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■ 隠し味は、甘く危ない夜

「おい、今日の夜、予定空いてるか？」

スマートフォンの画面を睨みながら、隆は独りごちた。返信はまだない。仕事の合間に、そっと、しかし切実に、誰かの「空き」を求めていた。いや、正確には、誰かの「不在」を求めていたのかもしれない。

隆の会社は、いわゆる「隠れ家」のような、秘密主義を貫くIT企業だ。社員同士のプライベートにはあまり踏み込まない。それが、隆にとっては息苦しさの原因でもあった。特に、最近入社してきた、まばゆいばかりの女性社員、美咲の存在が、隆の心を掻き乱していた。

美咲は、どこか近寄りがたい、しかし目に焼き付いて離れない美しさを持っていた。凛とした佇まい、仕事のできるスマートな立ち居振る舞い。そして、時折見せる、ほんの少しだけ寂しげな横顔。隆は、遠くから彼女を観察することしかできなかった。

そんなある日、隆は、とある「サービス」を、半ば衝動的に利用した。普段なら決して手を出さない類のものだ。ただ、あまりにも孤独が募り、日常から逃れたい一心だった。夜も更けた頃、インターホンの音が響いた。ドキドキしながらドアを開けると、そこに立っていたのは、見慣れた、しかし、あまりにも予想外な人物だった。

「…え？」

隆の声が、かすれた。目の前にいるのは、美咲だった。しかし、いつものオフィスで見せる彼女とは全く違う。肩にかかる艶やかな髪は乱れ、普段はきちんと揃えられた服は、ここでは見慣れない、肌触りの良さそうな、しかしどこか大胆なデザインのワンピースに変わっていた。そして、その瞳に宿るのは、オフィスの彼女には決して見せない、妖艶な光だった。

「…隆さん？」

美咲もまた、驚いた顔で隆を見つめ返した。その表情には、一瞬、動揺の色が浮かんだが、すぐにビジネスライクな、しかしどこか挑発的な笑顔に変わった。

「いや…まさか、こんなところで…」

隆は、言葉を失った。この状況が、信じられなかった。まさか、自分が頼んだ「サービス」の担当者が、職場の憧れの女性である美咲だったなんて。

「あの…その…」

隆は、どう言えばいいのか分からず、どもった。気まずさ。そうだ、気まずいはずだ。しかし、隆の胸に去来したのは、気まずさよりも、もっと別の、強烈な感情だった。それは、興奮と、ほんの少しの罪悪感、そして、抗いがたい魅力に引き寄せられるような、甘く危険な誘惑だった。

「大丈夫ですか？顔色が悪いですよ？」

美咲は、心配そうに、しかしその瞳は探るような光を宿していた。その仕草一つ一つが、隆の心をかき乱す。

「あ、いや…大丈夫です。ただ、ちょっと…驚いたというか…」

「そうですよね。私も、まさか、隆さんだったなんて、びっくりしました」

美咲は、そう言って、ゆっくりと隆の部屋へと足を踏み入れた。その歩き方さえ、普段とは違う、しなやかで、官能的なものに感じられた。

「あの…その…」

隆は、言葉を探しながら、美咲に背を向けた。これは、どういう状況なのだ。美咲は、何故こんな仕事をしているのだろうか。そして、自分は、今、どうするべきなのか。

「あの、もし、ご都合が悪ければ、すぐに…」

美咲が、そう言いかけた時、隆は、彼女の言葉を遮った。

「いや、あの…大丈夫です。むしろ…」

隆は、決意した。この機会を逃したら、二度とないかもしれない。美咲の、普段とは全く違う一面を知ることができる。そして、もしかしたら、この状況を、隆の望む方向へと進めることができるかもしれない。

