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■ B-1への扉：女たちの咆哮

薄暗い会場に響き渡る熱狂的な歓声。汗と興奮が渦巻く空気に、高揚感と期待が混じり合う。ここは、プロレス界の頂点を目指す者たちが己の全てを賭ける、伝説のB-1グランプリ。そして今宵、その熱戦の幕が上がろうとしていた。

B-1。それは単なるプロレスの大会ではない。そこは、性別の壁を打ち破り、純粋な強さだけがすべてを支配する、進化系プロスタイルバトルの聖域だ。男だろうと女だろうと、リングに立てば皆平等。鍛え抜かれた肉体、研ぎ澄まされた精神、そして何よりも、勝利への渇望。それら全てが、B-1という究極の舞台でぶつかり合う。

今宵、そのB-1の予選で、二つの異色のカードが組まれていた。一つは、平均的な女子プロレスラーとは一線を画す、小柄ながらも驚異的なパワーとスピードを誇る佐伯奈々。もう一つは、その正体は謎に包まれ、圧倒的な存在感と破壊力で「BLUE DRAGON」の異名を持つ、規格外の強豪。そして、第二試合では、美貌とテクニック、そして冷徹なまでの戦略眼を兼ね備えた桐島樹莉が、再びBLUE DRAGONと対峙する。

第一試合。リングアナウンサーの威勢の良い声が、会場をさらに熱狂させる。

「さあ、記念すべきB-1グランプリ第一試合！まずは、この挑戦者！ちっちゃい体で、デッカイ夢を掴みに行く！佐伯奈々！」

歓声の中、軽やかなステップでリングインしてきた佐伯奈々は、その愛らしいルックスとは裏腹に、鋭い眼光で相手を見据えていた。彼女の目標はただ一つ。B-1の頂点に立ち、最強の称号を手に入れること。そのためなら、どんな相手とも戦う覚悟が、その全身から滲み出ていた。

「そして、彼女の対戦相手は！その正体は未だ謎！しかし、その力は本物！B-1を震撼させる、BLUE DRAGON！」

暗闇の中から、ゆっくりと姿を現したBLUE DRAGON。その巨体は、まるで伝説の生き物のように威圧感を放っていた。黒いコスチュームに身を包み、顔を覆うマスクからは、不気味なオーラが漂っている。観客は、その姿に息を呑んだ。

ゴングが鳴り響く。

佐伯奈々は、開始と同時に猛攻を仕掛けた。持ち前のスピードを活かし、BLUE DRAGONの巨大な体を翻弄する。エルボー、ドロップキック、あらゆる技を繰り出すが、BLUE DRAGONはびくともしない。むしろ、その攻撃を余裕で受け止め、力強いクローで奈々を掴みにかかる。

「くっ…！硬い！」

奈々は必死に抵抗するが、BLUE DRAGONのパワーは圧倒的だった。まるで岩石のような体躯に、奈々の攻撃はまるで通用しない。しかし、奈々は諦めなかった。相手の攻撃をかわし、隙を見ては鋭い蹴りを放つ。その目は、決して怯むことを知らなかった。

BLUE DRAGONは、奈々のしぶとさに少し苛立った様子を見せた。その巨体から放たれるエルボーは、空気を切り裂くような轟音を立てて奈々を襲う。奈々は寸前でかわすが、その風圧だけでも体勢を崩される。

「このままじゃ、押し潰される…！」

奈々は、自らの限界を感じ始めていた。だが、ここで倒れるわけにはいかない。B-1の夢が、目の前で消えてしまう。彼女は、最後の力を振り絞るように、ロープに飛び乗った。

「これだ！これしかない！」

奈々は、全身全霊を込めて、ダイビング・セントーンを繰り出した。しかし、BLUE DRAGONはそれを読んでいたかのように、大きく腕を振り上げる。奈々の体は、まるで鳥餅のようにBLUE DRAGONの腕に吸い込まれ、そのまま力強く投げ飛ばされた。

「ぐわあああ！」

奈々は、キャンバスに激しく叩きつけられた。観客席からは、悲鳴とどよめきが上がる。

BLUE DRAGONは、倒れ伏した奈々を見下ろし、ゆっくりと手を上げた。

「…ギブアップか？」

その声は、低く、そして重かった。

しかし、奈々は、ゆっくりと、しかし力強く首を横に振った。その目には、まだ闘志の炎が燃え盛っていた。

「まだ…！まだだ！」

奈々は、フラフラになりながらも立ち上がった。その姿は、もはやボロボロだった。だが、その表情には、一切の諦めはなかった。

BLUE DRAGONは、奈々のその不屈の闘志に、わずかに興味を引かれたようだった。そして、次の瞬間、さらに恐ろしい一撃が放たれた。

「…ドラゴン・スリーパー！」

BLUE DRAGONの巨腕が、奈々の首を締め上げる。奈々は、呼吸ができない。視界が白く霞み始める。

「…ぐ…っ…！」

会場のボルテージは最高潮に達していた。佐伯奈々の運命は、今、この瞬間に託されていた。

だが、その時、会場のスクリーンに、第二試合の出場者が映し出された。

「続いては、第二試合！この日を待ち侘びた、美しくも恐ろしい魔性の女！桐島樹莉！」

桐島樹莉。彼女もまた、B-1という舞台に相応しい、強烈な存在感を放つ選手だった。その流麗なコスチュームとは裏腹に、その戦いぶりは冷酷無比。相手の弱点を見抜き、的確に、そして容赦なく攻め立てる。前回のB-1でBLUE DRAGONと対戦し、惜しくも敗れた過去を持つ。

