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■ 茜色の約束

夏の日差しが、遠くの山々を茜色に染めていた。小鳥のさえずりが、蝉の声と混じり合い、夏の終わりの匂いを運んでくる。そんな夕暮れ時、私はいつものように、祖母が一人で切り盛りする小さな八百屋の店先で、西瓜の紐結びをしていた。

「まーた、そんなとこでぼーっとして。仕事しなさい、仕事。」

祖母の、少ししゃがれた声が飛んでくる。私は慌てて手を動かしながら、「はいはい」と返事をした。私、佐藤茜（さとうあかね）、19歳。高校を卒業して、今は祖母の手伝いをしながら、この田舎町で暮らしている。都会から見れば、退屈で、何も起こらない、そんな町だろう。でも、私にとっては、大切な場所。そして、大切な人たちがいる場所。

「茜、大変そうだな。」

背後から、優しくも力強い声が響いた。振り向くと、そこにいたのは、幼馴染の健太（けんた）だった。日に焼けた肌に、真っ直ぐな瞳。少し前まで、私と同じ制服を着ていた彼も、今は地元の建設会社で働いている。

「健太くん！お疲れ様。」
「お前こそ。西瓜、重そうだ。」
「大丈夫だよ。健太くんなら、もっと重いの持てるでしょ？」

そう言って笑うと、健太は少し照れたように頭を掻いた。彼とは、小さい頃からずっと一緒。いつも私のことを気遣ってくれて、困った時は必ず助けてくれる。友達以上、恋人未満。そんな関係が、もう何年も続いている。

「今日の夜、祭りの準備手伝いに行くんだけど、茜も来るか？」
「え？祭りの準備？」
「ああ。盆踊りの練習とか、屋台の準備とか。みんなでやるんだ。」

祭りは、この町の一大イベント。田舎だからこそ、みんなで力を合わせて、盛大にやる。その中心に、いつも健太がいる。彼がみんなをまとめる姿は、格好良い。でも、そんな姿を見ると、胸が締め付けられるような、切ない気持ちになることもあった。

「うーん、どうしようかな。おばあちゃん、今日はお客さん来そうだし…」
「そっか。無理しないでいいけど、もし来れるなら、声かけてくれ。」

健太はそう言って、私の頭を優しく撫でてくれた。その手は、少しゴツゴツしていたけど、温かかった。

その夜、私は結局、祭りの準備を手伝いに行くことにした。祖母は「無理すんなよ」と言ってくれたけど、みんなと過ごす時間が、なんだか無性に恋しくなったんだ。

会場に着くと、もうすでにたくさんの人が集まっていた。賑やかな声が飛び交い、太鼓の音が響いている。私も、みんなの輪に入り、浴衣に着替えて、盆踊りの練習に参加した。

「茜、こっちで手伝って！」
「はーい！」

健太の声が聞こえた。彼は、屋台の準備をしていた。私は、彼のもとへ駆け寄り、一緒に作業を始めた。

「なんか、疲れてる？」
「いや、大丈夫。ちょっと、眠いだけ。」

健太は、私の顔をじっと見て、そう言った。彼の優しい眼差しに、私は目を逸らしてしまう。

「茜は、この後どうするんだ？祭りの日、何か予定あるか？」
「え？祭りの日？」
「ああ。…もし、よかったら、一緒に回れないかなって。」

健太は、少しどもりながら、そう言った。私は、心臓がドキドキするのを感じた。まさか、彼がそんなことを言うなんて。

「…いいの？」
「うん。もちろん。」

健太の顔が、パッと明るくなった。私も、思わず顔がほころぶ。

祭りの夜。浴衣を着たたくさんの人々で賑わう町。夜空には、満月が輝き、屋台からは香ばしい匂いが漂ってくる。私は、健太と一緒に、祭りの屋台を歩いていた。

「りんご飴、買おうぜ！」
「うん！」

健太がりんご飴を買ってきてくれた。甘くて、冷たい。二人で一つを分け合って食べた。その瞬間、彼の指先が、私の指先に触れた。ドキッとした。

「あのさ、茜。」
「なに？」
「俺、茜のこと、ずっと…」

健太が、私の顔を真っ直ぐに見つめてきた。彼の瞳には、満月が映っている。私も、彼の瞳を見つめ返した。

「…好きだよ。」

健太が、そう言った。言葉が、私の心に、優しく、しかし、力強く響いた。

「私も、健太くんのこと…」
「…？」

私の返事を聞いた健太は、少し不安そうな顔をした。私は、彼の手をそっと握った。

「私も、健太くんのこと、ずっと、好きだよ。」

そう言った瞬間、健太の顔が、満面の笑みになった。彼は、私の手を強く握り返し、そのまま、ぎゅっと抱きしめてくれた。彼の体温が、浴衣越しに伝わってくる。

「茜…」
「健太くん…」

二人の間に、言葉はなかった。ただ、お互いの鼓動が、祭りの喧騒にかき消されそうなほど、大きく響いていた。

「俺、茜のこと、ずっと大事にするから。」
「私も、健太くんのこと、ずっと大事にする。」

そう誓い合った、茜色の約束。

あれから、数年が経った。私は、相変わらず祖母の手伝いをしながら、健太と付き合っている。健太は、地元の建設会社で、立派に働いている。私たちは、この田舎町で、静かに、しかし、温かい日々を過ごしている。

「茜、今日の夜、星がきれいに見えるらしいぞ。」
「本当？じゃあ、ちょっと外で見てみようか。」

健太が、私の手に自分の手を重ねてきた。その手は、あの頃よりも、もっと力強く、そして、優しくなっていた。

「ねぇ、健太くん。」
「なんだ？」
「あの夜のこと、覚えてる？」
「もちろん。茜と、初めてちゃんと、話した夜だろ？」
「うん。あの時、私、すごくドキドキしたんだ。」
「俺もだよ。茜の顔、真っ赤だったな。」

そう言って、健太は笑った。私も、つられて笑う。

「でも、あの時、健太くんが、私の手を握ってくれたから、勇気が出たんだ。」
「俺も、茜が『好きだよ』って言ってくれたから、世界が変わったんだ。」

私たちは、お互いの目を見つめ合い、微笑み合った。

この田舎町は、都会のように華やかではないかもしれない。でも、ここでは、大切な人たちと、温かい時間を過ごすことができる。そして、私には、健太がいる。

「茜、これからも、ずっと一緒に、この町で、星を見ていよう。」
「うん。ずっと、健太くんと一緒に。」

茜色の夕焼けが、私たちの未来を、優しく照らしていた。