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■ 蜜月

「え、えーっ、お客様！それはダメです！」

春日部麗香は、必死に抵抗した。彼女は、都内の一等地に店を構える、高級メンズエステ「月影」のセラピストだ。この店は、あくまでもマッサージによるリラクゼーションと美容を目的とした、健全なサービスを提供する、という方針を徹底していた。だからこそ、家庭のある麗香も安心して働くことができたのだ。

しかし、目の前の男、佐伯は、その方針を根底から覆そうとしていた。白金に住む資産家だという佐伯は、毎回のように麗香を指名し、高額なチップを弾む。そして、施術が終盤に差し掛かると、必ずと言っていいほど、彼女の境界線を越えようとするのだ。

「大丈夫だよ、麗香さん。誰にも知られない。二人だけの秘密だよ」

佐伯の甘い声が、麗香の耳元で囁かれる。指先が、本来触れるべきではない場所へと這い上がってくる。麗香は、全身を硬直させ、逃げ場を求めて首を振った。

「だ、ダメなんです！私は、妻なんです！それに、このお店は…」

「お店は、君がちゃんと働いていれば何も言わない。君も、こうやって稼いでいるんだろ？少しだけ、甘えさせてくれたっていいじゃないか」

佐伯の指が、麗香のワンピースの隙間から滑り込み、下着に触れた。冷たい汗が、麗香の背筋を伝う。経営が苦しい夫のために、彼女はこの仕事を始めた。そして、この「月影」で、初めて自分の存在価値を見出せたような気がしていた。しかし、今、そのすべてが危機に瀕している。

「お願いですから、やめてください！」

麗香の声は、震えていた。佐伯は、そんな麗香の反応を楽しんでいるかのように、ゆっくりと指を動かす。その圧に、麗香の理性は徐々に削られていく。

「ほら、嫌がってるようで、君の体は正直だ。感じてるんだろう？」

佐伯の言葉は、的を射ていた。実際、彼の指の感触は、想像以上に心地よく、体の芯から熱を帯びてくるのを感じていた。しかし、それはあくまでも、恐怖と義務感に押さえつけられた、不純な感情だ。

