛び交うものだ。もしかしたら、その占い師は本当に特別な力を持っていて、女性たちを魅了しているのかもしれない。

「でもさ、沙織。よく考えてみてよ。もし、その占い師の言う通りにすれば、もしかしたら私達も運命の人に出会えるんじゃない？ 占いにすがりたい女子なら、方法によっては100％、いや1000％ヤレるって…」

明子は、沙織が雑誌で見つけたという、ある占いのコラムの言葉を引用した。それは、いわゆる「ヤリ男」たちが編み出したという、占いを逆手に取った恋愛必勝法を公開する内容だった。占いの結果に一喜一憂する女性心理を巧みに利用し、最終的には肉体関係へと持ち込むためのテクニックが事細かに記されていた。

「でも、それは…」

沙織は言葉に詰まった。占いに頼ることは、どこか自分自身の力で恋愛を掴み取るという姿勢から離れてしまうような気がして、抵抗があった。しかし、同時に、そのコラムに書かれた言葉が、心の奥底に眠っていた漠然とした願望を刺激するのも感じていた。

「だって、もう疲れたんだもん、一人で頑張るの。誰かに頼りたい、助けてほしいっていう気持ちもあるんだよ」

明子の言葉には、偽りのない切実さが滲んでいた。沙織もまた、同じように感じていた。仕事に打ち込み、自分磨きにも励んだ。それでも、運命の相手は現れなかった。もはや、藁にもすがりたい気持ちでいっぱいだった。

結局、二人はその週末、街で評判の占いを訪ねることにした。その占い師は、SNSでも話題の人物で、予約は数ヶ月待ちという人気ぶりだった。

「こんにちは。〇〇先生ですね」

古民家を改装したような、落ち着いた雰囲気のサロンに足を踏み入れると、上品な着物を着こなした女性が迎えてくれた。しかし、沙織が想像していたような、神秘的な雰囲気の老婦人とは異なり、若く、どこか妖艶な雰囲気を持つ女性だった。

「いらっしゃいませ。どうぞ、お掛けください」

先生と名乗る女性は、柔らかな声で二人を促した。彼女の瞳は、まるで深淵を覗き込むかのように、底知れない光を宿していた。

「今日は、どんなご相談でしょうか？」

沙織は、意を決して口を開いた。

「あの、私、もうすぐ30歳になるんですけど、まだ結婚できてなくて…」

先生は、沙織の言葉を静かに聞くと、そっと手を握った。

「大丈夫。あなたは、とても魅力的な方です。ただ、少しだけ、ご自身の魅力に気づいていないだけ」

彼女の言葉は、まるで魔法のように、沙織の心を溶かしていった。先ほどのコラムで読んだ「ヤリ男」たちの言葉が、脳裏をよぎる。しかし、目の前の女性は、そんな下卑た印象とはかけ離れていた。

「あなたの運命の人は、遠くにいるわけではありません。もっと、身近なところにいるのです」

先生は、沙織の掌をじっと見つめ、言葉を続けた。

「それは、あなたの才能を、一番理解してくれる人。そして、あなたを、大切にしてくれる人」

沙織は、先生の言葉に深く頷いた。まさに、自分が求めている人物像だった。

「でも、どうしたら、その人に巡り合えるんでしょうか？」

「焦る必要はありません。大切なのは、自分自身を愛すること。そして、心を開くこと」

先生は、沙織にいくつかの具体的なアドバイスを与えた。それは、自己肯定感を高めるための方法や、新しい出会いを見つけるためのヒントなど、占いの枠を超えた、心理学的なアプローチも含まれていた。

一方、明子もまた、先生からのアドバイスに熱心に耳を傾けていた。先生は、明子の恋愛における不安や恐れを的確に指摘し、それを乗り越えるための具体的な方法を授けた。

「あなたは、もっと自分に自信を持っていいのよ。あなたの笑顔は、周りの人を幸せにする力があるわ」

先生の温かい言葉に、明子の目には涙が浮かんでいた。

サロンを出た後、二人は興奮冷めやらぬ様子で、カフェに立ち寄った。

「すごかったね、あの先生！」

明子は、興奮気味に沙織に話しかけた。

「うん。なんか、すごくスッキリした。今まで、一人で悩んでたのが馬鹿みたい」

沙織も、心の中の重荷が軽くなったように感じていた。

しかし、その夜、沙織はふと、あのコラムの言葉を思い出した。占いを逆手に取った「ヤリ男」たちの必勝法。先生の言葉は、確かに希望を与えてくれた。しかし、その言葉を、自分自身の欲望を満たすために利用することも、不可能ではないのではないか、という考えが頭をもたげた。

数日後、沙織は、先生から教わったアドバイスを実践してみた。新しい習い事を始め、そこで出会った男性と、話すようになった。彼は、先生が言っていたように、沙織の才能を理解し、褒めてくれるような人だった。

「君の絵、すごくいいね。才能があるよ」

そう言われた時、沙織の心は弾んだ。先生の言葉が、現実のものとなったかのように思えた。そして、その男性は、先生が言っていた「心を開くこと」を促すように、沙織に積極的にアプローチしてきた。

