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■ 宵闇の再会

「あら、あなた…！本当に久しぶりね！」

バーの片隅、ムーディーな照明が照らし出すテーブルで、彼女は息を呑んだ。数年ぶり、いや、もはや何年ぶりかも定かではない。大学時代の親友、彩香だった。彼女もまた、俺と同じように、あるいはそれ以上に、時間の流れに肌を滑らかな絹のように研ぎ澄まされた、熟女と呼ぶにふさわしい魅力に満ちていた。

「彩香…！会うのは本当に久しぶりだ。全然変わらないね、いや、ますます綺麗になったんじゃないか？」

俺は精一杯の笑顔を繕った。しかし、内心は複雑だった。彩香とは、大学時代、互いの夢を語り合い、未来への希望に胸を膨らませた仲だった。卒業後、それぞれの道を歩み、いつしか連絡も途絶えてしまっていた。まさか、こんな場所で再会するとは。

「まあ、お世辞でも嬉しいわ。あなたも、ふっくらして、貫禄が出たじゃない。でも、その瞳の奥の光は、昔と変わらないわね。」

彩香は、グラスを片手に、柔らかな微笑みを浮かべた。その仕草の一つ一つが、俺の心を掻き乱す。大学時代、俺は彩香に淡い恋心を抱いていた。しかし、勇気が出ず、友達のままで終わってしまったのだ。

「ありがとう。…それにしても、どうしてこんなバーに？彩香がこういう場所に来るなんて、意外だ。」

俺は、探るように尋ねた。彩香は、少し間を置いて、そして、ふっと息を吐いた。

「ふふ、実はね…色々と、悩んでいて。」

彼女は、グラスをテーブルに置くと、俺の目を見つめた。その瞳には、隠しきれない憂いと、かすかな期待が混じっていた。

「悩んでいる？何かに？」

「ええ。…夫婦のことよ。」

彩香は、そう言って、遠い目をした。そして、絞り出すように続けた。

「夫とは、もう何年も、夫婦としての関係が…なくなってしまったの。」

その言葉に、俺は息を呑んだ。彩香が、そんな悩みを抱えていたとは。

「セックスレス…？まさか、彩香がそんな…。」

「そうなの。見た目は、こうして変わらず、友人たちからは『羨ましい』なんて言われるけれど、内側は、まるで dry desert よ。砂漠みたいに、何もかも枯れ果ててしまった。」

彩香は、自嘲気味に笑った。その笑顔に、俺は胸が締め付けられる思いだった。

「それは…辛いな。」

「ええ、辛いわ。でも、どうしたらいいのか、本当に分からないの。夫に聞いても、『疲れている』とか、『他にやりたいことがある』とか…はぐらかされてばかり。私も、どうアプローチしたらいいのか、もう…。」

彼女の声は、次第に小さくなっていく。その様子を見ていると、俺は、大学時代の、あの明るく活発だった彩香の姿が、遠い昔のように感じられた。

「でも、諦めたくはないの。だって、夫のことは、今でも…。」

彼女は、言葉を詰まらせた。その沈黙が、雄弁に、彼女の心の奥底に眠る、まだ燃え尽きていない情熱を物語っていた。

「…彩香。」

俺は、彼女の名前を呼んだ。その声は、自分でも驚くほど、優しく響いた。

「もし、よかったら…話を聞かせてもらえるか？」

彩香は、ゆっくりと顔を上げた。その瞳は、潤んでいた。

「ありがとう。あなたに、こんな話をするなんて…でも、誰かに話したかったの。」

そして、彩香は、ぽつりぽつりと、彼女と夫の間に起きたこと、そして、彼女が抱える孤独と焦燥感を語り始めた。夫との関係が冷え切ってしまった経緯、自分自身も、母親として、妻として、女性としての役割に追われ、いつの間にか自分自身を見失っていたこと。そして、何よりも、失ってしまった夫婦の絆を取り戻したいという、切実な願い。

俺は、ただ静かに耳を傾けた。時折、彼女の肩を優しく叩き、相槌を打った。彼女の言葉の端々に、俺は、多くの女性が抱えるであろう、普遍的な悩みの影を見た。そして、俺自身もまた、妻との関係に、どこか物足りなさを感じていることを、改めて認識させられた。

「…こんな話、長々とごめんなさい。」

彩香は、顔を伏せた。

「いや、そんなことはない。むしろ、俺も、色々と考えさせられた。」

俺は、真剣な表情で言った。

「彩香が、夫婦の関係を大切にしたいと思っていること、そして、そのために、どうにかしたいと努力しようとしていること、それは本当に素晴らしいことだと思う。」

「でも、どうすれば…。」

「俺も、妻との関係で、悩まないわけではない。でも、最近、ある本を読んで、少しだけ、考え方が変わったんだ。」

俺は、偶然立ち寄った書店の片隅で見つけた、一冊の本のことを思い出した。それは、「セックスレス撃退法」と銘打たれた、ハウツードラマ仕立ての、やや刺激的なタイトルの本だった。最初は、好奇心で手に取ったのだが、そこに書かれていた内容は、単なる性的なテクニックだけでなく、夫婦のコミュニケーションや、自己肯定感の向上、そして、お互いを大切にする心のあり方について、非常に実践的で、かつ、示唆に富むものだった。

「どんな本なの？」

彩香は、興味深そうに尋ねた。

「えっとね、タイトルはちょっとアレなんだけど…『夫婦の絆を再生させる、愛の再燃レシピ』みたいな感じかな。ただ、中身は、とても真面目で、具体的なアドバイスがたくさん載っているんだ。」

