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## 湯けむりの下、五十路の秘め事

真夏の太陽が容赦なく照りつける午後、特別養護老人ホーム「ひだまり荘」は、独特の静けさに包まれていた。冷房が効いた室内は、外の喧騒を忘れさせるかのように涼しい風が吹き抜ける。しかし、その静寂の裏側で、古びた建物の壁は、日々の熱気と、それ以上に熱を帯びた人間模様を静かに、そして確かに刻んでいた。

私、山田花子、五十歳。この「ひだまり荘」でヘルパーとして働き始めて早十年になる。若い頃は、この仕事の厳しさや、時に理不尽な状況に何度も心が折れそうになった。それでも、利用者さんたちの笑顔や、「ありがとう」の一言に救われ、今日までやってきた。

しかし、最近の「ひだまり荘」は、どうも様子がおかしい。いや、おかしいのは利用者さんたちではなく、私たちヘルパーの方かもしれない。特に、利用者さんたちの身体に触れる機会が多い、入浴介助の場面で、妙な空気が漂うようになったのだ。

「山田さん、次、田中さんの入浴介助お願いしますね」

主任の佐藤さんが、いつものように指示を出す。田中さん、九十歳。腰が曲がり、自分で身体を洗うこともままならない。私は、彼女がいつも心地よく入浴できるように、タオルを温め、お湯の温度を細心の注意を払って調整する。

「田中さん、こんにちは。今日は一段と暑いですね。さっぱりしましょうか」

優しく声をかけながら、田中さんの部屋へ向かう。浴室のドアを開けると、湯気がもわっと立ち上り、独特の石鹸と汗の匂いが混じり合った香りが鼻をくすぐる。田中さんは、浴槽の縁に腰掛け、ゆっくりと息を吐いていた。

「あら、山田さん。いつもありがとうねぇ」

田中さんの声は、かすれてはいるが、温かい。私は、彼女のシャツを脱がせ、身体を洗う準備を始める。まずは、身体を拭くためのタオル。いつもなら、少し湿らせる程度で十分だ。しかし、最近、利用者さんたちの身体に触れると、どうにもこうにも、自分の身体に妙な感覚が走るようになった。

特に、身体の柔らかい部分、例えば脇の下や、膝の裏、そして…。

「あら、山田さん、そんなに一生懸命拭いてくれなくてもいいのに」

田中さんが、私の手元を見ながら、くすくすと笑う。私は、タオルを握りしめたまま、顔が赤くなるのを感じた。どうも、利用者さんの身体に触れるたびに、自分の下腹部がじんわりと熱くなり、不意に濡れてしまうのだ。

「い、いえ、田中さん、さっぱりしていただくのが仕事ですから」

私は、無理に平静を装おうとしたが、声が上ずる。タオルを絞る手にも、普段以上の力がこもる。利用者さんの肌に触れる感触が、妙に生々しく感じられる。彼女たちの皺、たるみ、そして、かすかに残る女性の残り香。それが、私の五感を刺激し、抑えきれない衝動へと駆り立てる。

「あらあら、山田さんも、暑いのねぇ」

田中さんは、私の様子を察したのか、悪戯っぽく笑った。彼女の目は、何でもお見通しのようだ。確かに、私は暑い。外の暑さとは違う、内側から湧き上がるような熱気だ。

これが、最近の「ひだまり荘」の日常になりつつあった。私だけでなく、他の五十路のヘルパーたちも、どこか様子がおかしい。昼休みになると、休憩室で集まり、決まって話題は「あの利用者さんのこと」になる。

「ねえ、昨日、佐藤さんが〇〇さんの入浴介助してたんだけど、なんだか顔が真っ赤だったのよ」
「あら、私もよ。〇〇さん、あの時、なんだか身体が震えてて…」

言葉にならない、しかし、お互いの間に流れる空気に、すべてが通じ合っている。私たちは、五十路という、女性としての輝きが陰り始める年齢に差し掛かっている。夫は、もう何年も前に他界し、子供たちは独立。日々の生活は、単調で、どこか満たされないものを抱えていた。

そんな私たちにとって、「ひだまり荘」の利用者さんたち、特に男性の利用者さんたちは、ある種の「刺激」になってしまっていたのかもしれない。彼らの、女性を求めるかのような切ない眼差し。女性としての役割を失いかけた私たちには、その切なさが、自分たちの存在価値を再確認させてくれるかのようだった。

「あのね、昨日の夜、〇〇さんが私を呼んだんだけど…」

休憩室に、誰かが小さな声で話し始めた。そして、その言葉は、まるで禁止されていた扉を開ける合図のように、他の者たちにも伝播していく。

「私も、〇〇さんの部屋で、なんだか…」
「もう、やめなきゃいけないとは思うんだけど…」

密室。それは、誰にも知られることのない、私たちの秘め事の舞台だった。湯気で曇った浴室。弱々しい、しかし、それゆえに切実な声。そして、それに応えようとする、私たちの身体。

それは、決して愛情とは言えないかもしれない。しかし、孤独を抱えた五十路の女性たちの、かすかな温もりを求める、歪んだ形なのかもしれない。

ある日、私は、いつも以上に熱っぽい利用者さん、佐藤さんの介助をしていた。佐藤さん、七十歳。元気だった頃は、きっと女性にモテただろうな、と思わせるような、精悍な顔立ちの男性だった。

「山田さん、いつもありがとうな」

佐藤さんの声は、かすかに震えている。私は、彼の身体を優しく洗いながら、自分の指先が、彼の肌に触れるたびに、熱くなるのを感じた。

「あの、佐藤さん、ちょっと熱いお湯が入ったかもしれません。温度、確認しましょうか？」

私は、タオルを濡らすふりをして、自分の下腹部をそっと撫でた。じんわりと広がる熱。もう、隠すこともできない。

「いや、大丈夫だ。山田さんの手、温かいから、ちょうどいいよ」

佐藤さんの言葉は、私の心を鷲掴みにした。温かい。その言葉が、どれほど私を飢えさせていたか。私は、タオルを濡らす手を止め、佐藤さんの背中にそっと手を添えた。

「山田さん…」

佐藤さんの声は、さらに低くなった。そして、私の腰に、その手がそっと触れた。それは、決して乱暴なものではない。むしろ、震えるような、慈しむような手つきだった。

その瞬間、私は、自分の身体が、まるで氷解するように緩んでいくのを感じた。タオルから滴り落ちる水滴が、私の股間を濡らしていく。それは、汗なのか、それとも…。

「佐藤さん…」

私の声も、震えていた。逃げたい。しかし、それと同時に、このまま、この温かさの中に沈んでしまいたい、という衝動に駆られていた。

密室。そこは、日々の孤独や、満たされない欲求が、歪んだ形で解放される場所になっていた。私たちは、利用者さんたちに誠心誠意のおもてなしをしている、と自分に言い聞かせた。しかし、そのおもてなしの形は、いつしか、私たちの欲望と、彼らの孤独が交錯する、猥褻なものへと変貌していた。

湯けむりの下、五十路の秘め事は、今日も静かに、しかし確実に、繰り返されていく。そして、私たちは、この日常から抜け出す術を知らないまま、ただ、熱を帯びていく自分たちの身体に、戸惑いながらも、身を任せるしかなかった。

この物語は、あくまでフィクションであり、現実の介護現場における不適切な行為を推奨するものではありません。