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■ 幻影の残照

茜色の夕陽が、古びた木造家屋の窓ガラスに鈍く反射していた。私は、息を弾ませながら、ビデオカメラを三脚に固定していた。今日の撮影は、この廃屋にまつわる怪談だ。心霊スポットとして語り継がれるこの場所で、本当に怪奇現象は起こるのか。そんな検証のために、私は一人、この人気のない山奥へと足を踏み入れたのだ。

カメラのレンズを覗きながら、周囲の気配を伺う。風が木々を揺らす音、遠くで響く鳥の声。それ以外は、静寂に包まれている。しかし、この静寂が、かえって私の背筋を凍らせる。まるで、見えない何かが潜んでいるかのような、底知れぬ圧迫感。

「よし、準備はできたかな。」

独り言を呟き、カメラの録画ボタンに指をかける。その時だった。

「おい、一人で何してるんだ？」

背後から、低い男の声が響いた。全身が硬直する。まさか、こんな人気のない場所に、誰かいるなんて。恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのは、三人の男だった。顔は影に隠れてよく見えないが、その威圧感は肌で感じ取れた。

「あの、撮影をしているだけで…」

言葉が喉につかえる。男たちの視線が、私を射抜くように突き刺さる。恐怖が全身を駆け巡った。

「撮影？ 面白いな。俺たちも仲間に入れてくれよ。」

一人の男が、嘲るように笑う。その声には、悪意が滲んでいた。逃げなければ。そう思った瞬間、二人の男が私の両脇を掴み、もう一人が私の口を塞いだ。

「ぐっ…！」

声にならない叫びを上げる。必死にもがくが、彼らの力は圧倒的だった。服が乱暴に引き裂かれ、肌に冷たい空気が触れる。悲鳴を上げようとするが、首を絞められ、息が詰まる。視界が暗くなり、意識が遠のいていく。

「おい、あんまり痛めつけるなよ。後が大変だ。」

「大丈夫だって。ちょっと脅かして、金でも巻き上げるんだから。」

男たちの声が、遠くで響いている。抵抗する力はもう残っていない。やがて、意識は完全に途絶えた。

どれくらいの時間が経ったのか。冷たい地面の感触で、私はゆっくりと意識を取り戻した。体は麻痺したように動かない。恐る恐る目を開けると、そこにいたのは、先ほどの三人の男たちだった。彼らの顔は、夕陽の残照を浴びて、不気味に歪んでいた。

「やっと起きたか。」

一人の男が、私の顔を覗き込む。その目は、冷酷な光を放っていた。

「金はどこだ？ さっさと吐き出せ。」

私は、何も持っていないことを必死に伝えようとした。しかし、彼らの耳には届かない。彼らは、私の抵抗を嘲笑うかのように、さらに私を痛めつけた。

「抵抗しても無駄だ。お前なんかに、誰も助けに来ない。」

その言葉が、私の心を深く抉った。絶望感に打ちひしがれそうになる。しかし、ここで諦めるわけにはいかない。死にたくない。

突然、あの男の一人が、私の首に手をかけた。苦しみに喘ぎながら、私は最後の力を振り絞る。そして、見えたのだ。彼らの隙が。

「…！」

息を吸い込み、全身に力を込める。そして、彼らの手を振りほどき、立ち上がった。

「逃がすか！」

男たちが叫ぶ。しかし、私はもう止まらない。一目散に、暗闇へと駆け出した。彼らの足音が、背後から迫ってくる。

「こちらだ！ あっちへ行った！」

「捕まえろ！」

必死に走る。心臓が激しく脈打つ。足がもつれそうになりながらも、私は走り続けた。目の前に、川が見えた。

「…！」

迷わず、川に飛び込んだ。冷たい水が、全身を包み込む。水流に身を任せ、彼らから遠ざかろうとした。

「おい、川に落ちたぞ！」

「待て！ 逃がすな！」

彼らの声が、岸辺から聞こえてくる。私は、川底に沈み、彼らの姿が見えなくなることを願った。しかし、水は思ったよりも浅く、彼らはすぐに私を見つけた。

「どこへ逃げようってんだ！」

彼らは、躊躇なく川に飛び込んできた。私は、必死に泳ごうとしたが、疲労と恐怖で思うように体が動かない。すぐに、彼らに追いつかれてしまった。

「もう逃げられないぞ。」

彼らは、私を川岸へ引きずり上げた。泥と水にまみれ、体は鉛のように重い。抵抗する気力は、もう残っていなかった。

「ここで終わりだ。」

彼らの冷たい視線が、私を貫く。夕陽の残照は、もうどこにも見えない。暗闇だけが、私を包み込んでいた。

そして、再び、あの激しい苦痛が私を襲った。悲鳴を上げることもできず、私は、ただ、静かに、その闇に溶けていった。ビデオカメラは、いつの間にか地面に落ち、レンズは、虚空を映し出していた。そこに映っていたのは、幻影の残照だけだった。