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## 欲望の螺線階段

俺、田中健一。三十五歳、地方の工場でライン作業員をしている。日々のルーチンワークは退屈だが、それなりに安定した収入はある。しかし、俺の心には満たされない渇望があった。それは、激しく相手を支配したいという、強烈なS願望。

だが、この願望を恋人である麻衣に伝えることはできない。彼女は優しく、穏やかな人だ。俺の荒々しい欲望を受け止めてくれるとは到底思えない。だから、俺は麻衣に嫌われたくない一心で、その秘めたる衝動を押し殺していた。その結果、俺たちの性生活は、どこか物足りなさを抱えたまま、儀式のように繰り返されるだけだった。

「いやー、健一、最近元気ないじゃん？なんかあったのか？」

工場での昼休み、同期の佐藤が俺の顔を覗き込んできた。佐藤は俺より少し年上で、独身。仕事の愚痴や、時には下世話な話まで、気兼ねなく話せる数少ない友人だ。

「いや、別に…」
「元気ないのは顔に出てるって。彼女とでもうまくいってねえのか？」
「…まあ、ちょっとね。俺、なんか、もっとこう、激しいのが好きなのかもしれないんだけど、麻衣はそういうの、苦手そうでさ。」

つい、本音が漏れてしまった。佐藤はニヤリと笑い、俺の肩を叩いた。

「そっかそっか。俺も昔、そういう時期あったわー。まあ、でも、あんまり溜め込むと体に悪いぜ？」

俺は佐藤の言葉に、ただ苦笑いするしかなかった。誰かにこの鬱積した欲望をぶちまけたい。でも、それを理解してくれる人間なんて、どこにもいないだろうと思っていた。

そんなある日、工場でパート勤務をしている、人妻のねねさんが、俺たちの会話を耳にしていたらしい。ねねさんは、俺たち社員とは部署が違うため、普段はあまり接点がない。しかし、彼女はいつも物静かで、控えめな印象だった。

その週の金曜日、工場のお疲れ様会が開かれた。普段はあまり参加しない俺も、佐藤に誘われて渋々参加した。会場は駅前の居酒屋。そこそこ賑やかな雰囲気だったが、俺はどこか上の空だった。

「田中さん、お疲れ様です。」

ふと、隣に座ったねねさんに声をかけられた。

「あ、ねねさん、お疲れ様です。」
「さっき、佐藤さんとお話しされていたこと、少し聞いちゃったんですけど…」

ねねさんは、少し戸惑ったような表情を浮かべながら、続けた。

「私も…実は、田中さんと同じような、ちょっと、変わった願望があるんです。」

俺は耳を疑った。まさか、あの物静かなねねさんが？

「え…どういうことですか？」
「あの…私、実は…Mなんです。」

ねねさんは、顔を赤らめながら、そう絞り出した。M。それは、Sの対義語。激しく支配されたい、という願望。俺が抱える、激しく支配したいという願望とは、真逆の…いや、だからこそ、俺の欲望とマッチするのではないか？

