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「あら、もうそんな時間？」

時計の針が午後の３時を指した時、私はため息をついた。窓の外には、鮮やかな新緑が揺れている。この緑が、私の中に眠る何かをざわつかせているのかもしれない。

夫の健一は、仕事熱心で誠実な人だ。でも、それだけ。私たちの結婚生活は、穏やかで、波風はなく、まるで鏡のような滑らかさで、退屈だった。会話は日常の連絡事項に終始し、触れ合いは形式的なものになって久しい。健一は、私を大切にしてくれているのだろう。それは分かる。でも、それだけでは、胸の奥底に蓄積された熱が、溶けていくことはなかった。

私は、もう若くはない。４０代半ば。女性としての魅力が失われていくことを、肌で感じている。鏡を見るたびに、刻まれたシワや、少しずつ重みを増す体型に、ため息が漏れる。けれど、それと同時に、内側から湧き上がる、抑えきれない欲望に気づいていた。それは、健一とは決して満たされることのない、もっと激しく、もっと貪欲な快楽への渇望だった。

「今日の午後は、少しだけ…」

そう呟いて、私はスマートフォンを手に取った。画面に映し出されるのは、見慣れないSNSのプロフィール。数日前、ふとしたきっかけで知り合った、年下の男性だった。彼は、私のことを「姉さん」と呼び、尊敬の眼差しを向けてくる。その言葉は、私の枯れかけた自尊心を、ふわりと撫でるようだった。

彼の名前は、拓海。２０代後半だろうか。写真の彼は、爽やかな笑顔で、目元にはまだ若々しい輝きがあった。メッセージのやり取りは、いつも軽快で、私の冗談にも悪気なく笑ってくれる。そして、時折、私をドキッとさせるような言葉を投げかけてくるのだ。

「姉さんの声、すごく色っぽいですよね」
「また、姉さんの声が聞きたくなっちゃいました」

そんな言葉に、私は自分の心臓が早鐘を打つのを感じていた。健一には、決して言われたことのない言葉だ。

「会って、話しませんか？」

私の誘いに、拓海は迷うことなく「ぜひ！」と答えた。場所は、駅前のカフェ。人目がある場所を選んだのは、自分を律するためだった。しかし、心の奥底では、期待と不安が入り混じった、甘い痺れが広がっていた。

約束の時間、私は少し早めにカフェに到着した。窓際の席に座り、ショーケースに並ぶケーキを眺める。どれも美味しそうだが、今の私には、甘いものよりも、もっと違う「甘み」を求めている気がした。

やがて、ドアが開いて、一人の男性が入ってきた。背が高く、スラリとした体型。写真よりも、実物の方がずっと魅力的だった。彼が、私に気づいて、笑顔で近づいてくる。

「姉さん…ですよね？」

その声は、メッセージで感じたよりも、もっと低く、響きがあった。私は、緊張を隠すように、微笑んで頷いた。

「ええ、そうです。拓海さん？」

席に着いた拓海は、少し緊張した面持ちで、私を見つめた。その視線に、私は、自分の顔に熱が集まるのを感じた。

「あの…今日、会えて嬉しいです」
「私もよ。でも、少し、緊張してる？」
「はい。姉さんと、こんな風にお話しできるなんて、夢みたいで」

彼の素直な言葉に、私は胸が温かくなった。健一との会話は、いつもどこか事務的で、感情のやり取りが希薄だった。拓海は、私という一人の人間を、まっすぐに見てくれているような気がした。

私たちは、コーヒーを注文し、他愛のない話から始めた。趣味のこと、仕事のこと、そして、お互いの日常のこと。拓海は、私の話に熱心に耳を傾け、時折、驚いた顔をしたり、笑顔になったりした。その反応一つ一つが、私を嬉しくさせた。

「姉さん、本当に綺麗ですね。写真で見るよりも、ずっと…」
「もう、そんなお年じゃないわよ」
「そんなことないです！なんていうか…熟れた果実みたいで、すごく魅力的です」

「熟れた果実」という言葉に、私は息を呑んだ。それは、私が自分自身に言い聞かせている言葉でもあった。この年齢になって、まだ魅力的でありたい、という願望。拓海は、それを的確に言い当てた。

カフェでの時間は、あっという間に過ぎた。夕暮れ時、私たちは別れを惜しみながら、カフェを出た。

「今日は、本当に楽しかったです。また、お話しできませんか？」
「ええ、ぜひ。でも…」
「でも？」

拓海の目に、期待の色が宿った。私は、少し躊躇した。このまま、別れるべきだ。そう分かっているのに、私の心は、別の場所へ向かっていた。

「もう少し、一緒にいませんか？」

私の言葉に、拓海は、一瞬、戸惑ったような顔をした。そして、すぐに、嬉しそうな笑顔になった。

「はい！喜んで！」

私たちは、そのまま、近所のバーへと向かった。静かで、落ち着いた雰囲気のバーだった。カウンター席に並んで座り、お酒を注文する。アルコールが回るにつれて、私の心は、さらに大胆になっていった。

拓海は、私よりもずっとお酒に強かった。彼は、楽しそうに私と会話を続けながら、私のグラスが空くのを待って、注いでくれた。その細やかな気遣いに、私は、心地よい陶酔感に包まれていった。