「う、うそです…！私は、なんとも…」

「嘘をつくのは良くないな。君の顔が、真っ赤だ」

鏡越しに自分の顔を見たとたん、麗香はさらに慌てた。潤んだ瞳、乱れた息遣い。それは、佐伯の言葉を肯定しているようにしか見えない。

「お客様、本当に…」

「もう、いいんだよ。頑張らなくていい」

佐伯は、麗香の言葉を遮るように、優しく、しかし力強く、彼女を抱きしめた。その腕の強さに、麗香は、抵抗することを諦めざるを得なかった。

「…っ！」

佐伯の唇が、麗香の頬に触れる。そして、ゆっくりと、耳朶へと滑っていく。熱い吐息が、麗香の肌を焦がす。

「君は、綺麗だ。こんなに綺麗な君が、僕のために…」

佐伯の声は、まるで媚薬のようだ。麗香の体は、意思に反して、彼の熱に呼応し始める。拒絶しようとしていたはずの心が、甘い快楽の予感に揺らぎ始めた。

「だ、だめ…！」

最後の抵抗を試みたが、それはあまりにも力なく、佐伯の胸に吸い込まれていった。彼の指が、さらに大胆に、麗香の肌を滑り始めた。

「ほら、君も、本当は求めてるんだろう？」

佐伯の言葉に、麗香の心臓が激しく脈打つ。理性が、快楽の波に押し流されていくのが分かった。抵抗する力も、もう残っていない。

「…っ、お客様…」

その声は、もはや抵抗する声ではなかった。むしろ、微かに甘く響いている。佐伯は、その変化を見逃さなかった。

「そうだよ、麗香さん。もっと、僕に溺れていいんだ」

佐伯の指が、さらに奥へと進む。麗香の体は、予期せぬ快感に、びくりと震えた。

「…っ、あ…」

思わず漏れた声に、麗香は顔を覆った。もう、取り返しのつかないところまで来てしまった。

「大丈夫。僕が、全部受け止めてあげる」

佐伯の言葉は、まるで魔法だ。麗香の心に巣食っていた罪悪感や恐怖を、少しずつ溶かしていく。そして、代わりに、未知の快感が、彼女の全身を駆け巡り始めた。

「…っ、ああ…」

抵抗は、もはや無意味だった。彼女の体は、佐伯の指の動きに、忠実に反応していた。その感触は、これまでに経験したことのない、強烈なものだった。

「…っ、や、やめて…、いや、…っ」

矛盾した言葉が、麗香の口から漏れる。その声を聞きながら、佐伯は、さらに彼女の心を、そして体を、深く求めていく。

「君は、とっても敏感だ。こんなに、僕に喜んでくれるなんて」

佐伯の指が、さらに奥へと進む。麗香の体は、もう、自分の意思とは関係なく、彼の動きに呼応していた。

「…っ、あ…ああ…！」

ついに、麗香の理性の糸は、ぷっつりと切れた。佐伯の指が、彼女の最も敏感な部分に触れた瞬間、全身に衝撃が走り、声にならない歓声が漏れた。

「…っ、や…、ああ…！」

佐伯は、そんな麗香の反応を、満足げに見つめていた。そして、さらに、彼女を快楽の淵へと突き落としていく。

「…っ、だ、ダメ…！もう…、っ」

麗香は、全身を震わせながら、佐伯の胸に顔を埋めた。もはや、抵抗する術はなかった。ただ、体の奥底から湧き上がる、抗いがたい快感に身を任せるだけだった。

「…っ、ああ…っ！」

佐伯の指が、さらに深く、そして激しく動く。麗香の体は、まるで波に揺られる小舟のように、激しく揺れ動いた。

「…っ、もう…、無理…！」

彼女の意識は、快感の渦に巻き込まれ、遠のいていく。そして、ついに、佐伯の指が、彼女の最も深い場所へと到達した時、麗香の体は、全身を痙攣させ、抗いがたい爆発を全身に感じた。

「…っ、ああああ…！！」

彼女の体は、もはや自分のものとは思えなかった。ただ、佐伯の指がもたらす、強烈な快感に、身を任せるだけだった。

「…っ、はぁ…、はぁ…」

しばらくの間、麗香は、喘ぎながら、佐伯の胸に顔を埋めていた。体の奥底から、まだ熱が引かない。

「…っ、大丈夫だよ、麗香さん。もう、終わりだ」

佐伯の声が、優しく響いた。麗香は、ゆっくりと顔を上げ、佐伯を見た。彼の顔には、満足げな笑みが浮かんでいた。

「…っ、お客様…」

麗香の声は、か細く、震えていた。佐伯は、そんな麗香の頬を優しく撫でた。

「君は、とても頑張った。だから、僕が、癒してあげたんだ」

その言葉に、麗香は、何も言い返すことができなかった。彼女の心の中には、罪悪感と、そして、かすかな、しかし確かな、快楽の余韻が残っていた。

「…っ、もう、二度と…」

そう思おうとしたが、彼女の口からは、結局何も言葉にならなかった。

（これは、いけないことだ…）

麗香は、心の中でそう呟いた。しかし、その言葉は、彼女の体の奥底に眠る、もう一つの感情によって、かき消されていく。それは、抗いがたい、甘く、そして危険な誘惑だった。

「…っ、もう、帰ります」

麗香は、震える声でそう告げ、慌てて体を起こした。佐伯は、そんな彼女を、ただ微笑んで見送っていた。

「また、すぐに、会えるね、麗香さん」

その言葉は、麗香の心に、深く、そして重く響いた。彼女は、もう、この店で、純粋なセラピストとして働くことはできないのかもしれない、という予感が、静かに、しかし確実に、彼女の心を蝕んでいった。

店を出た麗香は、夕暮れの街を一人、歩いていた。足元がおぼつかない。さっきまでの出来事が、まるで夢のように感じられる。しかし、体の奥底に広がる熱は、それが現実であることを、嫌というほど突きつけていた。

（このままで、いいのか…？）

彼女の心は、激しく揺れ動いていた。夫のこと、家族のこと。そして、今、彼女が経験してしまった、禁断の快楽のこと。

（でも…）

その時、彼女の脳裏に、佐伯の甘い声が蘇った。そして、指先が触れた時の、あの衝撃的な感覚が。

（…っ）

麗香は、思わず、自分の下腹部に手を当てた。まだ、微かな熱が残っている。

（もしかしたら…、私、また、あの快感を求めてしまうのかも…）

その考えが頭をよぎった瞬間、彼女の心臓は、再び、激しく脈打ち始めた。それは、恐怖なのか、それとも、期待なのか。麗香自身にも、もう、分からなくなっていた。

彼女の歩く足取りは、夕暮れの街の闇へと、ゆっくりと、しかし確実に、溶け込んでいった。そして、その闇の中で、彼女の心は、抗いがたい誘惑と、そして、未知の快楽への扉を、静かに開こうとしていた。