「M…ですか？」
「はい。子供が二人いるんですけど、夫とはもう、そういう関係はなくて。日頃は、もう、おとなしくしているのが普通なんですけど…」

ねねさんは、視線を落とし、さらに続けた。

「でも、本当は…もっと、誰かに、私を支配してほしいって、ずっと思っていたんです。激しく、責められて、痛めつけられて…そういうことを、ずっと…」

俺は、ねねさんの言葉に、心臓が跳ね上がるのを感じた。これは、奇跡か？俺の秘めたる欲望が、こんな形で、こんな相手と、結びつくなんて。

「…俺も、麻衣には言えないんですけど、Sなんです。激しく、相手を支配したいっていう…」

俺は、震える声で、自分の願望を口にした。ねねさんは、俺の言葉を聞くと、顔を上げた。その瞳には、先ほどの戸惑いは消え、燃えるような光が宿っていた。

「田中さん…本当ですか？じゃあ…じゃあ、私たちは…」
「…ラブホテル、行きますか？」

俺の言葉に、ねねさんは、わずかに微笑んだ。その微笑みは、普段の彼女とは全く違う、妖艶な輝きを放っていた。

***

ラブホテルの、非日常的な空間。重厚なカーテンが閉められ、部屋は薄暗い。普段の物静かなねねさんとは、まるで別人のようだった。

「ねねさん…大丈夫ですか？」
「はい。むしろ…田中さんこそ…」

ねねさんは、俺の目を見て言った。その瞳は、獲物を狙う獣のそれだった。

「やりたかったこと…全部、私にぶつけてください。」

ねねさんは、そう言うと、部屋の中央で、ゆっくりと自分の服を脱ぎ始めた。しなやかな肌が露わになるにつれ、俺のS心が、激しく、激しく、掻き立てられる。

「…いいのか？」
「ええ。私に…全部、委ねますから。」

ねねさんは、俺の前に跪き、首を差し出した。その姿は、まるで、俺の命令を待つ忠実な従者のようだった。

「…首、絞めてもいいんだぞ？」
「…ええ。もっと…強く…」

俺は、ねねさんの首に手をかけ、ゆっくりと力を込めた。ねねさんは、息が詰まりそうになりながらも、恍惚とした表情を浮かべている。その表情を見て、俺のS心は、さらに加速した。

「…縛ってもいいか？」
「…はい。どんな風にでも…」

俺は、部屋に備え付けられていたロープを取り出し、ねねさんの手首と足首を縛り上げた。抵抗しない、されるがままのねねさん。その無抵抗さが、俺の支配欲を、さらに刺激する。

「…顔、踏んでもいいんだぞ？」
「…はい。田中さんの…足で…」

ねねさんは、俺の足元に顔を伏せ、俺の足が顔に触れるのを、じっと待っている。俺は、ねねさんの顔の上に、ゆっくりと足を乗せた。ねねさんの顔が、俺の靴底に押し付けられる。ねねさんの、小さく漏れる吐息。それは、俺の欲望を、さらに増幅させた。

「…イラ…？」

俺は、ねねさんの体中に、指先で、爪先で、ゆっくりと、しかし鋭く、刺激を与えていく。ねねさんは、その刺激に耐えながら、俺の顔色を伺っている。

「…もっと…」
「…だめか？」
「…いや…もっと…」

ねねさんは、俺のS心を、的確に、そして大胆に挑発してきた。普段の物静かな姿からは想像もできない、大胆な振る舞い。ねねさんは、自らを性玩具のように扱えと、俺に求めていた。

俺は、ねねさんの欲望に応えるように、さらに激しく、そして容赦なく、彼女を責め続けた。首絞め、拘束、イラ…俺がやりたいと思っていたこと全てを、ねねさんは受け入れてくれた。いや、むしろ、それを求めていたかのようだった。

ねねさんは、俺のS心を、見事に、そして完璧に、満たしてくれた。そして、俺もまた、ねねさんのM願望を、存分に満たしてあげることができた。

性行為が終わった後、俺たちは、互いに息を切らせながら、ベッドに横たわっていた。部屋には、熱い喘ぎ声と、激しい吐息の残響が、まだ響いているようだった。

「…最高だった…」
「…ええ…本当に…」

ねねさんは、俺の言葉に、満足げに微笑んだ。その瞳は、先ほどまでの獲物を追い詰めるような光ではなく、穏やかな、しかし確かな幸福感を湛えていた。

「田中さん…また…お願いします。」
「…ああ。また、必ず。」

俺たちは、互いの秘めたる欲望を解放し合い、満たされた。工場勤務の俺と、パート勤務の人妻ねねさん。一見、何の関係もない二人が、性癖という、最も深層の欲望で結ばれた。

この関係は、社会的には決して肯定されるものではないだろう。しかし、俺たちは、この禁断の果実を、互いに求め続けることを、静かに誓い合った。俺のS願望と、ねねさんのM願望。それは、まるで、欲望の螺線階段を駆け上がるように、俺たちを、より深く、より激しい世界へと誘っていくのだろう。そして、俺は、もう、二度と、この甘美な地獄から抜け出せないかもしれない。