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## 楽園への扉

湿った夜風が、アパートの窓の隙間から忍び込んでくる。真夏の夜特有の、生ぬるい空気が肌にまとわりつき、眠りを妨げていた。私は、シーツから飛び出した汗ばんだ肌を乾かすように、身じろぎした。

「また、あの夢か…」

毎晩のように見る、あの夢。そこは、現実とはかけ離れた、甘美な楽園だった。そこには、私を全身で受け止めてくれる、無垢な子供のような、それでいて激しく欲望を燃やす「彼」がいた。そして、その楽園の扉を開く鍵は、私自身が持っているという感覚。

朝、鏡に映る自分は、昨夜の夢の残像を引きずるように、どこかぼんやりとしていた。夫はすでに仕事に出かけ、静まり返った部屋に、私一人だけが取り残される。この静寂が、私の中に眠る、ある種の衝動を掻き立てるのだ。

「ふふ…」

思わず漏れた笑みは、自分でも驚くほど妖艶だった。この部屋にいると、私は「妻」でも「女」でもない、ただ純粋な「欲望」そのものになれる気がする。

今日は、あの夢に誘われた。いや、あの夢を呼び覚ました、と言った方が正しいかもしれない。数日前から、私の心は、ある決意に燃えていた。それは、誰のためでもない、私自身のための、解放。

バスルームにこもり、鏡に向かう。そこに映る自分は、まだ何者でもない。ごく普通の、どこにでもいるような女性。しかし、私の手には、ある道具があった。それは、私を「あの夢」へと導く、秘密の道具。

冷たい金属の感触が、指先に緊張感をもたらす。ゆっくりと、しかし迷いなく、私はその道具を手に取った。鏡の中の自分は、少しだけ頬を赤らめている。まるで、これから始まる儀式に、無意識のうちに興奮しているかのようだ。

「大丈夫…私なら…」

自分に言い聞かせるように、震える声で呟いた。この決意は、決して簡単なものではなかった。社会の常識、女性としてのあり方、色々なものが、私の心を縛り付けていた。しかし、あの夢の記憶が、それらを全て打ち破るほどの甘美な誘惑となって、私を突き動かしていた。

…そして、数分後。

鏡に映った私は、まるで別人のようだった。つるりとした滑らかな肌。そこには、一切の「女」らしさを主張するものが無くなっていた。それは、ある意味で、純粋な、原始的な姿。

「…これで、いいんだ」

鏡の中の自分に、微笑みかける。その笑顔は、どこか悪戯っぽい。まるで、秘密の扉を開いた子供のような、無邪気な笑顔。

この変化が、私に何をもたらすのか、まだわからない。でも、心の中には、今まで感じたことのない、解放感と期待が渦巻いていた。それは、まるで、嵐の前の静けさ。

その夜、私は、いつもより早く夫を寝かしつけた。夫の寝息が聞こえ始めた頃、私は、そっとベッドから抜け出した。部屋の明かりは、最小限に落とす。月明かりだけが、私を導く光だった。

私の心臓は、激しく鼓動していた。まるで、遠い昔から待ち焦がれていた、あの瞬間が、もうすぐ訪れるかのように。

そして、私は、あの夢で見た、あの場所へと向かう。それは、物理的な場所ではない。私の心の中にある、秘められた空間。そこでは、私は、誰にも遠慮することなく、ただ、欲望のままに、自分を解き放つことができる。

「…待っていて…」

誰に言うともなく、小さく呟いた。私の声は、暗闇に溶けていった。

…そして、楽園の扉は、静かに開かれた。

そこは、想像を絶するほど、甘美な世界だった。月明かりが、優しく私を包み込む。そして、私の前に現れたのは、夢にまで見た「彼」。彼の瞳は、私だけを映し、その視線は、私の内側まで見透かすようだった。

「…来たね」

彼の声は、低く、甘く、私の耳朶をくすぐった。その声を聞いた瞬間、私の全身に、熱いものが駆け巡る。

「あなたを…ずっと待っていた…」

私の声は、震えていた。でも、それは、恐怖ではなく、期待の震え。

彼は、ゆっくりと私に近づいてくる。その手が、私の頬に触れた。その指先の温かさが、私の肌に吸い込まれていくようだ。

「君は…なんて美しいんだ…」

彼の言葉が、私の心を震わせる。今まで、誰にも言われたことのない言葉。いや、言われたことがあったとしても、こんなにも深く、私の魂に響くことはなかっただろう。

彼は、私の体を優しく抱きしめた。その腕の力強さが、私を安心させる。そして、彼の唇が、私の唇に触れた。それは、まるで、初めてのキスのように、甘く、そして情熱的だった。

