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## 硝子の向こうの君

新しい朝の光は、いつもより少しだけ冷たい気がした。カーテンの隙間から差し込む光が、寝室の床に幾何学模様を描いている。昨夜、初めてこの寝室で眠った。再婚相手の千春さんと、その娘である美桜ちゃんと。

「お父さん、おはようございます！」

元気な声が響いた。ドアの向こうに立っていたのは、身長こそ僕より低いものの、大人びた雰囲気を持つ高校生の美桜ちゃんだった。寝癖のついた髪を乱暴にかき上げながら、僕の顔をじっと見つめている。その瞳には、好奇心と、それ以上の何かが宿っているように見えた。

「おはよう、美桜ちゃん。よく眠れた？」
「うん。お父さんと一緒の家で寝れるなんて、夢みたい！」

悪戯っぽい笑顔。まるで、僕が彼女の望み通りに現れた「お父さん」を演じているかのような、そんな言い方だった。戸惑いを隠せない僕に、美桜ちゃんはさらに踏み込んできた。

「ねぇ、お父さん。今日、学校終わってから、どこか行こうよ」
「え？どこか？」
「うん。二人だけで。お母さんには内緒ね？」

いたずらっぽい、という言葉では片付けられない、何か危険な光を帯びた視線。僕は、彼女の父親ではなかった。千春さんの連れ子である美桜ちゃんと、血の繋がりはない。しかし、彼女は僕を「お父さん」と呼び、僕の隣にいることを喜んでいる。その態度は、どこか僕を試しているようにも見えた。

千春さんと出会ったのは、数年前のことだった。共通の友人の紹介で、自然と惹かれ合った。千春さんは僕と年が離れていたが、その成熟した魅力と、どこか寂しげな瞳に、僕は心を奪われた。彼女には、前の夫との間に娘がいた。それが美桜ちゃんだった。

美桜ちゃんは、僕が千春さんと付き合い始めた頃から、僕に懐いていた。初めて会った時、小学5年生だった彼女は、僕の膝に抱きついて離れようとしなかった。千春さんは、そんな美桜ちゃんを見て、少し複雑そうな顔をしていたのを覚えている。

「この子、あなたに懐いてるわね」
「ええ、とても」
「父親がいなかったから、寂しい思いをさせてしまったのかしら」

千春さんの言葉に、僕は何も言えなかった。美桜ちゃんの父親は、数年前に病気で亡くなっていた。彼女にとって、男性という存在は、父親以外に身近にいなかったのかもしれない。

そして今、僕は千春さんと結婚し、美桜ちゃんと義理の親子という関係になった。しかし、彼女の僕への関心は、義理の娘がお父さんに抱くようなものではなかった。

「お父さん、今日の服、すごく似合ってるね」
「ありがとう」
「そのシャツ、彼女（千春さんのこと）が選んだの？」
「いや、これは自分で買ったものだよ」
「へぇ。でも、彼女もきっと喜ぶだろうな。お父さんのこと、大切にしてるもんね」

彼女は、僕と千春さんの関係を、まるで他人事のように、しかし鋭く観察している。そして、僕の行動や言葉の端々から、何かを引き出そうとしているかのように見える。

ある日、美桜ちゃんが僕の部屋にやってきた。ドアをノックする音もせず、そっと開いたドアから現れた彼女は、僕が仕事から帰ってきたばかりで、少し疲れているのを見て、そのまま抱きついてきた。

「お父さん、おかえりなさい」
「おかえり、美桜ちゃん。どうしたんだ？」
「なんか、寂しかったんだもん」

彼女は、僕の胸に顔を埋めたまま、そう呟いた。その体温が、僕のシャツ越しに伝わってくる。普段は活発な彼女が、こんなにも甘えてくるのは珍しい。僕は、彼女の頭を優しく撫でた。

「大丈夫だよ。もう、一人じゃないから」
「うん。でも、お父さんみたいな人がそばにいてくれるなら、もっと大丈夫だよ」

彼女の言葉に、僕は胸の奥がざわつくのを感じた。それは、罪悪感なのか、それとも別の感情なのか。彼女は、僕のことを「お父さん」と呼ぶ。しかし、その瞳には、親子の愛情とは明らかに違う、もっと個人的な、そして危険な欲望が渦巻いているように見えた。

「ねぇ、お父さん。私、お父さんのこと、大好きだよ」
「ありがとう、美桜ちゃん。僕もだよ」
「でも、もっと、もっと、大好きになりたいな」

彼女は、顔を上げて僕を見つめた。その距離は、あまりにも近かった。彼女の吐息が、僕の顔にかかる。彼女の瞳の奥に映る自分が、いつもより歪んで見えた。

千春さんは、僕の帰りが遅いと心配してくれる。美桜ちゃんは、僕が帰ってくると、いつも玄関で待っている。二人の温かさに包まれて、僕は幸せを感じているはずだった。しかし、美桜ちゃんの存在が、その幸福に影を落としていた。

