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## 鏡の中の告白

夜が遅く、星明かりも頼りないほどの闇が街を包み込んでいた。古びたアパートの小さな部屋で、私は一人、冷たい床に座り込んでいた。スマートフォンの画面が、私の顔を青白く照らしている。そこに映し出されているのは、私自身だった。それも、誰も見ていないはずの、最もプライベートな瞬間の私。

「まさか…」

絞り出すような声が、静寂に吸い込まれていく。信じたくなかった。信じられない。これは、悪夢だ。そう思いたかった。しかし、画面の中の女は、紛れもなく私だった。ホテルの一室。見知らぬ男との、激しく、そしてどこか空虚な交わりの記憶。そして、もっと恐ろしいのは、それが私一人ではなかったことだ。

「私だけじゃない…」

画面をスクロールする指が震える。流れてくる映像は、次々と、私の知っている、あるいは薄々知ってはいた顔ばかりだった。街角のカフェで、いつも笑顔で話していた友人。子供の学校で、世話になっているというのに、どこか冷たい視線を送ってくるママ友。そして、つい先日、近所のスーパーで、見かけたちょっと気になる年上の女性。彼女たちもまた、私と同じように、秘密の瞬間を盗撮されていた。

「どうして…誰が…？」

理由も、犯人も、全く見当がつかない。ただ、恐ろしいことだけが、現実として突きつけられていた。私たちの、誰にも見られたくない、誰にも知られたくない「性」が、無遠慮に、そして悪意を持って、世界に晒されている。

一番最初に気づいたのは、数日前だった。SNSで、見知らぬアカウントからダイレクトメッセージが届いた。「あなたの秘密、見つけちゃったよ」という、不気味なメッセージと共に送られてきたのは、私と、あのホテルの部屋にいた男の、露骨な映像の一部だった。最初は、誰かの悪質ないたずらか、あるいは詐欺だろうと思った。しかし、そのアカウントが、次々と別の映像を送りつけてくるうちに、私は恐怖に囚われた。それは、私の、あまりにも生々しい「現実」だったからだ。

そして、そのアカウントは、私だけでなく、私の周りの女性たちにも、同じようなメッセージを送っているようだった。彼女たちが、怯えながら私に連絡をくれた。顔色を変えて、「あのメッセージ、あなたも？」と尋ねてくる友人もいた。私たちは、まるで同じ穴に落ちた仲間のように、不安と恐怖を共有するしかなかった。

「どうすればいいの？警察に？」

友人の一人が、震える声で言った。しかし、我々が流出した映像は、どこからどう見ても、同意の上で行われた性行為の記録だ。それを、誰かが盗撮し、流出させたとなれば、もちろん犯罪である。しかし、その「盗撮」の証拠は、どこにもない。私たちが、自分たちの秘密を、他人に覗かれていた、という事実だけが、恐ろしくも明白だった。

「でも…こんなものを、警察に相談したら、余計に…」

別の友人が、顔を覆った。そう、我々は、自分たちの「性」という、最もデリケートで、最も個人的な部分を、公にされてしまったのだ。それを、自分たちの意志とは無関係に。

「もしかしたら、私たちが、誰かに恨まれていたのかしら？」

誰かの言葉が、静かな部屋に響く。しかし、心当たりは、何もなかった。我々は、ごく普通の、日々の生活を送っていただけだ。誰かを傷つけた記憶もない。一体、何のために、このような悪行が行われているのか。

「…いや、違う。恨みだけじゃない。これは、もっと…もっと、悪質なものだわ。」

ふと、ある考えが頭をよぎった。流れてくる映像は、ただの性行為の記録ではない。そこには、それぞれの女性の、隠された欲望、あるいは、日常では決して見せない表情が、克明に記録されていた。若く、しかし経験を積んだ、成熟し始めたばかりの女性。熟練した、人生の甘味を知り尽くしたような女性。それぞれの「熟れ具合」が、まるで商品のように、無遠慮に提示されている。

「私たちの『性』が、娯楽として、消費されている…」

それは、あまりにも残酷で、あまりにも侮蔑的な事実だった。私たちの、誰にも知られたくない、しかし確かに私たちの一部である「性」が、匿名の人々によって、覗き見され、笑われ、あるいは欲望の対象として、消費されている。

「でも、それは…私たちにも、責任がないわけじゃないのかも…」

その言葉は、自分自身への、そして仲間たちへの、最も痛烈な告白だった。私たちは、自分たちの「性」を、どこまで真摯に、そして責任を持って扱ってきただろうか。見知らぬ男との一夜の情事、あるいは、日常に疲れた時の、一時的な逃避。私たちは、自分たちの「性」を、あまりにも安易に、そして無防備に解放してしまっていたのではないか。

「あなたのSEXも覗かれているかもしれませんよ？」

あの、不気味なメッセージの最後の一文が、頭の中で反響する。そうだ。これは、私だけではない。あなたも、あの人も、かもしれない。誰もが、いつ、どこで、誰に、その秘密を覗かれているか分からない。それは、現代社会に潜む、新たな恐怖だった。

私は、立ち上がった。冷たい床に、体の冷たさが染み付いていた。窓の外に目をやると、かすかに星が見える。あの星空の下で、私たちは、それぞれに、秘密を抱え、秘密を曝け出し、そして、今、この恐怖と向き合っている。

「私たちが、できること…」

そう呟きながら、私はスマートフォンの画面を閉じた。恐怖は、まだ消えない。しかし、ただ怯えているだけでは、何も変わらない。私たちは、自分たちの「性」を、そして自分自身を、もう一度見つめ直さなければならない。それは、過去の過ちを悔いるためではない。未来のために。誰にも覗かれることのない、自分だけの、そして、真に尊い「性」を取り戻すために。

部屋の明かりをつけた。窓の外の暗闇が、少しだけ後退したように見えた。この暗闇の中で、私たちは、一人一人が、自分自身との、そして、この社会との、静かな、しかし確かな戦いを始めなければならないのだ。鏡の中の自分に、私は誓った。もう、二度と、誰かの覗き見の対象にはならない。そして、この恐怖に、屈しない、と。