「…ああ…」

私の口から、息漏れのような声が漏れる。この感触。この温もり。全てが、夢で見ていた通りの、いや、それ以上のものだった。

彼の顔が、ゆっくりと私の顔から離れていく。その瞳は、まだ私を捉えて離さない。

「君の…その…」

彼は、言葉を詰まらせた。その視線が、私の胸元に注がれているのがわかった。

私の心臓は、さらに激しく高鳴り始めた。この瞬間を、どれだけ待ち望んでいたことか。

「…もう、隠さない…」

私は、決意を込めて言った。そして、彼の視線に導かれるように、自分の服をゆっくりと開いていく。

月明かりが、私の肌に降り注ぐ。その滑らかな肌に、彼の視線が釘付けになる。

「…なんて…」

彼は、息を呑んだ。その顔には、驚きと、そして、抑えきれない欲望の色が浮かんでいた。

「…最高に…綺麗だ…」

彼の声は、かすれていた。そして、彼は、もう一度私を強く抱きしめた。

「君の…その…秘密…」

彼の指が、私の肌を滑る。その感触に、私は、身を震わせた。

「…もっと…見せて…」

彼の言葉は、命令ではなく、懇願のようだった。

そして、私は、彼のために、私自身のために、さらなる「解放」へと向かった。そこには、羞恥心も、ためらいも、一切なかった。ただ、純粋な、欲望のままの、私だけがいた。

彼の指が、私の、最も奥深い場所へと触れた。その瞬間、私の体は、電撃に打たれたかのように、反応した。

「…ああ…！」

私の口から、歓喜の声が漏れる。それは、今まで経験したことのない、至福の感覚だった。

彼の指は、優しく、しかし確実に、私を悦びへと導いていく。その動きは、まるで、私という存在を、隅々まで知り尽くしているかのようだった。

「…もっと…」

私は、無意識のうちに、彼の指を求めていた。その指の感触が、私を、夢にまで見た楽園の深淵へと連れて行ってくれる。

彼の顔が、私の顔の近くに迫ってくる。その瞳は、満月に照らされた宝石のように、輝いていた。

「…君は…僕だけの…天使だ…」

彼の言葉が、私の耳に心地よく響く。そして、彼の唇が、再び私の唇に重なった。

それは、もはや、ただのキスではなかった。それは、二つの魂が、一つになる瞬間。二つの欲望が、炎のように燃え上がる瞬間。

そして、彼の指は、さらに深く、私を突き上げていく。その度に、私の体は、甘い痺れに包まれた。

「…ああ…ああ…！」

私の声は、もはや、理性から解放されていた。ただ、純粋な、悦びの叫び。

私の全身は、熱い奔流に包まれていた。それは、まるで、夏の夜空に咲き乱れる、花火のように。

「…君の…その…」

彼の声が、私の耳元で、甘く囁かれた。

「…最高だ…」

その言葉に、私は、さらに深く、彼に身を委ねた。

この夜、私は、自分自身で、楽園への扉を開いた。そして、その楽園で、私は、今まで知らなかった、自分自身の「欲望」と出会った。それは、決して、恥ずかしいものではない。むしろ、それは、私を、さらに豊かに、さらに美しくしてくれる、かけがえのない宝物だった。

朝、目覚めた時、私の体は、まだ熱を帯びていた。しかし、その熱は、昨夜の夢の残像ではなく、現実のものだった。

夫は、まだ隣で、穏やかな寝息を立てている。私は、そっと彼の顔を見つめた。

「…ありがとう」

心の中で、そう呟いた。彼もまた、私という存在の、ある一面を知っているのだろうか。いや、きっと、彼は、私がこの夜、自分自身で見つけた「楽園」の本当の意味を知らないだろう。

でも、それでいい。この楽園は、私だけのもの。そして、この楽園は、私を、これからも、もっともっと、悦ばせてくれる。

私は、ふと、自分の体を見つめた。あの、つるりとした肌。そこには、もう、迷いはない。そこには、ただ、自由になった「私」がいる。

あの夢は、もう、ただの夢ではない。それは、私自身の、確かな現実となったのだ。

そして、私は、この現実を、誰にも邪魔されることなく、心ゆくまで、味わい尽くすだろう。