彼女の視線が、僕に纏わりつく。彼女の笑顔が、僕を惑わせる。彼女の言葉が、僕の心を掻き乱す。彼女は、僕に「父親」という役割を求めているのか、それとも、もっと別のものを求めているのか。

ある夜、千春さんが仕事で遅くなる日があった。家には僕と美桜ちゃんだけ。リビングでテレビを見ていると、美桜ちゃんが僕の隣に座ってきた。

「お父さん、眠そう」
「ちょっとね」
「私、お父さんの膝枕で寝るのが好き」
「え？いや、でも…」
「だめ？」

彼女の澄んだ瞳に、僕は抗うことができなかった。観念して、美桜ちゃんを膝に乗せた。彼女は、満足そうに僕の胸に顔を埋めた。髪から甘い香りがする。

「お父さん、あったかいね」
「そうかい？」
「うん。お母さんより、あったかいかも」

その言葉に、僕はハッとした。千春さんより、あったかい？それは、どういう意味だ？彼女は、無邪気に言っているだけなのか。それとも、僕に何かを伝えようとしているのか。

彼女は、僕の服のボタンに指を這わせた。ゆっくりと、しかし確実に。その指先が、僕の肌に触れる。僕は、息を呑んだ。

「お父さん、私、お父さんといると、ドキドキするんだ」
「美桜ちゃん…」
「これって、どういう気持ちなんだろう？」

彼女は、純粋な疑問を投げかけるように、僕を見つめている。しかし、その瞳の奥には、確かな欲望の炎が灯っていた。彼女は、僕が父親であることを理解しながら、それでも、自分の中に芽生えたこの感情に名前をつけようとしている。

僕は、彼女の母親の夫であり、彼女にとっては義理の父親。しかし、彼女は僕を「お父さん」と呼び、僕に甘え、そして今、僕に触れようとしている。これは、 incest（近親相姦）ではない。しかし、それに近い、禁断の領域に足を踏み入れようとしているのではないか。

「お父さん、私、お父さんみたいな人が、ずっとそばにいてくれたらなって、ずっと思ってたんだ」
「…」
「だって、お父さん、私のこと、ちゃんと見てくれるでしょ？お母さんみたいに、仕事で忙しくないし」

彼女の言葉に、僕は何も言い返せなかった。千春さんは、確かに忙しい。だが、それは彼女が家族のために頑張っているからだ。美桜ちゃんは、それを「僕の都合が良い」と捉えているのかもしれない。

彼女は、僕の顔に手を伸ばし、優しく頬を撫でた。その手は、驚くほど柔らかかった。

「お父さん、私、お父さんのこと、好き。本当に、本当にお父さんのこと、大好き」

彼女の言葉は、まるで誓いのようだった。そして、その瞳は、僕を誘い込んでいる。彼女は、僕に「都合の良い女」になれと言っているのだ。千春さんがいない時、彼女が唯一求める「男」に。

僕は、彼女の唇に、自分の唇を重ねていた。それは、自分でも信じられない行動だった。抵抗するべきだ。それは、間違っている。しかし、彼女の熱は、僕の理性を溶かした。

彼女は、僕の唇に、応えた。その唇は、まだ幼い少女のものだが、そこには、驚くほど成熟した、そして切実な欲望が宿っていた。

この瞬間、僕は、千載一遇のチャンスを掴んだのかもしれない。禁断の、年の離れた、そして都合の良い相手。彼女は、僕が求めていた、いや、無意識のうちに求めていた「都合の良い女」だった。

硝子の向こうに、僕と美桜ちゃんがいた。その姿は、まるで別の世界にいるかのようだった。千春さんが帰ってくるまでの、ほんのわずかな時間。その間だけ、僕は「お父さん」ではなく、彼女の「都合の良い男」になる。

これは、罪だろうか。それとも、僕たちが求めていた、歪んだ愛の形なのだろうか。

彼女の細い腕が、僕の首に回された。その温もりは、僕をさらに深く、この禁断の蜜の味へと誘い込む。

「お父さん、私、お父さんだけが、私のものになってくれたら、どんなに幸せだろうって、いつも思ってるんだ」

彼女の囁きが、僕の耳元をくすぐる。その言葉の裏に隠された、彼女の孤独と、そして強烈な独占欲。

僕は、彼女の唇に、もう一度、深く、唇を重ねた。

それは、始まりであり、終わりでもあった。僕たちの、歪んだ、そして抗えない関係の。