「むしろ、そのまま、続けてもらえませんか？」

隆は、そう言いながら、美咲の方を振り返った。美咲の瞳が、一瞬、大きく見開かれた。しかし、すぐに、あの妖艶な光が戻ってきた。

「…え？でも、内緒にしてくださいね？このことは、絶対に、誰にも言わないでください。もし、バレたら…大変なことになるんですから」

美咲は、そう言って、隆の耳元にそっと囁いた。その息遣いが、隆の首筋をくすぐる。その言葉は、隆の心を、さらに深く、この甘く危ない夜へと引きずり込んだ。

「ええ、もちろん。絶対に、誰にも言いません」

隆は、そう答えた。その声は、自分でも驚くほど、普段より低く、そして熱を帯びていた。

「ふふ…隆さん、意外と大胆なんですね」

美咲は、そう言って、ゆっくりと隆に近づいた。その距離が縮まるにつれて、隆の心臓は早鐘を打った。

「でも、もし、隆さんが、私に、本当に、内緒にしてくれるなら…」

美咲は、そう言って、隆の頬に、そっと指先で触れた。その指先の感触が、隆の全身を駆け巡った。

「…私、隆さんのためなら、何でもしてあげられますよ」

美咲の言葉は、甘く、そして危なかった。それは、隆がずっと心の奥底で求めていた、禁断の誘惑だった。

隆は、美咲の瞳を見つめた。その瞳には、普段の彼女には見せない、甘く、そしてどこか悲しげな色が混じっていた。しかし、それ以上に、隆の心を惹きつけたのは、あの、抗いがたい、妖艶な光だった。

「…美咲さん」

隆は、美咲の名前を呼んだ。その声は、震えていた。

「ええ、隆さん」

美咲は、そう応え、さらに顔を近づけた。二人の距離は、もう、ほとんどなくなった。

「だったら…」

隆は、意を決して、美咲の唇に、そっと自分の唇を重ねた。その瞬間、部屋の中に、甘く、そして濃厚な空気が満ちた。

美咲の唇は、思っていたよりも柔らかく、そして温かかった。隆は、美咲の体を、そっと抱き寄せた。美咲もまた、隆の背中に手を回し、さらに深く、その唇を重ねてきた。

「ふぅ…」

しばらくして、二人は唇を離した。美咲は、少し乱れた息遣いを聞かせながら、隆の顔を見上げた。その表情は、先ほどよりもさらに、大胆で、そして挑発的だった。

「…思ってたより、もっと、熱いんですね、隆さん」

「美咲さんも…」

隆は、言葉を失った。美咲の、普段とのギャップが、隆をさらに魅了した。

「でも、良いんです。だって、ここには、私たち二人しかいないんですから」

美咲は、そう言って、隆の耳元に、再び囁いた。その言葉は、隆の理性を、さらに溶かしていった。

「それに、隆さん、私、知ってますよ。隆さんが、ずっと、私を見ていたこと」

「え…」

隆は、思わず息を飲んだ。美咲は、それを知っていたのか。

「だから、もう、隠す必要、ないんじゃないですか？」

美咲は、そう言って、隆のネクタイに、そっと手をかけた。その指先が、隆の首元を優しく撫でる。

「…美咲さん、あなたは…」

隆は、言葉にならなかった。美咲の、この大胆さと、どこか壊れそうな脆さ。その両方が、隆の心を強く掴んだ。

「いいんです。今は、このままで」

美咲は、そう言って、隆の顔を、さらに優しく見つめた。その瞳には、先ほどまでの妖艶な光に加えて、ほんの少し、甘く、そして切ない光が灯っていた。

「隆さん。この夜は、私たちだけの、秘密にしましょうね」

美咲は、そう言って、隆の頬を、そっと撫でた。その言葉に、隆は、抗うことができなかった。

「…はい。約束します」

隆は、そう答えた。

そして、二人は、その夜、互いの秘密を共有しながら、甘く、そして危ない、禁断の夜を過ごした。その夜の出来事は、誰にも知られることのない、隆と美咲だけの、特別な宝物となった。

翌朝、オフィスで美咲と顔を合わせた時、隆は、少しだけ、気まずさを感じた。しかし、美咲は、いつもと変わらない、凛とした笑顔で、隆に挨拶をした。その笑顔の裏に、昨夜の情熱が隠されていることを知っているのは、隆と美咲、二人だけだった。

「おはようございます、隆さん」

「おはよう、美咲さん」

二人の間に、ほんの少しの、しかし、二人にしか分からない、甘く、そして危ない空気が流れた。それは、これから始まる、二人の秘密の関係の、始まりを告げていた。

隆は、美咲の横顔を見た。あの夜の、彼女の表情が、脳裏に焼き付いて離れない。気まずさ？いや、これは、まさに神展開だ。隆は、心の中で、そっと呟いた。この秘密が、隆の日常に、どれほど甘く、そして危ない刺激を与えてくれるのか、隆には、まだ、想像もつかなかった。しかし、一つだけ確かなことは、この隠し味は、隆の人生を、二度と元には戻せないほど、鮮やかに彩ってくれるだろうということだった。