俺は、その本の内容を、彩香に伝え始めた。例えば、相手への感謝の気持ちを言葉で伝えることの重要性。日常の中での小さなスキンシップの工夫。そして、何よりも、自分自身を大切にし、魅力的な自分でいること。

「夫との関係を、一方的に改善しようとするのではなく、まずは自分自身が、心身ともに健康で、魅力的な自分でいることが大切なんだって。そうすることで、相手にも自然と良い影響を与えられる、と。」

「自分を大切に…？」

彩香は、少し戸惑った表情を浮かべた。

「そう。例えば、彩香は、最近、自分のために時間を使えているかい？何か、趣味とか、熱中できることはある？」

彩香は、首を横に振った。

「仕事に、家事に…それに、子供たちのことも考えると、自分のことは後回しになってしまって。」

「それがいけないんだ、と、この本では言っている。女としての魅力は、外見だけでなく、内面からの輝きでもある。その輝きを保つためには、自分自身を慈しみ、満たしてあげる必要がある。だから、例えば、週に一度でも、自分のためだけの時間を作って、好きなことをする。エステに行ったり、友達とランチに行ったり、あるいは、こういうバーで、一人でゆっくりお酒を飲むとか。」

俺は、彩香のグラスに、そっとシャンパンを注いだ。

「そして、夫との関係についても、直接的に『セックスがしたい』と迫るのではなく、まずは、お互いがリラックスできる空間を作り、心地よい会話を重ねることが大切なんだって。例えば、一緒に映画を観るとか、旅行の計画を立てるとか、昔の思い出話をするとか。」

「昔の思い出話…。」

彩香は、呟いた。その表情に、かすかな光が灯る。

「そう。そして、もし、どうしてもセックスレスを解消したいのであれば、お互いが納得できる形で、二人で話し合うことも重要なんだ。もちろん、そのためには、お互いが、相手を尊重し、理解しようとする姿勢が不可欠だけど。」

俺は、さらに、その本に書かれていた、具体的なハウツーを伝えていった。例えば、夫婦で一緒にできる簡単なエクササイズや、リラクゼーション法。あるいは、お互いの体に触れることから始める、優しいマッサージ。それは、単なる性的な行為ではなく、愛情表現の一つとしての、温かい触れ合いだった。

「この本では、セックスレスを『夫婦の絆が一時的に弱まっているサイン』と捉え、それを乗り越えることで、より深い絆を築くことができる、と、前向きに捉えているんだ。だから、絶望する必要はないし、一人で抱え込む必要もない。」

彩香は、真剣な顔で、俺の話を聞いていた。時折、頷き、時折、感心したように目を見開いた。

「あなた、その本、本当に読んだの？まるで、その本の内容を、そのまま話しているみたい。」

「はは、まあ、ちょっとね。でも、書いてあることは、どれも理にかなっていると思うんだ。それに、この本は、ただのハウツー本じゃない。色々な夫婦の体験談も載っていて、それがまた、励みになるんだよ。例えば、何年もセックスレスだった夫婦が、この方法を試したら、見事に復活した、なんて話もあって。」

俺は、その本に登場する、いくつかの具体的なエピソードを、彩香に紹介した。それは、まるで、豪華キャストによるドラマ仕立ての、感動的な物語のようだった。

「へえ…！それは、すごいわね。」

彩香は、目を輝かせた。

「そうだろう？だから、彩香も、きっと大丈夫だよ。まずは、自分を大切にすることから始めてみよう。そして、夫とのコミュニケーションを、少しずつ、変えていってみるといい。」

俺は、彩香の手に、そっと自分の手を重ねた。彼女の手は、温かく、そして、少しだけ震えていた。

「ありがとう、あなた。本当に、ありがとう。なんだか、希望が見えてきた気がするわ。」

彩香の瞳に、涙が溢れていた。しかし、それは、悲しみの涙ではなく、安堵と、そして、かすかな喜びの涙だった。

「大丈夫だよ。きっと、うまくいくさ。」

俺は、彼女の手に、さらに力を込めた。

「もし、また悩んだら、いつでも相談してくれ。俺も、妻との関係を、もっと良くしたいと思っているから、一緒に考えていこう。」

「ええ、ええ、そうね。あなたと話していると、不思議と、心が軽くなるわ。」

彩香は、微笑んだ。その笑顔は、大学時代に見た、あの輝くような笑顔に、ほんの少しだけ近づいていた。

「さて、そろそろ帰らなくちゃ。」

彩香は、立ち上がった。

「この本、もしよかったら、貸してあげようか？」

俺は、バッグから、その本を取り出した。

「えっ、いいの？ありがとう！早速、読んでみるわ。」

彩香は、嬉しそうに本を受け取った。

「また、近いうちに、会えるかしら？」

彼女は、少し照れたように言った。

「ああ、もちろんさ。いつでも、連絡してくれ。」

俺は、彼女の背中に向かって、手を振った。

バーの扉が開くと、夜の街の喧騒が、彼女を包み込んだ。俺は、しばらくの間、その場を動けなかった。彼女との再会は、俺にとって、予想外の出来事だった。しかし、彼女の悩みに触れ、そして、俺が持っていた知識を共有することで、俺自身もまた、改めて、自分の人生や、大切な人との関係について、深く考えるきっかけを得た。

あの本に書かれていたように、夫婦のセックスレスは、決して絶望的な状況ではない。それは、むしろ、夫婦がお互いの絆を再確認し、より深い愛情を育むための、貴重な機会となりうるのだ。そして、その鍵は、自分自身を大切にし、相手を尊重し、そして、コミュニケーションを怠らないこと。

俺は、静かにグラスを空にした。この宵闇の再会が、彩香にとって、そして、俺にとっても、新たな始まりとなることを、心から願っていた。そして、この物語は、まだ始まったばかりだ。