「もっと君のことを知りたい。今度、二人でゆっくり話さない？」

その誘いに、沙織は迷わず応じた。先生の言葉を信じ、自分を愛すること。そして、心を開くこと。それが、運命の人に出会うための道だと信じていた。

しかし、その「運命の人」との関係は、沙織が想像していたような、純粋な愛の始まりとは少し違った。男性は、沙織の好意を敏感に察知し、先生から教わったような、甘い言葉を巧みに使いながら、沙織の心をさらに掴んでいった。

「君といると、本当に落ち着くよ」

「君は、僕にとって特別な存在だ」

その言葉に、沙織は次第に酔いしれていった。まるで、先生が与えてくれた「占いの甘い蜜」を、さらに濃厚に味わっているかのようだった。

一方、明子もまた、先生からのアドバイスを実践していた。以前よりも自信を持って人と接するようになり、職場の同僚との関係も良好になった。しかし、恋愛に関しては、まだ具体的な進展はなかった。

ある日、明子は、先生に再び相談することを決めた。

「先生、あの後、頑張ってるんですけど、まだ運命の人には会えなくて…」

先生は、優しく明子の話を聞いた。

「焦る必要はありませんよ。大切なのは、自分自身を愛し、心を開くこと。その気持ちがあれば、必ず、あなたにふさわしい人が現れます」

先生は、前回と同じような言葉を繰り返した。しかし、明子はその言葉の裏に、ある種の「戦略」が隠されているような気がした。あのコラムの言葉が、再び頭をよぎる。

「占いにすがりたい女子なら、方法によっては100％、いや1000％ヤレるのでは」

その言葉が、妙に明子の心に響いた。

先生の言葉を鵜呑みにするのではなく、それを「利用」する。自分から積極的にアプローチするのではなく、相手に「引き出させる」。

明子は、先生の言葉を、ある種の「ゲーム」として捉え直してみた。自分を大切にすること、心を開くこと。それは、相手に「隙」を見せることでもあった。

明子は、職場の同僚に、以前よりも少しだけ積極的に話しかけるようになった。そして、相手の些細な変化にも気づき、褒めるようにした。すると、相手からの反応が、明らかに変わってきた。

「明子さん、今日の髪型、似合ってるね」

「〇〇さんの資料、すごく分かりやすかったよ。ありがとう」

そんな些細なやり取りが、明子を勇気づけた。そして、ある日、その同僚から、食事に誘われた。

「明子さん、今度、二人でご飯でもどうかな？」

明子の心臓が、ドキドキと鳴った。先生の言葉が、現実になったかのように思えた。

しかし、その食事の席で、明子が目の当たりにしたのは、驚くべき光景だった。相手の男性は、明子に甘い言葉を囁きながら、その目は明らかに「狩り」の目だった。そして、先生の言葉を「攻略法」として実践していたかのように、的確に明子の心の隙間を突いてきた。

「君って、本当に素直で可愛いね」

「もっと、君のことを知りたいんだ」

先生の言葉は、確かに明子を「ゲーム」へと導いた。しかし、その「ゲーム」の裏には、巧妙に仕掛けられた「罠」があったのだ。

沙織もまた、その「罠」にはまりかけていた。関係は深まり、二人は肉体的な関係を持つようになった。しかし、沙織は、男性が自分を「真剣に」愛しているのか、それとも、ただ「玩んでいる」のか、確信が持てずにいた。

「私、〇〇さんのこと、好きになっちゃった」

ある夜、沙織は意を決して、そう告げた。しかし、男性の反応は、沙織が期待していたようなものではなかった。

「ありがとう、沙織。僕も、君のことが、とっても気に入ってるよ」

「とっても気に入ってる」。その言葉は、沙織の心を締め付けた。それは、恋愛の告白ではなく、まるで、自分のコレクションにまた一つ、素晴らしいものを見つけたような響きだった。

沙織は、自分が「ヤリ男」たちの必勝法に踊らされていたのだと、ようやく理解した。占いは、希望を与えてくれる一方で、同時に、恐ろしい「餌」にもなり得るのだと。

「私、あの占い師に会った時、〇〇さんみたいな人と出会えるって言われたんだ」

沙織は、苦々しい思いで、明子に打ち明けた。

「私もだよ。先生は、私に自信を持たせてくれて、私を愛してくれる人が現れるって言った。でも…」

明子もまた、同じような「餌」に食いついていたのだ。

結局、沙織と明子は、二度とあの占いのサロンを訪れることはなかった。占いの甘い蜜は、一時的な快楽をもたらしたかもしれないが、それは偽りの果実であり、彼女たちの心をさらに傷つけただけだった。

巷の占い師の人気は、今も衰えを知らない。しかし、沙織と明子は、占いの裏に隠された「罠」に気づいた。占いに頼ることは、時に希望となる。しかし、その希望を、自分自身の「欲」のために利用しようとすれば、それは、恐ろしい「餌」となり、彼女たちを深い闇へと引きずり込むだろう。

「占いにすがりたい女子なら、方法によっては100％、否1000％ヤレるのでは」。

「ヤリ男」たちが公開したその必勝法は、ある意味では真実だったのかもしれない。しかし、それは、相手を「食い物にする」ための、卑劣なゲームに過ぎなかった。そして、そのゲームに、彼女たちは、自らの意思で、あるいは、無意識のうちに、足を踏み入れてしまっていたのだ。