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## 覗かれる世界

東條杏奈は、大学を卒業して三年目のOLだった。都心のタワーマンションに一人暮らし、仕事も順調、休日は友人とショッピングやカフェ巡りを楽しむ、どこにでもいる普通の女性だった。だから、あの夜までは。

その夜、杏奈は彼氏の川島健太と、都内でも評判の高級ホテルにいた。健太とは一年ほど付き合っており、結婚も視野に入れている、そんな関係だった。夜景の見える部屋で、二人は愛を確かめ合った。いつもと変わらない、甘く、熱い時間。その数時間後、杏奈はすっかり眠りに落ちていた。

翌朝、眩しい日差しで目を覚ました杏奈は、健太の姿がないことに気づいた。テーブルの上には、小さなメモが残されていた。「ごめん、仕事で急用ができた。すぐ連絡する。」そう書かれた健太の文字を見て、杏奈は少し残念に思いながらも、彼の仕事への真摯な姿勢を改めて感じていた。

しかし、その数時間後、杏奈の日常は崩壊した。スマートフォンの通知が鳴りやまない。友人からのメッセージ、SNSの通知、そして見慣れないメディアからの問い合わせ。混乱しながらも、杏奈は恐る恐る開いたSNSで、信じられないものを見た。

そこには、昨夜、ホテルで健太と過ごした、自分たちの「ガチSEX映像」が流出していたのだ。しかも、それは一枚や二枚ではない。 hotelの部屋、自宅のリビング、さらには、二人で訪れた隠れ家のようなレストランの個室まで。様々な場所で、様々なシチュエーションで、自分たちが愛を交わす姿が、赤裸々に、そして無修正で映し出されていた。

「これは、一体…？」

杏奈は言葉を失った。映像に映る自分は、紛れもない自分自身だ。しかし、その映像が、見知らぬ人々の目に晒されているという事実が、到底受け入れられなかった。動悸が激しくなり、冷や汗が噴き出す。

「健太…あなた、一体何を…？」

すぐに健太に電話をかけたが、繋がらない。何度かけても、応答はない。不安と恐怖が、杏奈の心を支配していった。

映像は瞬く間に拡散され、杏奈のプライベートは完全に暴かれてしまった。職場にも、友人たちの間にも、噂は広がり、好奇の視線が杏奈に突き刺さる。いつものカフェでも、馴染みの店員でさえ、杏奈を見る目が変わっていた。

「まさか、あの映像の…」

そんな囁き声が聞こえるたびに、杏奈は身を縮めた。学校時代の友人、職場の同僚、そして、かつては親密だった人々までもが、杏奈を遠巻きにする。SNSには、「熟れ始めたばかりの若熟女」「経験豊富な食べ頃熟女」といった、杏奈を揶揄するコメントが溢れていた。

「あなたのSEXも覗かれているかもしれませんよ？」

そんな恐ろしい言葉が、映像のキャプションに添えられていた。それは、杏奈だけでなく、もしかしたら、この世界に生きる多くの人々への警告なのかもしれない。

杏奈は、健太への不信感と、自分自身への嫌悪感で押し潰されそうになった。なぜ、健太はこんなことをしたのか。そして、なぜ、自分はこんな映像を撮られてしまったのか。

数日後、杏奈は憔悴しきった顔で、健太のマンションを訪れた。ドアを開けたのは、健太ではなく、見知らぬ女性だった。

「どちら様ですか？」

女性は警戒しながら杏奈に尋ねた。杏奈は、自分が杏奈であることを名乗ろうとしたが、言葉が出てこなかった。

「…もう、いいです。」

杏奈はそう言い残し、その場を後にした。健太との関係も、もう終わった。すべてが、あの夜の出来事から始まったのだ。

しかし、杏奈の戦いは、まだ終わっていなかった。自分を陥れた犯人への怒り、そして、この理不尽な世界への反抗心が、静かに芽生えていた。

杏奈は、流出した映像の元となった情報を追跡し始めた。それは、容易な道ではなかった。インターネットの闇に潜む、悪意に満ちた人間たちの姿を垣間見るたびに、杏奈は吐き気を催した。

その過程で、杏奈は、自分以外にも多くの被害者がいることを知った。年齢、職業、立場に関わらず、多くの女性たちが、同じような被害に遭っていたのだ。そして、その背後には、個人の欲望や金銭欲に駆られた、恐ろしい組織が存在することを知った。

杏奈は、一人では限界があることを悟り、同じような被害に遭った人々と連絡を取り合った。最初は、互いを慰め合うだけの集まりだったが、次第に、その被害者たちの怒りは、共通の目的へと結実していく。

「私たちは、泣き寝入りしない。」

杏奈は、決意を固めた。流出した映像の削除、犯人の特定、そして、このような犯罪が二度と繰り返されないための法整備。そのために、杏奈は、自分自身がこの戦いの先頭に立つことを決めた。

杏奈は、匿名で、被害者たちの支援団体を立ち上げた。そして、インターネット上で、流出した映像の拡散を阻止するための活動を始めた。最初は、嘲笑や批判も浴びた。しかし、杏奈の強い意志と、被害者たちの共感は、徐々に広がりを見せていった。

「あなたのSEXも覗かれているかもしれませんよ？」

かつて、杏奈を恐怖に陥れたその言葉が、今では、人々の意識を変えるための、力強いメッセージとなっていた。

杏奈は、健太の裏切りに苦しみ、自身のプライベートが暴かれる悲劇に見舞われた。しかし、その経験を通して、杏奈は、社会の闇と、人間の弱さを知った。そして、何よりも、自分自身の強さを見出したのだ。

「覗かれる世界」に生きる私たち。しかし、私たちは、決して、その世界に怯えるだけではない。自分たちの尊厳を守り、互いを守り抜くために、私たちは、立ち上がることができるのだ。

杏奈の戦いは、まだ続いている。しかし、その瞳には、かつての恐怖ではなく、確かな希望の光が宿っていた。いつか、すべての人々が、安心して愛を育むことができる、そんな未来を信じて。