「姉さん、昔はどんな方だったんですか？」
「昔？うーん、色々あったわね…」

私は、健一と結婚する前の、若かった頃のことを話し始めた。仕事に打ち込んでいたこと、たくさんの友人と遊んでいたこと、そして、情熱的な恋愛も…

「なんだか、今の姉さんとは、全然違うみたいですね」
「そう？でも、中身は、あんまり変わってないと思うわよ」

私は、意図的に、自分の内面に秘めた情熱や、秘められた願望について、ほのめかした。拓海は、私の言葉の端々に、真剣に耳を傾けていた。

「姉さんの、そういう話を聞いていると、なんだかドキドキします」
「あら、そうでしょ？」

私は、大胆にも、拓海の腕にそっと触れた。彼の肌は、温かかった。拓海は、私の行動に驚いた様子もなく、ただ、じっと私を見つめた。その瞳には、欲望の色が、はっきりと見て取れた。

「姉さん…」

拓海の声が、かすれた。彼は、私の手を取り、自分の頬に当てた。その熱い肌に、私の心臓は、さらに激しく脈打った。

「俺…姉さんのこと、すごく綺麗だって思ってるんです」
「ありがとう」

私は、優しく微笑んだ。そして、もう一度、彼の腕に触れた。今度は、もう少しだけ、強く。

「でも、それだけじゃないわ」

私の言葉に、拓海は、顔を上げた。その瞳は、期待と不安で揺れていた。

「私、もっと…もっと、激しいものが、欲しいの」

その言葉は、私自身にも、衝撃だった。普段、健一の前では、決して口にすることのない言葉。でも、今、この瞬間に、私の内側から、自然と溢れ出したのだ。

拓海は、私の言葉に、何も言わなかった。ただ、じっと私を見つめている。その沈黙が、私をさらに追い詰めた。

「あなたなら…私を、満たしてくれる？」

私の問いに、拓海は、ゆっくりと首を横に振った。

「姉さんのこと、もっと知りたいです」
「知りたい？」

「はい。姉さんの、秘めているもの…全部、知りたい」

拓海は、そう言うと、私の手を掴み、立ち上がった。

「どこへ行くの？」
「姉さんの、秘密の場所へ」

彼の言葉に、私は、逆らうことができなかった。むしろ、その言葉に、私の心は、さらに高揚していた。

私たちは、バーを出て、夜の街を歩いた。街灯の明かりが、私たちの影を長く伸ばす。拓海の手は、私の手をしっかりと握っていた。その温かさが、私に安心感を与えていた。

彼の部屋は、私の家からそう遠くない場所にあった。こぢんまりとした、でも、清潔感のある部屋だった。部屋に入ると、拓海は、私をベッドへと誘った。

「座ってください」

私は、言われるままに、ベッドに腰かけた。拓海は、私の前に座り、私の目を見つめた。

「姉さん、本当に、大丈夫ですか？もし、後で後悔することがあっても…」
「後悔なんてしないわ」

私は、きっぱりと言った。後悔するだろうか？いや、きっとしない。この渇望が、私を突き動かしている。

拓海は、私の言葉に、安心したように微笑んだ。そして、ゆっくりと、私に近づいてきた。

彼の唇が、私の唇に触れる。それは、まるで、熟した果実が、大地に落ちるような、自然な衝動だった。

濃厚な接吻。それは、私が求めていた、熱い、激しいものだった。拓海の舌は、私の口の中を、貪欲に探る。私は、それに身を任せた。

彼の抱擁は、私を包み込むように、密着していた。彼の若い体温が、私の体に伝わってくる。それは、健一とは、全く違う、刺激的な熱だった。

「姉さん…」

拓海の吐息が、私の耳元で聞こえる。私は、彼の首に腕を回し、さらに強く抱きしめた。

「私、もう、止められないかも」

私の声は、熱に浮かされたように、震えていた。拓海は、私の言葉に、さらに激しく、私を求めた。

上の口も、下の口も、もう、歯止めが効かなかった。私は、拓海の欲望に、身を任せた。この刺激的な世界へ、私は、自ら堕ちていく。

健一との、穏やかで、退屈な日常。それを、私は、一時でも忘れることができた。この快楽は、私にとって、まるで禁断の果実。分かっていながら、手を伸ばしてしまう。

拓海は、私のことを、「姉さん」と呼んだ。その呼び名には、尊敬と、そして、かすかな敬意があった。でも、今、この瞬間、私は、ただの女だった。欲望に溺れ、快楽を求める、一人の女。

彼の身体は、若く、力強かった。私の、枯れかけた身体に、新たな生命力を与えてくれるようだった。私は、拓海の全てを求めた。彼の、甘い蜜を、貪欲に吸い尽くすように。

夜が更けていく。部屋の中は、熱気に満ちていた。私の心は、激しい波に揺られ、そして、その波に、身を任せていた。

これが、不貞だと分かっている。でも、この瞬間、私には、それしか見えなかった。この、刺激的な世界が、私を、強く惹きつける。

淡泊な旦那とは、決して味わえない、この濃厚な世界。私は、この快楽に、溺れていく。そして、明日、また、日常に戻るのだろうか。それとも、このまま、この熱に、身を委ねてしまうのだろうか。

窓の外は、もう、夜明け前だった。私は、拓海の腕の中で、心地よい疲労感に包まれていた。この、秘密の体験が、私の日常に、どんな波紋を呼ぶのか。それは、まだ、分からない。ただ、一つだけ確かなのは、私の内側で、何かが、変わり始めていたということだった。