「そして、彼女の対戦相手は！この日、再びB-1のリングに舞い降りる！BLUE DRAGON！」

再び、BLUE DRAGONの名がコールされる。観客たちは、既視感に湧きつつも、さらに期待感を高めていた。BLUE DRAGONは、佐伯奈々をリングに横たえたまま、ゆっくりと客席の方を向いた。まるで、次の対戦相手に視線を送っているかのように。

その視線は、明らかに、観客席の最前列に座る、桐島樹莉に注がれていた。

「…来るなら、来い。」

BLUE DRAGONの声が、会場に響き渡った。

佐伯奈々は、その声に呼応するように、最後の力を振り絞ってBLUE DRAGONの腕から逃れようとした。しかし、その力はもう残っていなかった。

「…タイムアップ！」

レフェリーが、奈々のギブアップを宣言した。

第一試合、BLUE DRAGONの勝利。

会場は、複雑な熱狂に包まれた。佐伯奈々の健闘を称える声、BLUE DRAGONの圧倒的な強さに驚嘆する声。そして、そして、次なる戦いへの期待。

佐伯奈々は、リングに横たわったまま、ゆっくりと顔を上げた。その目には、悔しさと、しかしそれ以上に、次への決意が宿っていた。

「…BLUE DRAGON…必ず…！」

その言葉は、か細かったが、確かに会場の奥まで届いた。

そして、第二試合のゴングが鳴り響く。

桐島樹莉は、ゆっくりとリングインしてきた。その表情は、一切の感情を排した、氷のような冷たさだった。彼女の目は、ただ、目の前のBLUE DRAGONだけを捉えている。

「…今度こそ。」

樹莉の呟きは、誰にも聞こえなかった。

BLUE DRAGONは、先ほどの試合とは違い、どこか余裕のある表情で樹莉を見据えていた。

「…待っていたぞ、魔女。」

二人の間には、火花が散った。

ゴング。

樹莉は、先ほどの奈々とは全く違う戦い方を見せた。力任せに攻めるのではなく、相手の動きを冷静に分析し、一瞬の隙を突く。BLUE DRAGONの強力なパンチを、紙一重でかわし、その反動を利用して素早い蹴りを放つ。

BLUE DRAGONも、樹莉のテクニックに驚きを隠せない様子だった。しかし、その巨体とパワーは健在。樹莉の攻撃を、何度か受け止めることに成功する。

「…速い。だが、脆い。」

BLUE DRAGONは、樹莉の体躯の細さを指摘するように言った。

「…脆いのは、あなたの心でしょう？」

樹莉は、挑発するように言い返した。

二人の攻防は、まるでチェスのようだった。一歩間違えれば致命的な一撃を食らう。しかし、樹莉は、そのリスクを理解した上で、大胆な技を繰り出す。

「…クリスタル・キック！」

樹莉は、高らかに叫び、強烈なハイキックを放った。BLUE DRAGONは、その衝撃にわずかに後退する。

「…まだまだだ。」

BLUE DRAGONは、そのダメージをものともせず、さらに攻撃を仕掛ける。しかし、樹莉は、その隙を逃さなかった。

「…今度こそ！」

樹莉は、リング中央でBLUE DRAGONの腕を掴み、そのまま得意の関節技を仕掛けようとする。

「…やるか！」

BLUE DRAGONは、必死に抵抗する。その巨体から放たれる力は、樹莉の技を破りかねない。

しかし、樹莉は、その抵抗を巧みに利用した。BLUE DRAGONの力を逆手に取り、さらに体勢を崩させる。

「…これで終わりだ！」

樹莉は、遂にBLUE DRAGONの片腕を極めることに成功した。

「…ぐああああ！」

BLUE DRAGONが、苦悶の声を上げる。

会場は、静寂に包まれた。観客は、息を呑んで、その結末を見守っていた。

「…ギブアップか？」

樹莉の声が、静寂を破った。

BLUE DRAGONは、額に汗を光らせながら、ゆっくりと首を横に振った。

「…まだだ…！」

しかし、その言葉とは裏腹に、BLUE DRAGONの表情には、微かな動揺が見て取れた。

樹莉は、その動揺を見逃さなかった。彼女は、さらに力を込めて、BLUE DRAGONの腕を締め上げる。

「…B-1の称号は、私がいただく！」

樹莉の目は、獲物を狙う蛇のように鋭かった。

そして、遂に。

「…ギブアップ！」

BLUE DRAGONが、その巨体を床に横たえ、ギブアップの意思表示をした。

会場は、爆発的な歓声に包まれた。

第二試合、桐島樹莉の勝利。

桐島樹莉は、BLUE DRAGONに勝利したことで、B-1への道を大きく切り開いた。しかし、彼女の表情には、勝利の喜びよりも、次なる戦いへの決意が強く見られた。

リングには、二人の敗者、佐伯奈々とBLUE DRAGONが横たわっていた。しかし、その顔には、悔しさと共に、次への闘志が宿っていた。

B-1。それは、夢の舞台。そして、最強の称号を掴むための、過酷な戦いの舞台。

今宵、女たちの咆哮が、B-1の扉を大きく開いた。そして、この先、さらに過酷で、さらに熱い戦いが、我々を待っているであろうことを、観客は肌で感じていた。

B-1への道は、まだ始まったばかりだ。